私の復讐劇:襲って人生ぶっ壊してやった
「ねぇ、キモチイイ?」
真暗な部屋。ベットで横になっている僕にまたがる彼女が喘ぎながら聞いてくる。
ベットが軋む音がうるさいなか僕は小さく返事をする。
「うん」
本当は気持ち良くない。
しかし否定すると彼女は不機嫌になり、筆箱をとったり、タンスから衣服を撒き散らしたりと、嫌がらせをしてくる。最悪暴力まで振る。
数秒後、仏頂面で返したことに気付いて慌てて彼女の様子を伺う。しかし気にしてないようだった。もしかしたら暗闇で表情が見えなかったのかもしれない。
馬乗りになり僕の上で腰を動かす彼女。
時おり、ビクンビクンと体を痙攣させる彼女。
これが俗に言う「いんらん」ということなのだろうか。
クラスの男子の一部はエロい女子がいいと言っていたが僕には全くもってその良さがわからない。確かに多少、そういうことに積極的だったらいいのかもしれないが、スイッチが入った女子なんて周囲の目を一切気にしないで本能のままに行動する獣だ。これがどれだけ恐ろしいことか。
実際に学校で彼女のスイッチが入ってしまって、僕は大変な目にあった。
昼休み呼び出され、体育館にあるトイレに押し込められて襲われた。途中教師が入ってくるハプニングもあった。しかし彼女は構わず腰を激しく動かした。危うくバレるところだった。
その時僕は、もしこれがバレたら……と底が見えない不安に襲われた。学校、親、クラス、友達。冷や汗は止まるところを知らない。
その後も、図書室や飲食店。彼女はところ構わず僕を連れ回し文字通りやり放題ヤッた。
どうやら、背徳感、焦燥感というものにはまってしまったらしい。外でヤる時僕はいつも目を光らせ、耳を澄ませ、周囲に気を配るのが目一杯でそれどころではなかったというのに。
それ以外で彼女が好きなプレイはレイプだ。
この関係が始まって数ヶ月、いつも通り自室に僕を押し入れ、彼女は言ってきた。
「ねぇ、あんた私のことレイプしてよ」
「えっ?」
「AV見ててさ、こう、なんていうの。自分が壊される感覚っていうのを知りたくてさ」
知りたくて。
彼女は好奇心旺盛だ。
この関係のきっかけもこの言葉だった。
「む、無理だよ」
真っ直ぐな瞳に僕は目を逸らす。
僕は人が嫌がることをするのが苦手だ。困っている姿を見ると、良心が酷く痛む。
「そういうのはさ、プロに頼みなよ」
連日彼女の相手で疲れ切っていた僕は、冗談半分でそう言った。
「なに? あんた私がレイプされても良いって言うの? 毎年レイプで数千人っていう人が心を苦しめているのに。最低」
「ち、違うよ! そいうつもりじゃ――」
「じゃあ、してよ。いいよね?」
断ることはできなかった。
それから一週間。僕と彼女は計画を立て実行に移った。
因みに彼女が計画に参加したのは、僕にやる気がないのを感じ取ったからだ。
計画は至ってシンプル。
月曜から一週間僕のタイミングで彼女を襲う。
襲うのは必ず自宅。
彼女が泣いて嫌がっても絶対に途中でやめないこと。例外として第三者がきた場合は直ちに中止して、事態の収集を図る。
殴る蹴るなどの過度な暴力の禁止。
騎乗位の禁止。
もう後半の方はただのルールだ。
計画ですらない。
因みに騎乗位が禁止なのは襲われている感が薄まるからだ(彼女談)。
計画がスタートし、僕はどのタイミングで彼女を襲うか考えてあぐねていた。本当は襲いたくない。今すぐにこの関係を終わらせたい。しかし、僕にとって彼女は、社会と同じように恐怖の対象であり、反抗なんてできたものではなかった。 だからといって自分で決めることもできない。なのでサイコロの出た目で襲う日を決めた。
水曜日。
僕は彼女の跡をつけ、学校帰りに自宅で彼女を襲った。
自宅の玄関扉を開けたと同時に背後から抱きつき、そのまま押し倒す。
一瞬、瞳孔を開かせる彼女に躊躇しながらも服を乱暴に剥ぎ取る。
泣いて喚いて、ヤメテ!と懇願する彼女を無視して、腰を振り続けた。
それから30分ほどたち。
唐突に。
本当に唐突に彼女は「もう、いいや」と冷たい声色で呟いた。
止まれの合図に僕は彼女から離れ、帰宅した。
それから、しばらくの間彼女は僕にレイププレイを要求するようになった。
終わる時は冷たい声色になるくせに、頼む時は必ず口頭で猫撫で声。何を考えているのかさっぱりわからない。
