アサシンガールは超絶カワイイ〜暗殺しか勝たん〜
「ねーユウちゃん、わたしの今日の前髪、最っ高に決まってない?!」
割れた鏡の前で白の女が飛び跳ねる。ふわりと膨らんだミルクティー色の長髪から、甘い香りが広がった。
ユウちゃん、と呼ばれた黒の女は振り返りもせず気怠げにしゃがみ込んでいる。編み上げブーツの足首が歪む。ツインテールが揺れる。
ユウの右手にはストローの刺さった酒の缶。反対の手には血塗れの軍用ナイフ。リボンのついた小さな黒いリュックを背負って、横たわって動かない男を覗き込んでいた。
「あー、はいはい。決まってる決まってる。でも今日はあたしのほうが可愛いから」
「そうだね! ユウちゃんはいつでも誰より可愛いよ!」
「…………それはいいから、アイ、あんたも死体の数をかぞえてよ」
「はあい」
メリージェーン・パンプスの踵を鳴らし、アイは血と死の惨状の中へ歩んでいく。ひらりひらりと舞うチェックワンピースの白いフリルは床の深紅と相まって、ショートケーキのホイップに似ている。
「あ、一人逃げたかも。足りない」
「じゃあわたし、見てくるね」
ユウの呟きにアイが頷く。
床に乾きかけの血が擦れたような跡があるのを横目に見ると、アイは微笑みを浮かべ、脚に差していた手斧を引き抜いた。
こつん、こつんと処刑へのカウントダウンが始まる。引き戸に手をかけ、ゆっくり開ける。
「野うさぎさーん、どこですかー?」
手斧を引き摺り、赤い道標を辿り、確実に追い詰めていく。
廊下の角を曲がったところで、口元を押さえながら震える男を見つけた。
アイは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
男は怯えてずり下がるが、後ろはもう壁だ。
「た、頼む、もうあんたらには、か、関わらない」
「…………?」
「だかっ、だから、殺さな…………」
ごとん、という音が言葉を遮った。
転がったのは男の頭。アイの斧の刃は相手の首を一撃で叩き斬った。
「……うーん、何言ってるかよく分かんなかったな」
死体を掴んでユウのもとへ戻る。
彼は動かない仲間たちと並べてあげた。
「ユウちゃん、終わったよ」
「おつ〜」
退屈そうに待っていたユウは、手持ち無沙汰に弄っていたスマートフォンをパーカーのポケットに突っ込む。飲み終わった缶を床に置いて立ち上がる。
「思ったより早く終わったね、アイ」
「このあとどうしようか? 今からでも大学行く?」
「もうお休みの連絡しちゃったし、ヌタバ行こヌタバ」
「あ! 新作飲みたい!」
二人は仲良く手を繋いで、惨劇を後にする。
白野アイと黒木ユウ、二人はどこにでもいる普通の可愛い女の子にして────殺し屋だった。
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「返り血が似合うのってイエベ? ブルベ?」
「くすみレッドは安牌にイエベ秋じゃない?」
「呪文やめろ」
駅前のコーヒーショップ、テラス席に座っているのは、アイとユウ、それと一人の若い長髪の男だった。どことなく異国情緒が漂う彼の顔は、僅かに幼さを残している。
アイがびしっと男を指さす。
「もージョルジュ、何度も言ってるんだから覚えてよ! ベースカラーに気をつけるだけで肌のトーンは数倍違って見えるの!!」
「お前らの肌が何色だろうがオレには関係ねーよ!」
ジョルジュは癖のある黒のポニーテイルを揺らして呆れたようにコーヒーを飲んだ。
彼はアイとユウの補佐役であり、彼らの主人から与えられる仕事の連絡や後処理を担っている。今日は先日の完璧な仕事に対する報酬金を渡すべく、こうして嫌々ながら彼女たちに会いに来た、という訳である。
「ほらよ、今回の仕事の報酬だ。…………無駄遣いすんなよな」
「わーい! 気になってたリュック、やっと買えるー!」
言った側から、とジョルジュがアイを睨む。
この二人の殺し屋は、何故かやたらと可愛らしい身なりや持ち物に拘る。生活基盤より優先するなんて、ジョルジュにとっては到底理解できない趣味だが、反論すると命が危ないので黙るしかない。
