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05 私は聖女ではありませんよ?

本日二度目の投稿です。

 ベルタン家の本拠地、辺境伯の住まう城は、一言で言えば要塞である。

 一見武骨で、王都の宮殿のような優雅さはないものの、軍事に特化した機能的な造りは風格がある。我がオータン伯爵家の屋敷が小屋に見えるほど広大で、私はすっかり圧倒されてしまった。

 この家の嫁になるという実感がまったく湧かない。だが、絶対に迷子になるという自信だけはある。

 私は内心怖気づきながら、夫となる予定のロジェ・ベルタン様の右腕だという若い軍人アルシェさんの案内で、来客用の玄関ホールに足を踏み入れた。


「遠路はるばるお越しいただき恐縮です。只今、ロジェ様は西の砦に急用があり留守にしております。間もなく戻られると思いますので、まずはお部屋でおくつろぎください」


 歩きながら説明を受ける。

 とりあえず部屋で旅の疲れを癒せることにホッとしながら「ありがとうございます」と礼を言うと、アルシェさんが目を見開いた。


「いや~、お噂通り可愛らしいお声ですね。皆、()()()の到着を楽しみにしていたんですよ。ロジェのやつ……いえ、ロジェ様もこの二か月間、ずっとソワソワしっぱなしで――――」


 え? 今、聖女って聞こえたんだけど。

 何かの手違いでリリアーヌの縁談が、私の所にきてしまったのでは?

 美貌のリリアーヌなら、ロジェ・ベルタン様が「ずっとソワソワ」していたわけに納得がいくし、妹の声だって綺麗だ。

 よく考えれば、国王のお声掛かりが普通の縁談のはずがない。これはきっと聖女と辺境を縁づけるためのものだったのだ。

 そっか……またがっかりされるパターンなのか。

 そう思うと、急にヘナヘナと全身の力が抜けていった。


 よろけそうになった瞬間、ガシッと力強い腕に抱き留められた。

 私は呆けていて、誰かが近づいて来たことに気がつかなかった。


「大丈夫かっ?! アルシェ、急いで医者を呼べ」


 私は顔を上げて、ぼんやりと声の主を見た。

 濡れ羽色の髪に紅蓮の瞳をした端正なお顔立ちである。鍛えられた腕、顔を埋めた胸板は厚く、私の体重なんかではびくともしな――――え、胸っ?!


「わわわっ! 大丈夫ですっ」


 腕から逃れようと慌てて身をのけ反らせると、更に強い力で抱き寄せられた。


「オータン伯爵令嬢、無理はいけない。ここへ来るにも大変だっただろう。魔物に襲われた傷などはないか? あんなに物騒な道をたった数人の護衛で通り抜けるなんて自殺行為だ」


「す、すみません! 道中、魔物は一体も出ませんでしたので……」


「一体も?」


「はい……」


 だから離してもらっていいですか――と言おうとした時、フッと腕の力が緩んだ。私はその隙に腕から逃れて適正な距離まで後ずさる。

 男性と密着したのは初めてだったので心臓がバクバクしている。


「さすが聖女殿だな」

 

 感心するようにボソリと放たれた一言で、私は現実に戻された。誤解は早く解いておかなければ。


「そのことなんですけど、私は聖女ではありません」


「ん?」


「行き違いがあったんだと思います。あの、次期辺境伯のロジェ・ベルタン様とお見受けします。おそらく私は、あなたの婚約者ではありません」


「失礼、自己紹介がまだだったな。戻って来た途端、あなたが倒れそうになっていたものだから、つい」


 彼は改めて挨拶し「ロジェと気軽に呼んで欲しい」と告げた。


「で、あなたはヴィヴィアーヌ嬢ではないと?」


「…………ヴィヴィアーヌ・オータンです」


「なら間違いない。あなたが私の婚約者だ」


 ロジェ様はキッパリと言う。


「でも、私は聖女ではありませんよ?」


 聖女でなければ政略にならないと伝えたかったのだ。だが、ロジェ様はしきりに首を捻り頓珍漢なことを尋ねる。


「まさか辞退したとか?」


「辞退も何も聖女に選ばれなかったんです。私、音痴……いえ、ちょっと音を外してしまって」


「そんな馬鹿な! あの時、誰よりも完璧に歌っていたのに?!」


 そんな馬鹿な! は、こっちのセリフである。誰よりも音を外して歌の途中で止められたのだ。


「どなたかとお間違えでは?」


「あなたの声は忘れようがない」


「う…………」


「あの日は、私も審査に加わっていた。『合格』に一票を投じたのだが」


 聖女の歌唱力審査は、十一人の審査員の投票制で七人の合格票が必要となる。審査員は歌の専門家、魔法の専門家の他、武力で魔物討伐にあたる辺境からも参加している。

 私の成績はその一票の合格票だけだった。黒歴史である。


「…………ロジェ様以外は、不合格票を投じたようですよ」


「何と!」


 大真面目に仰天しているロジェ様を見ていると、どっと疲れが襲ってきた。

 彼の審美眼はおかしい。


 突然、アルシェさんが、パン、パン! と手を打ってロジェ様を正気づかせた。


「はいはい。それよりも長旅でお疲れなんですから、早くお部屋に案内して差し上げないと」


「そうだな。では、ヴィヴィアーヌ嬢、ちょっと失礼」


 ロジェ様は、ずいっとこちらに近づくと私を横抱きにしてスタスタと歩き始めた。顔が再び胸に埋められる。

 アルシェさんやメイドたちが見ている前なので、めちゃくちゃ恥ずかしい。黙って控えていたブノワも口をあんぐりと開けている。


「お、お、お、おろしてくださいっ。私、歩けますから」


「疲れているだろう。こっちの方が早い」


 抵抗して足をジタバタさせるも、ロジェ様は、まったく意に介さずニコニコと笑うだけだった。

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