しかしそれもブームが過ぎたのか、ある時から一切要求してこなくなった。その代わり要求してきたのは玩具責め。
僕も知らない様々な玩具があり、彼女は一つ一つ懇切丁寧に使い方を説明し、使用を命令した。
「アッ……キ、キモチイィ」
「イ、イク! イク!」
「ダメダメ! ダメ! もう限界!」
もう何回果てたか。
僕の腕は痺れ、彼女は立てないくらいの今までにない長時間プレイ。その終わり。彼女は僕に言う。
「シテ」
全裸で両手を伸ばしてくる彼女。
この時の僕に抵抗する力はもうなかった。
玩具のブームも過ぎて、彼女がアナルファックをやりたいとか言い出して、数日。クラスである噂がたった。それは彼女と新井が付き合っているという噂だった。
新井というのはサッカー部所属の男子だ。
イケメンだが勉強は微妙。性格も身内に対してはいいが、嫌った奴には当たりが強い、器の小さいやつだ。
僕もなぜか彼に目をつけられ、取り巻きと一緒に嫌がらせをされたことがる。
そのせいであまり評価は高くない。
しかし僕は歓喜した。
これで解放されると思った。新井は健全な中2男子。エロいことが大好きなのだ。
彼女と新井が付き合えば僕は解放される。なので僕は新井に全面協力した。
彼女のエロいことを抜きにした趣味思考を徹底的に教えた。
しかし、気づいたら僕は新井一行からまた嫌がらせを受けていた。
なぜだ。
給食が僕のところにだけなかったり。教科書や文房具を隠されたり。一番酷かったのは上履きに画鋲が突き刺してあったことだ。靴底を貫通するように刺してあるのに気づかず、足を突っ込み結構痛い思いをした。
しかし、そんなことはどうでも良かった。僕は一刻も早くこの地獄から開放されたく、尽力し続けた。
だが、失敗に終わった。
付き合っている噂は新井の取り巻きが勝手に流し、その噂に乗って新井は彼女と何度も接触したが返ってそれが嫌われる要因となり玉砕した。
「ねぇ、付きまとうのやめてくれない? キモイんだけど」
教室のど真ん中。いつも明るく優しい声色と打って変わった、全身が凍結するような声にクラスが静まり返った。
照れ隠し、とちゃかせる空気ではなかった。
サッカー部。イケメン。この二つのキャリアがたった数秒で崩れ去るのを僕は目の前にした。
翌日からクラスの女子は新井を見ると、クスクスと笑うようになった。「勘違いさん」
それが彼のあだ名になった。
新井の権威が失墜し、僕の目論みが水の泡になって数週間。僕と彼女の関係は続いていた。最近はこれといった過激なプレーはなく、安泰だった。強いてい言うなら、手を繋いだり、抱きついたりと、スキンシップをご所望する。
裸で抱き合い数十秒。「むふぅ」と謎の声を合図に行為をスタート。
正常、対面、騎乗。
この順番で彼女が満足するまで行為は終わらない。
ようやく色んな意味で落ち着いてきて、僕は思った。
この関係をこのまま続けてていいのだろうか。
そもそも僕と彼女の元々の関係は何だっただろうか。
幼馴染みだ。
それがどうしてこんな淫らな関係になってしまったのだろうか。
あれは中二に上がってすぐのころだ。彼女は生理といものを経験してからおかしくなった。
彼女は好奇心旺盛で生理というものをネットで細かく調べた。どういう原理で起こり、なんのために起こるのか。
その結果、彼女はその先にある性行為に興味をもった。
小学校以来、あまり会話していなかった隣人の僕を呼び付け、「どいうものか知りたくて。だから実践して」と真顔で言った。
僕も最初は歓喜した。
エロいことには興味はあった。頭のネジが少し足りていない見てくれがいい幼馴染み。
始めの一週間ほどは楽しかった。周囲に精神的マウントをとり有意義だった。しかし、性行為は彼女のタイミングで全て決まった。そして彼女はほぼ毎日ヤった。盛っていたのか、知的好奇心に逆らえなかったのか、そのどちらなのか僕にはわからない。
彼女と違い、頭の悪い僕は勉強に追われる日々を過ごしていたため、毎日のそれは段々と苦痛に変わっていた。勉強はしなければならない。しかし、彼女には逆らえない。
「え? 今日無理? なんで勉強? じゃあできるじゃん。できるよね? 前みたいに腕折るよ? 勉強はあとで私が教えてあげるから」
彼女は頭がよく好奇心旺盛。故に力を使わない人体の壊し方を知っていた。
