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06 親切にされています

本日三回目の更新です。

もともと一話分だった回を二話に分けたので、二話分の更新になります。

 何という高待遇かしら――! 

 辺境で暮らし始めて、早二週間。居心地が良すぎて、逆に怖い。


 私が案内された部屋は、実家の自室の二倍はある広さだ。深緑の壁紙も心安らぐ。大きな本棚には、ぎっしりと推理小説が並べられている。新刊も揃っていた。

 足りないものや欲しいものがあれば、遠慮なく買うように言われ、商人までやって来た。

 その上、皆、親切だ。侍女も連れずにブノワと二人、大した支度もしないで押し掛けたのに、あれやこれやと世話を焼いてくれる。

 アルシェさんが「皆が聖女を楽しみにしていた」と言っていたので、どれだけ落胆されるかと暗澹としたけれど、そのような素振りもない。


「わぁ~、ロジェ様のおっしゃった通り、可愛いお声ですね。ここでも聖歌放送を流すんです。よかったらアナウンスをお願いできませんか? 今まで、軍部の男の野太い声ばかりでして」

 

「声も可愛いらしいですけど、顔もお綺麗ですね。えっ? お化粧しないんですか。勿体ない!」


 と、まあ、こんな感じで、なぜか褒められる始末。

 しかも、ロジェ様が、変。

 いや、最初から変だったけれど、メイドたち以上に何くれとなく面倒を見てくれるのだ。

 忙しい人なのに、城の案内を人任せにしない。毎日一時間程度、二人で散歩がてら、あちこち見て回っている。

 食事もほぼ一緒に摂る。あまりに私の食欲がないのを心配して、胃に優しいメニューになった。

 プレゼントも頻繁だ。商人にドレスや宝石をごっそり注文しようとして慌てて止めたほどだ。

 歩き疲れたらすぐお姫様抱っこしようとするし……………なんか、変。

 

「婚約者なんですから、これくらい普通でしょう。ロジェ様は、ヴィヴィアーヌ様をお気に召したご様子。使用人たちの間では『溺愛している』と専らの噂ですよ」


 これには裏に何かあるのではないかと疑る私に、ブノワは呆れた様子だ。


「えー、初めて会ったようなものなのに溺愛はないでしょうよ。それに皆、私の顔にがっかりしないわ。やっぱり何かあるのよ」


「王都の男たちの反応が変なんですよ。尾ひれのついた噂に惑わされて。ヴィヴィアーヌ様は、年齢よりも大人っぽいお顔立ちなだけで、間違いなくお綺麗です。少なくともがっかりされるようなお顔じゃありません」


「うーん、そうなのかしら」


「爺の言葉が信じられないのなら、直接ロジェ様に訊いてみたらいかがです?」


 このまま悶々とするより、その方がいいかもしれない。何か思惑があるなら早めに知っておいた方が、腹が括れるというものだ。



 その機会は意外とすぐにやって来た。

 城の案内という名のお散歩デートも続いている。魔物討伐で二、三日留守にしていた時以外は毎日だ。

 いつの間にか手を繋ぐようになっていて、やっぱり変……と思うものの、ちっとも嫌じゃない。

 困らない程度には、城に慣れてきた。だけど、この手を離したら、きっと迷子になった子どものように心細くなってしまうのだろう。

 そうやってロジェ様に傾いてゆく自分の心が恐ろしいのだ。まだ間に合ううちに覚悟を決めておくべきだ。

 たとえば「跡継ぎさえ産めれば誰でもよかった」なんて言われたとしても、愛を求めなくて済むように。


「ここは……」


 連れてこられたのは書庫だった。

 他にもいくつか図書室はあるが、規模が違う。天井近くまである壁一面の本棚が、室内をぐるりと囲う。娯楽のためではなく、保存のために整備されているのだとわかる静謐な空間だった。


「貴重な本や領の歴史書、代々の当主の手記などが保管されている場所だ。魔物関連の本もある。ベルタン領は『魔物の森』が近いから、代々の当主が戦いの記録などを日記や手記に纏めている」


 そのまま奥へ進んだ一角に、魔物の本と歴代当主の手記が並んでいた。

 魔物との戦いはこの領の歴史そのものである。それを裏付けるかのような膨大な資料の数々に思わず唸った。


「すごい……」


 背表紙を目でなぞりながら歩く。その並びに聖歌集を見つけた。二十冊はあるだろうか。一冊、手に取った。


「聖歌集は定期的に重版される。歌集は通常、聖女とその関係者くらいしか持たないから、ここまで揃っているのは魔法省とウチくらいだろう。版を重ねるごとに、若干内容が変わっているのを知っているか?」


「いえ、知りませんでした。意図的に光魔法の呪文を変えているのですか?」


「そうだ。我が国では、年々、光魔法を唱えられる者が少なくなってきている。魔法の威力も弱い。『ルチル聖歌隊』が結成されたのは、その弱い魔法を束ねて威力を増すためだ。本来、一人で唱えるべき譜面を修正して、微調整を繰り返しているんだ」


「へえ……」


 現在の聖女はたった十五人だ。昔はその倍はいたらしい。一人一人が十分な威力の光魔法を放てるだけの力量を持ち、全国を巡って魔物討伐を行っていた。

 今は五人一組、三つの聖歌隊に分かれて活動している。実質、三人分の戦力なのである。昔の十分の一だ。

 もちろん手が回るわけもなく、その苦肉の策が聖歌放送なのだ。だが『魔物の森』に近いこの辺境のようなところでは、獰猛な大型種の出現が多く気休めにしかならない――――ということまでは常識として理解している。

 だけど、譜面をいじっていることまでは知らなかった。私は聖女ではないので、祖母に譲られた歌集しか持っていない。リリアーヌも最新版の歌集しか持っていないはずだ。

 独唱用と斉唱用の聖歌集があるのかと興味が湧き、後で自分の歌集がどちらなのか調べてみようと思った。

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