アイの手元を覗き込んでいたユウが首を傾げた。
「なんかいつもより多くない? 貰えんならそりゃ嬉しーけど」
「よく気づいたな、頭の中までふわふわピンク一色かと思ってたが」
「何言ってんの、生きてる脳みそはピンク色でしょ」
「………………」
ユウの返事に舌を出したジョルジュは、もう一枚封筒を取り出した。放り投げられたそれを、アイが受け取る。中身は数枚の写真と、ジョルジュが調べたらしい事前情報である。
「増えたのは前払い金の分だ。次の仕事はなかなかしんどいぜ」
「…………ふーん、腕利きの殺し屋かあ。そいつらがボスを狙ってるんだ」
今回彼女たちに依頼されたのは、アメリカを拠点に世界各国で活動している、双子の殺し屋『狼』の討伐依頼だった。
彼らはその“通り名”が示すように、二人組で連携を取り合って獲物を狙うフリーランスの殺し屋である。狼のごとく執念深くタイミングを窺い、相手が隙を見せた瞬間に喰らいつく。依頼の成功率は極めて高い。
そんな『狼』が、アイとユウの主人たる“ボス”の命を狙っているという情報が飛び込んできた。
それは彼女たちにとって許すまじき蛮行である。必ずや敵の首を柱に吊るし上げ、その血で旗を染めねばなるまい。
「奴らは一回の殺しに一年かけたこともあるらしい。長丁場になるだろうが、警戒を怠るなよ」
「どうせまずはあたしたちから殺ろうとしてくるでしょ、精々どっしり構えておきますよっと」
余裕綽々の態度に見えるが、事実、ジョルジュが記憶している限りアイとユウが与えられた仕事を失敗したことはない。手傷を負ってくることさえ稀な筈だ。
兎にも角にも、殺しに関しては彼女たちに任せて問題ない。ジョルジュはそう判断して、コーヒーの最後の一滴を飲み込んだ。
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「お風呂上がったー! ユウちゃん、化粧水借りていい?」
「え、駄目。それめっちゃ高かったやつ」
都内、学生向け賃貸マンション。アイとユウは同じ部屋で暮らしていた。
既に入浴を終えたユウは、ジャージ姿でスマートフォンを弄っている。アイは口を尖らせた。
「ケチ。わたし、こんなに可愛いのに」
「なめんな。あたしのほうが可愛い」
しばらく無言で頬をつねりあう。
深々と溜息をついたユウが立ち上がる。それからいそいそと冷蔵庫を漁り出した。
「くだらな。九%飲むか」
「お酒のこと度数で言うのほんとやめてユウちゃん」
「ほら、アイ」
「わ! プリンだ〜! って、誤魔化されないから!」
もぎゃもぎゃと騒ぐアイを尻目に、ユウはタブレットを立ち上げる。そこにはジョルジュから追加の資料が届いていた。ユウの肩に顎を乗せ、アイが膨れっ面で言う。
「あ、『狼』のやつ?」
「そう。なんか、たまにだけど素手で殺してるらしいよ」
「なにそれコワ〜〜〜」
大好きなキャラクター、メランコリックうさぎのクッションを抱え、アイはプリンを頬張る。
「でも殺し合ったら楽しそう。早く会いたいね」
「いや、あたしは全然遭いたくないんだけど」
そう言いながらユウはいつもの黒いリュックの中へカッターをしまう。それをアイが不思議に思って尋ねた。
「何それ」
「ん? なんかね、『こういう女の子』ってカッター持ち歩くらしいよ。知らんけど」
「刃物ならいつも持ち歩いてるじゃん」
「軍用ナイフじゃ可愛くないと思う」
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「なあ兄貴。おれ、この仕事終わったらスシ食いてえ。回るスシ。ロールじゃなくて、ホンモノのスシ」
安ホテルのベッドに転がりながら、束ねた茶髪に碧眼の若者がぼやく。少し童顔じみた、優しげな面立ちだ。
その視線の先には、彼とそっくりな顔をした、髪型だけが違う男が書類を片手に椅子に腰掛けていた。栗色のショートボブがさらりと揺れる。男は穏やかに笑った。
「スシか。いいぞ。良い場所を調べておこう」