小学校の時に腕や足の仕組みに興味をもった彼女は骨という仕組みを知り、骨折というものに興味を持った。
そして当時一緒に遊んでいた僕は笑顔で腕を折られた。そのことがトラウマになり、脅されると僕は何もできない。
「アァッ! イッックッ!」
そして数時間後。
勉強を教えてもらうことなく、解散となった。
因みに実際にに腕を折られて、僕がその事実を伝えたとしても両親は信じなかった。彼女がそんなことをするはずがない。その一点張りでむしろ、僕が独りでに転んだのを他人のせいにしていると、怒られた。
スキンシップブームから半月。中三になっての始めてのテストが行われた。
僕は前回よりも点数を五十点ほど落とし、彼女は学年一位から陥落した。
これにより先生や一部の生徒達の間の中では蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
彼女が一位を明け渡しただけはこんな騒ぎにはなるはずがない。では、なぜか。
ーー 57位 411点
テスト明けの週末、彼女の部屋で僕は彼女のテスト結果表を見ながら絶句した。
一位から二位、三位。最悪十位くらいを想像していたが、現実はそれの遥か上をいっていたのだ。
「親も先生達もウザすぎ」
眉を八の字にしながら、彼女は乱暴に紙を僕から奪い取る。
「多少成績が落ちたくらいで。あの底脳ども」
「た、多少って……」
どう考えてもそんな言葉でおさめて言い訳がない。だから僕は語気を強めていった。
「これは流石に不味いよ。だって――」
「は?」
彼女の冷たい声色が僕の声を遮った。
「えっ、い、いや」
その顔は今までになく怖い。
鋭い目。八の字になった眉。しわが寄っている眉間。
彼女との関係もだいぶ長いが、こんな表情は見たことがなかった。
そのまま彼女は僕のことを数秒間睨み続けた後大きくため息を吐く。
「いいや」
諦めか、呆れか。はたまた失望か。
そのため息と言葉にどんな意味が込められていたのかわからない。彼女も僕に質問する機会を与えてはくれなかった。
「ヤろうか」
僕の人差し指をギュッと柔らかい手が包み込む。
その瞬間、心臓の鼓動が激流のごとく早くなり、手汗は水に手をつけたように湧き出る。
「うん」
笑顔で言う彼女に僕は小さく返事をした。
それから三十分ほどたち事件は起きた。
「たっだいまー!」
その言葉と同時に部屋の扉は開かれた。
彼女を後ろから突いている僕は固まり、わざとらしい嬌声を発している彼女も息を止めた。
二人で目の瞳孔を開かせ、声の主を見た。
「……」
そこには彼女のお父さんがいた。
手にはコンビニ袋が下がっておりビニールが薄っすらと透けて、中にはシュークリムが複数入っているのがわかる。
「えっ……っと、お――」
「助けれて!!」
数秒の沈黙の後。絞り出すように声を出した父親の声をかき消しながら彼女は僕から離れて、その大きな背中に隠れた。
タスケテ。
僕は彼女の言葉を数秒間理解できなかった。
そして、理解した時には鬼の形相の父親とその拳が眼前だった。
その後、僕は鼻血を垂れ流しながら土下座で許しを一時間ほどこいてから家に帰った。
血だらけになっら服を洗濯てし、顔と体を洗い終わったところで母親が帰宅した。そしてその数分後に家電がなり、母親が受話器をあげてから少しして、平山りしている声が聞こえた。僕は自室でベットにくるまりながら、彼女にラインをして事態の収拾を求めた。
返信は五分待ってもこなかった。普段なら一分ほどで返ってくるのに。既読すらつかない。
返信を待っていたらドアが殴られた。
「おい、テメェ! 早く開けろ! このヤロウッ!」
母親の怒号に身が震える。
ガクガクと震える膝を動かしドアノブに手をかける。
次には髪の毛を引っ張られリビングに連れてこられた。
床に正座して僕は罵声を浴びせられた。
クズ。死ね。生きてる価値がない。性犯罪者。ゴミ。
そんな在り来たりな罵詈雑言が繰り返された。
罵り続ける母親に対して僕は何も言い返さなかった。時間が経てば彼女が誤解と解くからだ。咄嗟のことで自分が怒られないように嘘をついたのだろう。なら落ち着いたら、お互いが怒られないような良い言い訳を考えてくれる違いない。
僕でさえも一番単純な方法として『恋仲』というのが浮かぶ。彼女ならもっと良い案が浮かび、大人たちを納得させられるだろう。
