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08 私は聖歌放送のおねえさん

 私は、ベルタン辺境伯領でも聖歌放送のアナウンスをするようになった。

 評判は上々。領民たちからは「聖歌放送のおねえさん」として親しまれている。ただ、皆は私の顔を知らない。

 放送室が軍部にあるので、一日に一度、顔を出す。


「わー、ロジェ様の奥様ですね! 噂は聞いてます。さあ、こちらにお座りください」


「ホントだ、可愛らしい! 野郎ばっかのむさ苦しい所で恐縮ですが、奥様がいらっしゃると皆、喜びます!」


 なぜか「奥様」と呼ばれて、ちやほやされている。

 思うに、社交場と違いリリアーヌや他の令嬢がいないので、比較対象がないのだ。

 それに、ここではいつ緊急戦闘配備になるかわからない。軽口が飛び交う中でも、そこはかとなく緊張感が漂っている。私の美醜なんて、ありていに言えばどうでもいいのだ。

 というわけで、がっかりされるんじゃないかという不安は杞憂に終わった。

 しかし、声が「可愛い」からと歌を期待されるのには困った。


「ロジェ様が、奥様の歌が素晴らしいって褒めてましたよ」


「え? 歌わないんですか! 皆、かなり楽しみにしてたんですよ」


「聖歌を生放送にしたらいいんじゃないですか。うちの砦のマイクと拡声器は、いい魔石を使ってるんで性能だけは高いんです」


 以前からロジェ様は、聖歌放送が流れるたびに「あの時の歌は本当に素晴らしかった!」と聖女選考会で一度聴いただけの私の歌をべた褒めしていたという。いつしか軍部では、密かに私を「ロジェ様の聖女」と呼ぶようになり、今度はその「聖女」と結婚するというので大盛り上がりだったそうだ。

 つまり、私が本物の聖女かどうかなんて、誰も気にしちゃいなかったのだ。

 ただ、残念ながら彼らは、ロジェ様の耳がオカシイことに、まったく気づいていない。

 必死に「私は歌が下手なんですっ」と訴えても、誰も信じてくれないのだ。かといって軍部で堂々と歌声をさらせるほど厚顔ではない。


「え? ロジェ様は、耳は確かですよ」


「はい。魔物の鳴き声を聞き分けられますから」


 こんな調子だ。鳴き声の聞き分けって、審美眼はいらないと思う。


 ロジェ様とのお散歩デートも、最近では、西の砦まで案内してもらえるようになった。

 砦は西と中央がある。放送室があるのは中央砦で、『魔物の森』に近い西の砦は、魔物討伐の本拠地である。森を一望できる展望台から、二十四時間体制で監視にあたっているのだ。

 ロジェ様は、案内をしながらいろいろなことを教えてくれる。

 たとえば、魔物は物理と光魔法で攻撃するのが常識だけれど、氷魔法も動きを遅くしたり、足止めするのに役に立つとか、火炎系はかえって魔物を興奮させることがあるから好ましくないとか。物理で()()()には、大剣が一番だとか。


 塔の階段を上って展望台にたどり着くと、私は、果てしなく続く樹海の壮観さに言葉を失った。


「うわぁ……」


「すごいだろう?」


 ロジェ様は、時折ビュンと吹き込んでくる強風から私を守るように風上に立ち、右側を指差す。


「あの遠くに山が連なっているところが、タワルジナ国だ。あの山脈は飛行型の魔物が住んでいる。ワイバーンに飛竜。タワルジナは大変だろうな。ここは山がないだけまだマシだ」


『魔物の森』を隔てた先にタワジルナ国、サースフィア国、チハリ国がある。

 この森のお陰でベルタン辺境伯領は、他国に進軍される心配はない。むしろ魔物を共通の敵として積極的に情報共有している分、この三か国とは友好的な関係を築いている。ロジェ様も見分を広めるため、留学したり他国の魔もの討伐に参加した経験があるという。

 だが人間よりも、話しの通じない魔物を相手に戦う方がずっと面倒に違いない。彼らには休戦という概念すらないのだ。

 尤も、魔物たちも好き好んで街を襲っているわけではない。異常気象だったり、棲み処である森や山の地脈の乱れが影響して狂乱するのだと言われている。


「昨年あたりから、大型の魔物の出現が相次いでいる。トロールだけで、この半年で四体だ。今までは年に四体も出れば多い方だった。異常だよ」


「トロール……」


 名前を聞いてブルッと震える。小さな森しかないオータン領では、スライムや小型の黒兎、強くても中型の魔犬オルトロスが精々で、稀に獰猛な漆黒の狼が現れようものなら大騒ぎだった。それがトロールとは。

 改めてここは辺境なのだと気が引き締まった。ずっと皆に親切にされて、安穏と暮らしていた。たまに警報音が鳴るけれど、どこか他人事で。

 だけど私が怯えないように、きっと配慮してくれていたのだろう。


「陛下も原因を究明しようと力を尽くしてくださっているが、まだ時間がかかりそうだ」


 ロジェ様は、震えた私の体を引き寄せながら言う。安心させるように肩を抱きポンポンと叩く。


「私に何かお手伝いできることはありますか?」


「あるさ。一つはちゃんとプレゼントを受け取ること」


 おちゃらけた返答にへそを曲げて無視する。


「もう一つは?」


「ヴィヴィの歌が聞きたい」


「……下手ですよ」


「そんなことはない。ヴィヴィの歌声が好きなんだ」


 ロジェ様がニコニコと笑う。

 なんだか上手く誤魔化されてしまった気がする。


「じゃあ、そのうちに」


 そんな可愛げのない返事をした私は、やっぱりどこか他人事で、辺境で暮らしている自覚が足りなかった。

 今できることは、すぐにやる――これって、とても大切。後悔しないようにね。

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