表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/29

04 旅の恥はかき捨て

本日から朝、昼、晩の三回投稿になります。

「侍女がいないからって、わざわざブノワがついてこなくてもよかったのよ?」


 ベルタン辺境伯領へと旅立った馬車の中で、私と()家令のブノワは向かい合って座っていた。彼は、一人でベルタン家に行こうとする私を憐れんでついてきてくれたのだ。


「老い先短いんですから、好きなようにさせてください。それにヴィヴィアーヌ様のことは、先代当主も目を掛けておりましたからね。見届けたい気持ちもあるのですよ」


「まあ、いいけど」


 今は亡き先代当主……つまり私の祖母は、私の声を伝説の聖女そっくりだと喜び、将来この子はスゴイ聖女になると吹聴していたらしい。

 実際はスゴイどころか、聖女になることすら叶わなかったのだけれど。

 そんな姑の期待も手伝って、お母様はプレッシャーを感じていたようだ。娘たちを聖女にしようと、次第にしゃかりきになっていった。

 私が音痴だったので、専用の家庭教師が雇われた。

 お母様には、音程を外す度に「なんでちゃんと歌えないの?」と扇でぺしっと手を叩かれたり、怒られたりしたこともある。

 そして、まったく成果の出ない私に見切りをつけて、妹に望みを託した。

 だから聖女になったリリアーヌのことが自慢なのだ。

 決して私を無下にしたりはしなかったけれど、とにかく妹のことが最優先。体調やスケジュールを管理したり、聖女活動につき添ったりして、それがまた嬉しそうなのである。

 やっと苦労が報われたのだ。そうなるのも当たり前だと思う。

 四年前にダメもとで挑んだ聖女の歌唱力審査の時、思いっ切り音程を外した私は赤っ恥をかいた。

 思えば、私以上に赤面して小さくなっていたのは、お母様だった。


 結局、私は、お母様に会うことなくこの領を去った。




 ふわわぁ~ん。


 大きな欠伸が出た。

 ただひたすら長い道のりを馬車は行く。退屈なのだ。

 頼みの綱の推理小説は、とっくに読み終えてしまった。

 私は手荷物の中から聖歌集を取り出した。


「懐かしゅうございますな」


 ブノワが目を細める。


「荷物を整理していたら見つけたのよ」


 祖母に譲られた聖歌の譜面である。音符の下に歌詞が振ってある。要するに光魔法の呪文集というわけだ。

 年季が入って少し茶ばんでいる。昔はこれを見ながら毎日歌っていたものだ。ペラペラとページを捲る。

 光魔法の曲はいろいろあって、魔物を眠らせる歌、魔物を寄せつけない歌、結界の効果がある歌、魔物を追い払う歌、攻撃する歌などだ。中でも最強と言われるのが『聖なる清めの一撃』という、文字通り一撃で魔物を消し去る歌……らしい。

 らしい、というのは、現在、それを唱えられる力のある聖女がいないからだ。

 曾祖母はこれが得意だったと言われているけれど、如何せん昔のことなので誰も見たことがない。

 だって難しいんだよね、この曲。私の苦手な「ミ」と「シ」の連続で、歌詞の発音も癖があって、頑張れば頑張るほど声が裏返ってしまうのだ。

 これを歌うと「も、もう結構です」と必ず教師に止められていた。好きな曲だったので、幼心にしょんぼりしたのを憶えている。


「フフフ~ン♪」


 つい鼻歌を口ずさむ。

 それを聞いたブノワが口元をほころばせた。


「ヴィヴィアーヌ様の歌声は、久しぶりですな。最近ではめっきり歌わなくなってしまって、爺は寂しく感じておりました」


「えー、だって音痴なんですもの。聞かされる方も迷惑ってものよ」


「そんなの気のしすぎですよ。せっかく楽譜もあることですし道中長いですから、歌ってはいかがですか?」


「でもぉ……」


「馬車酔いの予防にもなりますよ。旅の恥はかき捨てです。爺も歌います。ヴィヴィアーヌ様より、はるかに下手ですけどね」


「そうね。今までせっかく練習してきたんだし。じゃあ……一番簡単な曲から」


 馬車酔いの予防と言われてその気になった。

 私は大丈夫だけど、ブノワがすぐに馬車酔いをしてしまうのだ。高齢だし、長旅は体に負担がかかる。

 歌一つで元気に旅ができるなら、お安い御用だ。それに歌うこと自体は好きなのである。


 私たちは、好き勝手に歌いながら辺境までの道のりを進んだ。

 やっぱり音楽は楽しいのが一番だ。

 私は、数年ぶりに歌う気持ち良さを味わっていた。

 目的地が近づくにつれ、護衛たちが「この辺りは、いつ魔物が出てもおかしくない」と警戒心をあらわにすることが多くなった。

 だが、ピーンと張り詰めた緊張感をぶっ壊すような歌声に気が抜けてしまったのか、終いには護衛たちも一緒になって歌を口ずさんでいた。


 ヨーノモッマ ナルゥッセェーミ タガス エ マタキーゾリッシィ ♪


 この陽気な一団の歌声は、日に日に大きくなっていった。

 辺境自体は決して田舎ではないのだが、どうしても道中は、人気のない寂しい道を通らざるを得ない。ちょっとくらい大声でも迷惑は掛かるまい。

 ベルタン辺境伯領に到着する頃には、私は恥も外聞もなく自分の音痴を堂々とさらけだしていた。

 歌は人をハイテンションにするのだと思う。

 あくまで個人的な意見だけれども……個人的なね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