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【完結】ヴィヴィアーヌの声は今日も可愛い ~歌う聖女は、辺境で幸せを掴みます!  作者: ぷよ猫


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11 魔物の襲来 3

 気持ちを落ち着かせてから、放送室のマイクの前に戻った。二曲目を準備していると、ブノワが、給湯室で淹れてきたレモネードのカップをコトリと置く。


「ヴィヴィアーヌ様、ご立派でした」


「ブノワ……」


 行かないで――そう言えたなら良かった。

 だけど彼は、最後までニコニコと笑ったのだ。だから私も泣いたりせずに、自分にできる精いっぱいのことをしよう。


「あなたは逃げてもいいのよ?」


「ご冗談を。生き抜いたところで、先は短いんですから、爺は最後までヴィヴィアーヌ様をお手伝いしますよ。それに、まだ死ぬと決まったわけじゃございません」


 引退した家令なのだから、巻き添えを食う必要はあるまい。だけど、ブノワはいつもの調子で、彼らしい選択をする。まあ、こうくるだろうとは予想はしていたけれど。

 私はレモネードを一口飲んで顔を顰めた。


「いつもの味と違うわ」


 するとブノワは、眉をへの字に曲げて答える。


「ああ、それ、レモン抜きのレモネードです。給湯室にはレモンがなくて」


「ただの砂糖水じゃないの」


 私たちはクスクスと笑い合った。


 それからも「落ち着いて、先導する自衛団の指示に従ってください」というアナウンスを挟みつつ、聖歌を放送し続けた。

 三時間ほど経っただろうか。とっくに日は沈み、外は闇に包まれていた。


「奥様、間もなく領民の避難が完了します。思ったより混乱せずに済みました。聖歌放送のお陰です。ありがとうございました」


 ボランさんの報告にホッと胸をなでおろす。


「僅かながらでもお役に立てたのなら嬉しいです。あれから、西の砦の方の状況はいかがですか?」


「変化はありません。城壁をよじ登るゴブリンは、氷魔法で足止めをしています。そして現在、トロールを一体ずつ仕留めるための陽動作戦を進行中です。上手く引っ掛かってくれたらいいのですが」


「トロールは頭が悪いので、大丈夫でしょう」とブノワが言う。


「あら、詳しいのね。意外だわ」


「爺は十三歳の頃から、オータン家に仕えているのです。先代であられる聖女様の小間使いとして遠征先にお供したので、魔物のことには結構詳しいのですよ」


「へえ、ブノワは最初、お祖母様の小間使いだったの?」


「そうですよ。先代が聖女に選ばれて人手がご入用とのことで、爺と侍女が何人か雇われました。そうそう、いつものレモネードは先々代の直伝です。喉を癒すのに良いから娘に飲ませてあげて欲しいとおっしゃって」


 ブノワは当時を思い出したように微笑んだ。

 互いに忙しくあまり顔を合わせることも叶わなかったが、娘思いのいい母親だったという。


「ええっ! ではブノワ殿は『伝説の聖女』にお会いしたことがあるんですかっ?」


 年寄りの昔話だと、いつもの生返事で流そうとする前にボランさんが食いついてきた。


「そりゃ、先代が聖女になられた十六歳の時、先々代は三十九歳。まだ現役バリバリでしたからね。そんなに驚くような話でもございません」


 そうよね、そんなに驚くことでもないわよね、と思うのだけれど、ボランさんだけでなく、その後ろで業務をしている人々までもが「すげー」と異口同音に驚嘆している。さすが「伝説の聖女」の異名、恐るべしである。

 

「伝説の聖女の歌声はどうでした? やっぱり美声だったんですか?」


 ボランさんの質問に、後ろの皆さんも興味津々である。


「はい。ヴィヴィアーヌ様と同じお声をしておりました」


 ブノワが淡々と答えるその周りで「ワァー」とか「ウォー」とか異様な盛り上がりを見せている。

 その後も「伝説の聖女」質問大会が続き、和気あいあいとなった頃、一報が入った。


「室長! 西の砦の城壁が破られました。よじ登ってきたゴブリン数体と交戦中。第一防衛ライン崩壊も時間の問題だと思われます」


 一瞬でピリリとした緊迫感に包まれる。


「不味いな。トロールの陽動作戦に人員が取られて、城壁のゴブリン討伐にまで手が回らない。援軍要請をしているが、もう少し時間がかかるだろう」


 ボランさんは弱り切った顔をしている。

 

「こんな時、聖女の光魔法で防御結界を張れればいいのですがね。さすがに王都からでは間に合いますまい」とブノワも浮かない顔になった。


「今の聖歌隊に、この辺境の結界を張る力量があるか疑わしいものです」


「そんなに、ですか。いつからこの国の聖女は、こんな状態になってしまったのでしょうね」


 ボランさんの言葉にブノワは嘆いた。伝説とまではいかない普通の聖女だった祖母でも、一人で結界を張れたのだそうだ。


「はぁ~」


 二人は大きなため息をついて項垂れた。


「ロジェ様がおっしゃった『録音した聖歌に効果はない』という言葉も、ルチル聖歌隊の力が弱いことと関係があるのですか?」


 今の聖女たちがそこまで非力なら、録音に効果がないのも頷ける話だと思い問いかけた。


「まあ、効果があるとしてもスライムの子守歌程度でしょうな。ヴィヴィアーヌ様、魔法というのは、その属性に適合した術者の魔力と呪文が合わさって初めて発動するものなのですよ。つまり『術者』と『魔力』と『呪文』の三つの要素が必要なのであって、呪文だけ流してもどうにもなりません」


 ブノワの説明に思わず目が点になる。だって、録音した聖歌でも効果があるって発表されていたのだもの。


「えええっ~! じゃあ、今までの聖歌放送は一体何だったのぉぉ?!」


 自分がやってきたことの無意味さに愕然として、私は淑女らしからぬ大声で叫んでしまった。

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