その夜、仕事から帰ってきた父に僕がしっ責されることはなかった。
「ちょっと父さんとドライブにでも行くか」
父の言葉の意図が理解できず、僕は少し戸惑いながら車に足を運んだ。
車が出発してからしばらくして、無言だった父が口を開いた。
「お前、お迎えの娘さんと付き合ってるのかと思ってたよ」
父の言葉に僕はチャンスだと思った。
この言葉がでるということは、はやり交際していたら問題ないということだ。もちろん、全く問題ないということではない。しかし、少なくとも性犯罪者のクズ野郎にならなくてすむ。
僕は父の話に便乗した。
父は笑いながら「このモテ男め。誰に似たんだか」と言って、ドライブは幕を閉じた。
その日の夜。時間はすでに日付を進めている深夜。僕は彼女にラインをした。夕方に送ったメッセージにはまだ既読すらついていなかった。しかし、それでも僕は送った。「付き合っていることにしよう」と。
翌日の土曜日。同時者の僕達とその両親を含めた六人で話し合いが行われた。
父が最初に謝罪し、その後子供同士は交際していること。その交際が清くないこと。しかし、子供は間違えるもの。一度の失敗で性犯罪者のレッテルを張るのはやめてほしいという旨を伝えた。
これで全て丸く収まってほしかった。しかし現実はそんなに甘くはなかった。
「あなたは何を言っているんですか?」
「はい?」
「うちの娘とそちらの息子さんが交際している事実なんてありませんよ」
そういいがら彼女のお父さんは一つのスマホを画面が点灯している状態でテーブルの上に置いた。
僕はそのスマホに見覚えがあった。特徴的なピンク色の手帳型のカバーがついたスマホ。それは彼女のスマホ。
どうして。
そんな言葉が脳裏に過ったと同時に視界に入った画面に、絶句した。
「……っ!」
『今回の件は付き合っていたことにしよう。それで丸く収まる。いいよね?』
ラインのトーク画面。それは紛れもなく僕との会話の画面だった。
父が驚いたように僕を見た。
僕はそんな視線から逃れるように彼女を見た。
彼女は一言も言葉を発すせず下を向いたままだった。
「な、なんで……」
何も言ってくれない彼女に、思わず声が漏れた。
誘ってきたのは彼女だ。僕から一度たりとも誘ったことはない。
僕が彼女を襲った? いいや、襲われていたのは僕だ。
じゃあなんで?
自分が淫乱な女だと家族に思われたくないから?
それなら付き合ってることにして僕から誘ったことにすればいい。
例え僕がそれを否定したとしても、世間的にはそれはありえない。だから僕の発言が信じられることはない。
なんで。
なんで。
ナン……デ……
「僕は悪くない」
彼女が助けてくれないなら、自分でどうにかするしかない。
父さんは僕を信じてくれた。付き合っていた証拠を何一つ示せていないのに。
僕は父さんを裏切りたくない。
「彼女が僕を脅して襲ったんだ! 僕はイヤだったんだ! でも、怖くて逆らえなかったんだ!」
無我夢中で叫んだ。
「だからっ!! だから、僕は悪くない!!」
涙が流れた。
息がきれた。
ずっと下を向いていた彼女が隣座っている母親の袖をひっぱり、耳元で何か話す。
すると、母親は目を見開き、驚いたように僕を見てきた
「娘があなたの部屋に、あなたに襲われた証拠があると言っているから、見てきてもいいかしら?」
そんなものがはずがない。
彼女は何を言っているんだ。
「いいですよ」
その言葉に大人たちは僕と彼女だけを残して二階にある僕の部屋へと向かった。
数十秒後には部屋をあさる音が聞こえてきた。机やタンスを開ける音。動かす音。時々、何かが倒れる音がした。
今がチャンスだと思った。
大人たちがいない今、彼女の神意を聞くチャンスだと。
「ねぇ、なんで昨日のうちに何も言ってくれなかったの?」
「……」
彼女は答えない。また下を向いたまま、動かない。
「じゃあ、せめて今からでも弁明してよ」
「……」
「頼むよ」
しかし彼女は動かない。
ずっと下を向いたままだった。
それから数分して二階から両親たちが戻ってきた。その手には一枚のSDカードと身に覚えのないビデオカメラがあった。
カメラに気づいた彼女が自分の両親とアイコンタクトをする。
どうやら僕が彼女を襲った証拠はそこにあるらしい。どういうことだ?
