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02 私が領地に籠る理由

 妹と一緒に社交場に出るようになってから、少しがっかりしたような、残念そうな顔をされる場面が多くなったように思う。

 隣のリリアーヌに喜色満面の笑みで話しかける男性たちを見て、比べられているのだと気づいた。

 わかってる。

 この声に魅かれて近づいてみたものの、思っていたのと違ったのだ。期待値が高かった分、ハズレた時の反動は大きい。

 そんなあからさまな顔をする男なんて、性格が悪いに決まってる。そう思って気にしないようにしてきた。

 家族仲は良かったし、バルト侯爵家令息である婚約者のサミュエル様との仲も良好だったから気を強く持てた。

 二年ほど前に親同士が決めた縁談だったけれど、私たちはお互いに良い関係を築こうと努力し、時間と共に少しずつ距離を縮めてきた――――はずだった。


 五か月前。リリアーヌが聖女になってちょうど一年が過ぎた頃、私はお父様の執務室に呼ばれた。

 もう十九歳になったのに結婚の具体的な話が出ていなかったから、そのことだろうと見当がついた。

 二十歳を越えてしまうと、この国の貴族女性としては行き遅れになる。もう準備を進めないと間に合わない。

 いよいよだわ。胸躍らせてソファに腰掛ける私に、お父様は告げた。


「我が家の跡継ぎは、聖女に選ばれたリリアーヌにすることにしたよ。後継者との縁組がバルト侯爵家の希望なんだ。ヴィヴィアーヌには申し訳ないが、サミュエル君との婚約を解消して、リリアーヌの婿になることが決まった」


 この時、私は自分の顔が醜く歪んでゆくのを止めることができなかった。咄嗟に手に持っていた扇で口元を隠したけれど、手は無様に震えて動揺しているのが明らかだった。

 何が起きてもポーカーフェイスで……淑女の微笑みでやり過ごす……家庭教師の教えをこれほど実践できなかったことはない。

 

「そ……うです……か」


 絞り出す声が大きく揺らいだ。

 そんな私の反応が予想外だったのだろう。政略結婚だったから淡々と受け入れるに違いないと考えていたのかもしれない。

 お父様はものすごくばつの悪そうな顔をしてから、くぐもった声で「そういうわけだから」と返した。


 お父様が、聖女のリリアーヌを後継者に指名するのは当然のことだった。

 そして侯爵家は、三男であるサミュエル様をその婿に据えたいのだ。それにより体面上は伯爵と呼ばれることになるからだ。爵位を持てない息子への親心である。

 おそらくこの数か月間、水面下で話し合いがなされていたのだ。私と結婚するのではなく、解消するための。

 全部、わかってる。

 この展開を予想できなかった私が馬鹿だったのだ。


 私は自室で必死に感情を押し殺した。落ち着いてからリリアーヌの部屋へ行き、祝いの言葉を伝える。

 妹は長い睫毛を瞬かせ、気乗りがしないという風に肩をすくめた。


「ありがとう。でも、お姉さまには申し訳ないわ。跡継ぎとしての勉強をずっと頑張ってらしたもの。私なんて、なーんにもしてない。聖女になれたのもまぐれなのよ。当主だなんて自信ないわ」


「サミュエル様にお任せすればいいのよ。バルト侯爵家のご子息ですもの、心配ないわ」


「優秀な方と聞いてるわ。もう丸投げしちゃおうかしら」


 リリアーヌがペロッと舌を出しておどけるので、思わずクスっと笑ってしまった。

 何だかんだ言っても可愛い妹である。幸せになって欲しい。


「そうね、それがいいわ」


 私はリリアーヌのふわふわな金髪を撫でた。


 どうにか踏ん張っていた心を、翌日、我が家へ挨拶に訪れたサミュエル様が打ち砕いた。


「実はリリアーヌ嬢に一目惚れだったんだ。縁がないと諦めていた。人生は何があるかわからないものだね」

 

 誰にも聞かれないように、こっそりと私に打ち明けたのだ。心底、嬉しそうに。

 刹那、サミュエル様と過ごした時間が思い出された。

 初めて一緒にお茶を飲んだ日のこと、王都へ買いものへ行ったこと、観劇したいくつかの演目。優しいエスコート。差し出された花束。甘い言葉。

 その間も彼は妹を愛していたのだ。


「よかったですね」


 そう言うしかなかった。


「今後は義弟として、君と仲良くできたらと思っている。よろしく頼むよ」


 ずいぶんと切り替えが早いなと嫌な気持ちになってからやっと、彼は何か月も前から破談になることを知っていたのだと気がついた。リリアーヌも特段驚いた様子はなかった。自分だけがのけ者だったのだ。


「……私ったら……鈍感にもほどがあるわね」


「ん?」


 独りごちる私を訝しげにサミュエル様が見る。


「いいえ、何でもございませんわ。では、私はこれで失礼します」


 私は丁寧にお辞儀をしてから踵を返した。

 

 誰からも「要らない」と言われている気がした。

 家族仲がいいなんて、自分の妄想なのかもしれない。順調にサミュエル様と絆を深めていたと錯覚したように。

 私は衝動的にトランクに身の回りの品だけ詰め込むと、翌日、王都を発った。

 お父様は何も言わなかった。

 お母様は、私が聖女の選考に漏れた頃からリリアーヌにかかりっきりだ。

 ずっと仕えてくれた侍女のジョゼも嫁入りのために退職したばかり。

 ――――身軽だった。

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