「よっしゃー! 兄貴は最高だぜ!」
両腕を上げて喜んだ弟が飛び起きる。子どものような笑顔で、足元に置いてあるリュックを引き寄せた。何が入っているのか、リュックは随分と重たげだ。
「ターゲットは……タカツカサ? だっけ? ソイツだけでいいんだろ?」
「いや、あと二匹ほど先んじて潰す必要があるな。子飼いの殺し屋だ」
殺し屋。
その言葉に空気が一変した。
人懐こそうな瞳は捕食者の眼光へ。
仲睦まじい兄弟の光景は、冷徹な仕事仲間のそれへ。
二人はスタインベック&トウェイン兄弟。
彼らこそが『狼』だ。
「手練れか?」
「ああ。先日も二十人を十五分で誰一人逃さず消しているそうだ。優秀な耳もついているらしい」
「おっかね〜」
「だったらきちんと対策を取れ。ほら、新しい資料だ」
投げ渡された資料の束を弟が面倒臭そうに広げる。それを既に小説のように読み込んでいる兄は顎に手を当て、呟いた。
「…………成る程、鷹司だな」
「?」
「こいつらは『イヌワシ』だ。それこそ鷹狩りに使うような…………よく飼い馴らされているが、野性を忘れてなどいない」
優秀なイヌワシは狼さえも捕らえるという。
スタインベックは資料を机に置く。優しげに、しかし自信を顕にはっきりと言った。
「だが、喰らうのは我々だ」
トウェインは弾倉を確認しながらはにかんだ。
「兄貴と二人でなら、誰にだって負ける気がしねえや」
トウェインは遠足の持ち物でも確かめるかのように、リュックに詰めた銃を検め始めた。
視線を上げたスタインベックは眉をひそめる。
「トウェイン。この国では銃を持つことは違法なんだ」
トウェインは肩を竦める。
「うえ、また始まったよ兄貴の法律遵守! 仕事に支障が出るからやめてくれよ!」
心底嫌そうな表情で叫ぶ弟に、スタインベックは真面目な顔で首を傾げた。
「何を言っている、ルールは守られなければならないだろう」
「兄貴と違っておれは素手じゃあ無理なの!」
言い合う手元では、しかし正確に、メンテナンスが行われている。
ホテルの窓からは月光が煌々と差していた。
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一ヶ月後。
アイとユウは別件の仕事を終え、移動するために車に乗っていた。アイは助手席に座り、崩れたメイクを直しながら文句を垂れる。
「ほんと、ボスって人遣いが荒いっていうか、普通自分が狙われてるときに戦力を他に回さないよね〜?」
車内ではチリーなJ-POPがかけられている。
ハンドルを握るユウは片手をひらひらと振った。
「しょーがないでしょ。『狼』のほうは動きがないし」
「そうかな〜。あ、ネイルチップ一個落としてきちゃった。お気に入りのやつ」
「片付けのときジョルジュに拾ってきてもらえば?」
「ユウちゃん名案〜〜〜」
そんなことを話していると、流れてくる音楽にノイズが混じり、通信が切り替わる。ジョルジュだ。
『俺をパシリに使うんじゃねー! 殺すぞ! 殺せないけど!』
「お、地獄耳。盗み聞きか? キショいよ」
「お願い〜、頑張って塗ったの〜!」
スピーカーの向こうから忌々しげに悶える物音が聞こえる。少しの沈黙の後、普段よりも低い声でジョルジュは言った。
「あー、それはともかくとしてだ。──お前ら尾行られてんぞ。後方二台目の車。スーツの男が運転してる黒の軽」
「…………ふーん。噂をすれば何とやらって訳か」
言われるまで気がつかなかったのは二人にとって非常に不愉快な不覚だ。しかし、それだけ相手もやり手だということでもある。
「ちょっと飛ばすか」
「やだ! ユウちゃんの運転やだ!」
「ワガママ言わない!」
途端、ユウは大きくハンドルを切り、車列から抜け出した。大通りを行き交う車の間を縫って、二人の車はどんどん先へ進む。
その後方、スタインベックは静かにハンドルを握り締めた。
「……気づかれたか」
「兄貴! 早く追わないと!」
「分かっている」
すかさず狼たちも車線を切り替え、後を追う。
するりするりと器用に逃げるアイとユウを、狼たちは慎重に、しかし確実に追跡している。
