21 今日も聖歌を歌います (最終話)
最終回です。
お読みいただき、ありがとうございました。
ロジェ・ベルタン辺境伯と「ベルタンの聖女」ことヴィヴィアーヌ・オータン伯爵令嬢――――つまり私たちの結婚式が盛大に執り行われたのは、王宮のフリージアの蕾がほころび始めた春先の晴れた日のことだった。
先だって行われた聖女授与式で、私は国王陛下から「ベルタンの聖女」の称号を授けられ、民衆の前で聖歌を一曲披露した。
人々は、音の外れたキャンディボイスの歌声に聞き入り、堂々としたその姿を崇敬の眼差しで見つめていたという。
幸い「伝説の聖女と同じ声らしい」とか「可愛らしい声だ」という好意的な噂ばかりで「音痴だ」などと悪評が広まることはなかった。
ロジェ様は、結婚を機に辺境伯の地位を襲爵されることとなった。
「国を救った聖女との結婚なのだから、それに見合う肩書を」というロジェ様のお父様の配慮である。だから、彼はもうベルタン辺境伯であり当主だ。
憧れのウェディングドレスは、そりゃもう素敵な出来栄えだった。シンプルだけれど、後ろに極上のレースをふんだんにあしらって華やかに仕上げてある。
その後「メゾン・シャイエ」にドレスの注文が殺到したのは言うまでもない。
だが、残念なことに、国中の注目を集めた挙式は、緊張の連続で何が何だかわからないうちに終わっていた。
連日、超過密スケジュールを無我夢中でこなしていたのだ。
ロジェ様ですら「疲れた……」とゲッソリしていたくらいである。
領地で皆に祝福されて、やっと万感胸に迫る思いがした。
ベルタン辺境伯領は、新しい領主の結婚で祝賀ムードだ。
「聖歌放送のおねえさん」が領主様のお嫁さんになった! と、まあ、こんな風に盛り上がっている。
お父様も結婚式に出席するために辺境までやって来た。
「ヴィヴィアーヌ……幸せになるんだよ……ううっ……」
まだ式も始まっていないのに、顔をぐしゃぐしゃにして泣くものだから「しっかりなさいませ!」とお母様に叱られていた。
一方で、リリアーヌはこの辺境でのびのびと過ごしていた。そして、ちゃっかり「お婿さん」を見つけた。
氷魔法の使い手マーレさんである。魔法を巧みに操る彼は、この辺境でも将来有望な若者だ。
私たち姉妹は、マーレさんに魔法を教わることが多かったので、どうやら魔法使い同士、意気投合したようだ。
お母様の御眼鏡にも適い、オータン伯爵家の婿養子として迎えられることになった。今回、お父様はこの婚約にはかかわっていない。一度、失敗しているからね。
私とロジェ様が結婚式を終えて教会の扉から出てゆくと、礼装用の軍服を纏った兵士たちによって大剣が掲げられ、アーチが作られた。
王都では軍人が結婚する際にサーベルでアーチを作ることがあるが、こちらでは大剣を使用する風習なのだそうだ。
一糸乱れぬ動きで重い大剣を掲げることができるのは、ベルタン辺境伯領の兵がよく鍛えられている証である。
大剣のアーチを二人でゆっくりとくぐり抜ける。アーチの最後には、通せんぼをするように交差する剣が下げられており、道を塞いでいる。キスをしないと先に進めないのだ。
私たちは照れながら立ち止まる。ロジェ様の顔が近づき口づけを受ける。拍手が湧いた。
皆が笑顔になる。ロジェ様も嬉しそうだ。
「幸せですね」
つい口を衝いて出る。
今日この日この時を、私は生涯忘れないだろう。
この辺境でロジェ様と生きていくのだと実感した日を。
涙ぐむ私を愛おしそうに見つめる赤い瞳を。
ここへ来て、本当に良かった。
それから――――。
私は、聖歌放送を続けている。
録音の聖歌に効果がないことがわかったので、もう領主に聖歌放送の義務はない。毎日聖歌放送を流しているのは、このベルタン辺境伯領くらいだ。
ピンポンパンポォ~ン♪
ベルタン領の皆様、ごきげんよう。
ヴィヴィアーヌ・ベルタンです。
只今、正午になりました。聖歌のお時間です。
本日は『聖なるオーロラ』を歌います。
どうぞお楽しみください。
エマッタリィー モォマ モォマ オゥ~ラレワ …………♪♪
私が歌うと、西の空にオーロラのような虹色の光が輝いた。
そう、ここの聖歌放送は生放送である。いわば光魔法の実演だ。
防御結界は、毎日張る必要はない。だが、魔法は習うより慣れろだ。練習を重ねたほうが上手くなるので、こうして続けている。
虹色の光が綺麗なので、領民からは『聖なるオーロラ』のリクエストが一番多い。
魔法が強力であればあるほど、美しい虹色が表れるらしい。
近頃は「ベルタンの聖女」のオーロラと歌声を目当てに観光客が増えた。
伝説の魔物が消えた後に残された「ヘカトンケイルの魔石」も城の一部を一般公開して展示している。ちょっとやそっとじゃお目にかかれないと、こちらも人気である。
あとは『魔物の森』の壮観な景色!
危険地帯だと嫌厭されていた辺境が、今やちょっとした観光ブームだ。
「ヴィヴィ、歌の感想が届いているよ」
ロジェ様が、封筒の束を私に手渡す。
どれどれと一枚目のカードを開いて思わず微笑んだ。
『うたのおねえさんの こえが きょうも かわいいです! がんばってください』
たどたどしい子どもの筆跡に、胸がほんわかと温かくなる。
横から覗き込んだロジェ様もニコニコと笑う。
私は皆の「歌のおねえさん」だ。それでいい。
このありふれた日常のため、領民のため、愛する人のために、私は今日も聖歌を歌う。――――心を込めて、力いっぱいに。
これにて完結です。ありがとうございました。
後日、番外編を書くかもしれません。




