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01 聖歌放送は領主の義務です!

突っ込みどころはたくさんあると思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

 ピンポンパンポォ~ン♪


 オータン領の皆さん、ごきげんよう。

 領主の娘、ヴィヴィアーヌ・オータンでございます。

 只今、正午になりました。聖歌のお時間です。

 本日は『聖なるオーロラ』と『魔よけの(いかずち)』の二曲。

 どうぞお楽しみください。


 カチッ。


 私はアナウンスを終えて、マイクのスイッチを切った。あらかじめ聖歌を録音してある魔道具を操作して再生する。

 聖女で結成された「ルチル聖歌隊」の歌声は、こうして今日もオータン伯爵邸の放送室から、各所に設置された拡声器を通して領内全域に流れてゆく。

 別に娯楽のためではない。一日一度の聖歌放送は、ガレナ国の領主に課せられた義務なのだ。


 この世界の人々は、常に魔物の脅威にさらされている。森や山奥の棲み処を離れた魔物が、時折、街を襲うのだ。

 巨体のトロールや魔獣のオルトロス、温和だった小型種の群れが、我を失ったように攻めてくることもある。

 魔物に対抗するには物理で叩きのめすか、光魔法で攻撃するしかない。

 しかし、すべての領が屈強な兵団を持っているわけではないし、光魔法を唱えられるのは聖女だけである。

 そこで考えついたのが、拡声器と録音の魔道具を利用した呪文の放送だ。

 あの聖歌は旋律(メロディ)呪文(スペル)で構成された光魔法なのだ。録音された歌でもそこそこの効果があると魔法省から発表されている。

 つまり魔物除けというわけだ。領民を守るのも領主の役目、ってね。


「ヴィヴィアーヌ様、本日も素晴らしいアナウンスでした。近頃、その可愛らしいお声が(ちまた)で話題になっているそうですよ」


 両親不在中の留守を任されている家令のブノワが、ほこほことした笑顔で冷たいレモネードを差し出した。氷がカランとグラスの中で音を立てる。

 私は一口喉を潤すとブノワを睨めつけた。

 

「やめてよ。十九歳にもなって可愛い声だなんて。どうせ顔を見れば、がっかりされるに決まってる」


「爺はそうは思いませんけどね」


 ブノワは先々代当主の頃からこの家に仕えている。もう、おじいちゃんだ。

 あなたにとって私は、孫のようなものだから欲目があるのよ――と言おうとして口を噤んだ。

 これ以上、余計なことを言って傷口をえぐりたくない。

 私はレモネードを呷ってグラスを空にしてから図書室へ向かい、夕方まで推理小説に読み耽った。

 犯人をアレコレ想像しながら真相が明らかになる瞬間がたまらない。

 よしっ、ここにある推理小説を全部読破しちゃうぞぉ!


 こんな感じで領地に引き籠って、もう五か月になる。

「お暇なら聖歌放送をお願いします」とブノワに言われて引き受けたアナウンスにも、すっかり慣れた。

 皆さん、ごきげんよう! ってね。お手のもんだ。



 この国には伝説の聖女がいる。私の曾祖母(ひいおばあさん)だ。

 彼女の美貌に皆が見惚れ、当時の王がプロポーズしたとかしないとか。その美声は皆を魅了し、歌声で唱える光魔法は、どんな獰猛な魔物をも消し去ったとか。とにかく素晴らしい方だったそうだ。

 その娘である祖母も聖女だった。曾祖母には力が及ばなかったけれど、二代に渡り聖女を輩出するのはスゴイことなのである。


 聖女の条件は、光属性があること、魔法を繰り出すための魔力量、そして歌が上手いことである。光魔法の呪文は歌だから、音程を外すようではダメなのだ。

 そもそも十分な魔力量を持つ者が少ない。ほとんどの人が魔法を使えないのだ。その上、光属性を持っていて歌が上手いとなると言わずもがなである。


 三代目に注目が集まったオータン伯爵家の子どもは、残念ながら男であった。お父様である。

 貴族の家に嫡男が生まれて「残念」というのも気の毒だけれど、ガレナ国では女性も爵位を継げるし、男性の光属性持ちは極めて稀だから仕方がない。

 お父様に魔法の才はなく、期待はその娘たちへ寄せられることとなった。

 それが私、ヴィヴィアーヌと二歳年下の妹のリリアーヌだ。幸いにも私たち姉妹は、二人とも光属性を持って生まれた。

 姉妹にはいつしか、聖女になれるかどうかとはまったく別の噂がついて回るようになった。

「伝説の聖女と同じ美声を持つ、()()()()姿()の姉」と「伝説の聖女と同じ()()()()()、普通の声の妹」である。


 私の声は、とにかく「可愛い」らしいのだ。

 ちょっと高めで甘ったるくて、話し方がゆっくりしていて一度聞いたら忘れられないような。「キャンディボイス」と言われることもある。

 そして、妹のリリアーヌはとびっきりの美人だ。

 曾祖母の肖像画と同じふわふわの金髪で、色白の肌にバラ色のほっぺたをしている。長い睫毛に縁どられた瞳は、鮮やかなブルーだ。ふっくらとした唇。手足は長く、爪の形までもが完璧な「美」である。

 栗色の髪と瞳の平凡な私とはえらい違いだ。本当に同じ親から生まれてきたのか? と疑ったのは一度や二度ではない。


 まあ、常識的に考えて「声だけが取り柄の女」と「絶世の美女」どちらがいいかと訊かれたら、迷うことなく後者だろう。

 それに私は聖女に選ばれなかった。光属性があり、魔力量は申し分ない。ただ、音痴だったのだ。

「ミ」と「シ」の音がどうしてもひっくり返ってしまう。教師の指導を受けたが直らなかった。

 私は本当に声だけの女だった。

 だから仕方ないのだ。

 私はオータン伯爵家の後継の座を外され、婚約者は聖女に選ばれた妹のリリアーヌと結婚することになった。

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