しばらく走らせているとだんだんと車両が減り、空いた道に出る。ユウは更に加速する。アイはシートベルトを抱き締める。
「ユウちゃーーーーーん!!!」
「口開けない!」
突然、急ハンドルを切る。タイヤをアスファルトに焼けつかせながら、細い道に突っ込んでいく。アイは窓ガラスに押しつけられた。
「ゆぶぢゃん」
「文句ある? …………あれ?」
バックミラーを窺うが、狼たちは追ってこない。首を傾げながらアイとユウは、車を立体駐車場に乗り入れた。
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「おいおいおいおい何やってんだよ兄貴!?」
「何って……赤信号だから止まっているんだが」
トウェインが悲鳴にも似た声を上げる。
スタインベックは困ったように返事をした。
「教習所で習わなかったのか? 赤信号は止まるんだ」
「いやカーチェイス中!!!!」
胸倉を掴まんばかりに詰め寄る。そんなことを言い合っている内に、信号は青になる。アイとユウが消えた角を曲がり、路地に入る。
進み出した車は、急いでいるとはとても思えなかった。
「兄貴?」
「何だ」
「遅い」
「看板を見ろ、この道は法定速度が三十キロなんだ」
「もういいどけおれが運転する!!!!」
助手席から無理やり乗り代わろうとする弟を、スタインベックは片手で軽々いなす。それからブレーキをかけた。
「兄貴?」
「歩行者が道を渡ろうとしているだろう。彼らが優先だ」
「…………! …………っ! …………っっ!」
よろよろと歩く老婆が車内で揉み合う二人に会釈した。
「…………おい兄貴、本当にこの駐車場なのか?」
「ああ、間違いない。俺ならそうする」
立体駐車場に乗り入れ、兄弟が車を降りる。スタインベックはスーツの上着を脱ぎ、後部座席に投げ込んだ。トウェインはリュックを背負い直す。
狼たちは耳をそばだてる。
ここは今から狩場となる。
「そこか」
トウェインが一瞥もくれずに三発撃ち込んだ。
消音器から煙が立ち昇る。
咄嗟に車の陰に隠れたユウはナイフ片手に心臓を撫で下ろす。反対側のアイと目配せをする。
「トウェイン!」
「説教は後で!」
兄弟は背を預け合い、敵の襲来に備える。そこに飛び込んで行ったアイとユウは、それぞれの得物──ナイフと手斧を引き抜いた。
トウェインの精密射撃がユウを狙う。しかし、何よりも速く翔ぶ鷲には届かない。反撃に振り抜かれたナイフをトウェインは寸前で躱す。
「You're good」
「You, too!」
アイの手斧はスタインベックの首を真っ直ぐ狙う。だが、すかさず繰り出された掌底が柄を弾いた。続く容赦のない回し蹴りを、アイは受け切って堪える。
「……見かけによらず力がある」
「そっくりそのまま返しますよー! だ!」
少しずつ移動しながらお互いに殺意の一撃を入れ合う。
殺し屋とは、戦う者ではない。
故に、先手必殺。
先に攻撃を喰らわせた者が殺すのである。
兄弟は流石の連携だった。上手く弱点や隙をカバーし合っている。このままでは埒が明かないと見たユウが声を張る。
「アイ!」
「おっけー、ユウちゃん!」
アイはトウェインの腕を掴んで放り投げた。その先はユウが押しておいたエレベーター。そのままアイとトウェインが転がるように乗り込み、超至近距離での殺し合いに移る。
追いかけようとしたスタインベックにユウがナイフを投げるが、敢なく二本の指で止められてしまう。しかし、合流は妨害した。
スタインベックは不機嫌そうに言い放つ。
「分断か。その判断は間違っていたと教えてやろう」
「やってみなきゃ分かんないでしょうよ」
ユウは新しくナイフを構えた。
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エレベーターの壁に穴が空く。
この狭所でありながら、トウェインの射撃をアイは軽々と躱す。彼の首に腕を回した。
頚椎を折られる前に、トウェインは肘打ちで突き放す。
(早く距離を取らねえと……!)
