03 縁談ですか?
本日二度目の投稿です。
怠惰な生活を送っていたある日、突然、お父様が領にやって来た。
「……痩せたな」
私を見るなりボソリと呟く。
あれ以来、ほとんど食事が喉を通らない。食べようとしても二、三口でお腹がいっぱいになってしまう。そんな調子で過ごしているうちに、今ではすっかり胃が小さくなってしまった。
「お一人でいらっしゃるなんて、何かございましたの?」
お父様の独り言を聞かなかったことにして、手にしていた紅茶のカップをソーサーに戻した。
目の前に好物だった焼き菓子が並んでいる。見ているだけで胸やけを起こしそうだ。
手つかずなのを気にしたのか「食べないのか?」と訊かれたので「今は、お腹がいっぱいなので後にします」と答えると黙ってしまった。
「…………」
私も無言でいるので部屋はシーンとなっていて、隅で控えているブノワの居心地が悪そうである。
「あの……その、リリアーヌを跡継ぎにしたのは、別におまえに不足があったわけではなくてだな――――」
「三人もの聖女を輩出したオータン家からすれば、リリアーヌを当主に据えるのが当然の選択。私がお父様でもそうします。でも今更そんな話をしにやって来たわけではないのでしょう? 一体何なんです? ハッキリおっしゃってください」
ぴしゃりと言ってやると、お父様は額の汗をハンカチで拭った。意を決したように一気に話す。
「実は、ヴィヴィアーヌに縁談の話がきている。お相手はベルタン辺境伯の嫡男、ロジェ・ベルタン様。齢は二十四歳だ」
言い終わるや否や、紅茶のお代わりを注ごうとしていたブノワが、ポットを取り落とした。
ガッシャーン!
派手な音がして、お父様のカップがパカッと二つに割れた。
「まさか旦那様、あのベルタン辺境伯領ですかっ?!」
反射的にブノワが、顔を真っ赤にして会話に割って入ってきた。
気持ちはわかる。
ベルタン家は、娘を嫁がせたくない相手のナンバーワンである。
人柄がどうというのではない。四つの国に跨って広がる樹海、通称『魔物の森』に面した魔物討伐の最前線だからだ。彼らは軍団を率いて物理的に魔物たちをボコボコにしている。
頻繁に魔物が出現して危険極まりない上、王都から遠く離れた地にある。
魔物の心臓からは、魔道具の動力源である魔石がとれる。大型の魔物の魔石ほど高値で取引されるので、領は潤っている。
また、国防の要であるため王家との結びつきが強く、王女が降嫁することが度々ある。荒くれ者と噂されていても血筋はいいのだ。
しかし、いくらお金持ちで血筋が良くても王都で流行りのドレスやお菓子、優雅にお茶会……なんて生活はとても無理だ。ゆえに令嬢たちからは人気がない。
「まあまあ、落ち着いてよ、ブノワ」
「ですが、もしヴィヴィアーヌ様の身に何かあったら………」
私はメイドを呼んで、後片付けをさせている間にブノワを宥めた。
驚いたのは私も同じである。先にブノワが取り乱したお陰で冷静でいられた。
「無駄な抵抗よ、ブノワ。当主直々に領地までいらしたのよ? 断れっこないわ。どうせ、もう返事をした後よ。リリアーヌの結婚が決まったのだもの、私なんかいない方がいいのよ。前婚約者が領地にいたんじゃ、バルト侯爵家だっていい顔をしないもの」
「そんなことは……!」
ない、と言えないのが、お父様の愚直なところである。嘘がつけない。
お父様は言いわけがましくモゴモゴと打ち明けた。
「……こちらから打診したわけではない。二か月ほど前、陛下を介して話があったのだ。それで……婚約を了承した。あちらが領を離れられないので、両者の顔合わせを兼ねて、こちらがベルタン辺境伯領へ行くことになったんだ」
「それって実質、輿入れみたいなものですよね。だからなかなか言い出せずにダラダラ時間が過ぎちゃって、これ以上後回しにできないから、やっと重い腰を上げてここまでやって来たってことですか」
「うっ……」
婚約解消の時もそうだったけれど、ギリギリに重大発表をするのは本当にやめて欲しい。こちらにも心の準備というものが必要なのだ。
私は大きくため息をついた。
「わかりました。準備ができ次第、ベルタン辺境伯領へ向かいます」
ここにいるよりマシだろう。もとより婚約を解消された十九歳の貴族令嬢にまともな縁談は望めないし、陛下の紹介では断る選択肢がない。
私の返答に父は、安堵したように肩の力を抜いた。
「準備も兼ねて、一旦、王都に戻ってこないか? お母さんもリリアーヌもいるし、ジョゼの後任の侍女もまだ決めてないだろう」
「いえ、ここからの方が辺境に近いので。もう二か月もお待たせしているのです。のんびり王都に滞在する時間などあるわけないでしょう」
「す、数日だけでも……辺境じゃ、気軽に行き来ができないし――――」
「聖女は忙しいですし、お母様はリリアーヌにかかりっきりです。私と別れを惜しむ暇などないでしょう。お母様には今まで期待に応えられず申し訳なかったとお伝えください」
危険地帯に黙ってついてくる侍女がいるとは思えないので「一人で行く」と告げると、お父様はもう何も言わなくなった。
翌日から私は、推理小説漬けのお気楽生活にオサラバし、辺境への旅支度に追われる羽目になった。