エレベーターが上階に辿り着き、扉が開くと同時に弾丸の如く二人は飛び出す。トウェインは弾倉を入れ替えるとアイに容赦なく撃ち込む。
アイは手斧を盾にしながら間合いを詰める。
トウェインが身を低くして車と車の間を進み、アイは弾丸を避けながらその後を追う。
「なあ、あんた!」
声掛けにアイの足が止まる。
トウェインは物陰に隠れたまま、声を上げた。
「あんた英語は分かるか?」
「分かるよ。これでいいかな?」
良かった、おれ日本語苦手でさ、とトウェインは言った。アイは笑顔で返す。
「おしゃべりするのは好きだけど、それでわたしを油断させようっていうのは無理だよ。残念だけどね」
「(……読まれてるか。まあいい。時間を稼いで兄貴と合流する)いや、単純に気になったのさ。あんたはカリフォルニアのどの女の子よりホットだしな!」
何が気になるの?とアイは首を傾げた。
「あんたらのことを調べさせてもらった。もう一人と違ってあんたは正直、最強だ。おれだって勝てる気はしない。だからこそ思うんだ」
「………………」
「逃げればいいだろ。何でこんなことしてる? ■■■■■■■■■■■■のに」
静寂。
アイは今までの笑顔が嘘のように冷たい顔でトウェインを見た。
「ごめん。何言ってるか分かんなかった」
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鷲と狼が殺し合う。
喰らいつくように迫るスタインベックの右手をユウが仰け反って避ける。代わりに振り上げたナイフはスタインベックの首振り一つで躱された。
お互い体勢を立て直すべく距離を取る。
彼は空振りに終わった指の関節を鳴らして宥める。
「銃刀法第二十二条により、この国では『業務その他正当な理由による場合を除いて、刃渡り六センチメートルを超える刃物を携帯してはならない』筈では?」
「これが業務なので問題ありませーん」
ユウはぴろぴろと舌を出して手を振る。
スタインベックは溜息を吐いた。
「違法行為は見過ごせないな」
「だったら、あんたの殺人もそうでしょーが」
ユウの指摘にスタインベックは、極めて意外なように、怪訝そうに答える。
「すまない。何を言っているのか分からない」
ユウは冷や汗をかきながら笑った。
「あっそ、あんたもアイと同じって訳か」
この男の反応には覚えがあった。数年前、アイに対して「殺さないように」と指示を出した時と全く同じ反応。それ以外にも似たような殺し屋を何人か知っている。
そして、このタイプの殺し屋は皆、揃って異様な強さであることにユウは気づいていた。
スタインベックの武器は彼自身の肉体だ。
その細身な外見からは想像も出来ないほどの筋力を有し、掴んだ敵を骨ごと砕く。
つまり触れられるだけで即死。
ナイフを使った近接攻撃を得意とするユウにとってはかなり分が悪い。
「さてさて、どうやって殺しますか……っと」
どこか遠くで墓場荒らしの鴉が鳴く。
どちらが狩るかは、まだ分からない。
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「………………なんで」
トウェインは震える声で呟いた。
意味が分からなかった。
会話の後、アイの動きが極端に悪くなった。今まではあれだけ笑顔を崩さなかったにも関わらず、どこか呆けたような、焦っているような、そんな表情でこちらに無理やり近寄ってきた。
それで、チャンスだと思って上を取った。
簡単に押し倒せて、下顎に銃口を押し付けた。
あとは引き金を引くだけ。
引くだけなのに。
「なんで指が動かないんだろう、でしょ」
彼の下でアイが微笑む。
トウェインは何か言おうとしたが、舌が回らない。
「さっき何か言われてから、ずっと頭が痛かったの。でも、もう平気。だってあなたを殺せるから」
「………………っ!」
身体が勝手に仰け反り、バランスを崩して倒れる。全身に激痛が走る。引き攣るような感覚に、トウェインは恐怖を覚えた。
二人の体勢は逆転し、アイがトウェインを見下ろす。
「…………毒か………」
「そう! TTXとかBTX、クラーレも良いかなって思ったんだけど、やっぱりあなたにはストリキニーネが似合う! 素敵、とっても素敵!」
頭だけがやたらに回る状況で、トウェインはどこで毒を打たれたのか考える。
とはいえ、答えは一つしかない。あの、エレベーターの中で首に腕を回された瞬間だ。
(あの一瞬で気づかれず…………バケモンかよ)
ストリキニーネの毒が全身を痙攣させる。何もせずとも近いうち、トウェインは呼吸麻痺で死に至るだろう。彼の兄が間に合わないとは言えないが、それを許す敵でもない。
諦めたように目を閉じる。
首を落とされる直前、彼の顔は笑っていた。
──────────────────────
逆手に振ったナイフを掴まれる。
ユウが振り払う前に、スタインベックはナイフを素手で折った。
「はあ!?」
「二本目だ」
ユウは飛び退き、替えのナイフをリュックから引き抜く。スタインベックは手首を鳴らす。
「先程投げて一本、今折ったので二本。お前は普段三本ナイフを持ち歩く。だからそれが最後のナイフだ。違うか?」
「………………!」
こちらの手札が完全にバレている。ジョルジュ並の情報屋が向こうにもついているということか。
「あまり時間はかけたくないんだ。お前たちの排除は最優先だが、一銭にもならん」
この会話が僅かの休憩だと言わんばかりに、二人は再び殺し合いを始める。
一瞬の隙が命取りになる時間。くらくらするような快感の中で、ユウは神経が研ぎ澄まされていく。
ここだ、と心臓を狙って刺突する。
「お前はあの白い方ほど強くはない。それは自分自身でも分かっている筈だ」
ユウは答えない。事実、この男を相手にするならアイのほうが正解だったかもしれない。
「そして三本」
スタインベックの踵がナイフを蹴り飛ばした。微かな金属音を立てて刃が地に落ちる。ユウの手にはもう何もない。
「存外あっけなかったな。では、終わりだ」
ユウの頭蓋骨を目掛け、スタインベックが手を伸ばす。そして────。
「………………」
「………………」
崩れ落ちた。
止めどなく溢れる鮮血が、コンクリートの床に広がっていく。ごふ、と空気交じりの吐血を零す。
「ナイフは、もう無い筈────」
切り裂かれた喉を押さえ、膝をつき、スタインベックはユウを見上げる。彼女の手にはカッターが握られていた。
「────これは、殺し屋のあたしが持っていたんじゃない。可愛い女の子は、カッターを持ってるもんなんだってさ」
殺し屋としてはスタインベックを上回れなかった。
だが、殺し屋ではない部分で、予想を上回ることは出来る。
しかし、それは馬鹿げた理論だ。
よしんばそうだからと言って、簡単に裏をかかれるほど彼も甘く生きてきたつもりはない。
それでも。それでも、こうして負けたということは。
『ユウ』が強かった、ということだ。
スタインベックは薄れゆく意識の中、呆れたように笑った。
「…………ふん、やはり刃物の違法所持じゃないか」
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「ユウちゃん!」
「……アイ、そっちも終わったみたいね」
真っ赤な斧を携えてアイが駆け寄ってくる。銃遣いを相手に掠り傷一つ負った様子もないのは流石と言うべきか。
「これでお仕事は終わりだね! ジョルジュに連絡しなきゃ」
「その前に飯食いて〜。昼飯まだじゃん、あたしたち」
ユウがぼやくと、アイが目を見開いて自分の腹を擦る。
「確かに! すっごいお腹空いちゃった!」
「なんか寿司食べたいな、寿司屋行かん?」
「いいね、祝勝会ってやつ?」
二人は仲良く手を繋いで、立体駐車場を後にする。
こうして、一つの戦いは終わりを迎えた。
しかしアイとユウの仕事はまだまだ続く。主人の敵を滅ぼすため。自身の望みを叶えるため。
二人は負けることなく殺し続けるだろう。
「わたしたちの可愛さの勝利、ってことで!」
白野アイと黒木ユウ、二人は殺し屋にして────どこにでもいる、普通の可愛い女の子だった。
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