「お前の目でしっかり確かめろ」
父さんが短く言った。
僕は頭にハテナマークを思い浮かべる。
彼女が母親に言われ、席を外した。
SDカードがカメラに挿入され、数秒。数度の画面操作を経て動画が再生された。
「……っ!!」
映し出されたのは玄関。しかし、我が家ではない。彼女の家の玄関だ。
数秒後、鍵を開ける音がする。
彼女が帰宅した。
直後、男が彼女の後ろから押し倒した。
その男は彼女と同じ制服を着ていた。
その男は僕が嫌いな声をしていた。
その男は僕とうり二つな顔をしていた。
彼女が驚き、ヤメてと叫ぶ。
男は彼女に馬乗りし、その口を強引に手で塞ぐ。
彼女の服を破くように脱がす。
彼女が泣きながら許しを請う。
男は彼女の股を無理やり開き……。
僕はこの場面を知っている。
これをやったのは間違いなく僕だ。
これをやらせたのは間違いなく彼女だ。
動画はこれだけでは終わらなかった。
計八本。
時に僕の家で。時には彼女の家で。
「で?」
動画が終了した後、誰かが言った。
僕は反射的に彼女を見た。
彼女は下を向いたまま、動かない。
そのあとのことは殆ど覚えいない。
気づいたら僕は自室のベットに寝転がっていた。口内には鉄の味広がり、頬がマグマのように熱く、鼻には違和感があり、息がし辛い。
意識が靄がかかったようにはっきりせず、ピントを合わせようとすると思い出したくないことを思い出しそうで、それが嫌でベットに顔をうずくめる。
一階から両親が言い争う声が聞こえた。
お前がちゃんと教育しないから悪い
あなたが仕事ばっかで教育に参加しないのが悪い。
そんなどうしようもない争い。
自分がとった行動により起きた喧嘩に罪悪感で心が潰れるような感覚に襲われる。ここで僕が変に仲裁に入っても事態は悪化するだけだ。そもそも僕にそんな勇気はない
そして週明け。僕は学校に行かなかった。
朝起きたらいつものように両親は仕事に行き、家はもぬけの殻だった。ここ最近、ずっと夫婦喧嘩をしていて騒がしかったせいか、家は少し寂しさを覚えるほど物静かだった。
今までと変わらないはずなのに、その音がない世界に気持ち悪さがとまらない。
「学校……行きたくないな」
どんな顔をして学校に行けばわからない。
教室に入ったらみんな、知っていて、こそこ指をさして話すのではないか。
そんな場面を想像したら胃が痛くなり、僕は洗面台に走った。
学校は仮病を使って休んだ。
その次の日も。次の日も。次の日も……。
父さんが会社をクビになった。
正確な理由はわからないけど、顔を見るたび父さんは「お前のせいで職を失った」というからきっと僕のせいなのだろう。
母さんがママ友から嫌がらせを受けるようになった。母さんも父さんと同じことを言って、僕に皿を投げてきた。皮が切れても、痣ができても僕は黙って皿に当たった。今の僕に避ける権利はない。
父さんが酒を飲むようになり、あんなに毛嫌いしていたギャンブルを始めた。負けた日は期限が悪く、母さんに八つ当たりしていた。母さんはただ、「ごめんなさい」といいながら父さんに殴られつ続けた。
母さんから僕への暴力も日に日にエスカレートしていく。気のせいかもしれないけど、叩かれる場所は母さんが父さんから暴力を受けた場所と同じところだ。
痣の数が長袖の服でも隠し切れないほどになったころ、両親が離婚した。
どちらが僕を引き取るかという話になったときに、「ゴミはゴミが引き取れ」という父の言葉に母さんが逆らえず、僕を睨みなが渋々了承した。
小さなアパートに引っ越した。
僕の部屋はなく、床で寝る日々が続く。荷物は「どうせ学校に行かないから」という理由で殆ど捨てられた。ご飯も一日一食しかもらえなくなった。「家においてもらえるだけでも感謝しろ」その言葉以降母さんは一切家事をしなくなった。僕を居候と呼び、僕に家事をやらせた。気にいならないことがあると僕を殴った。
引っ越してから二か月ほどたつと家のインターンホンが頻繁になるようになった。呼び鈴がなったら一切音を出すな、と母に言われ僕は身動き一つしないように心掛けた。
どうやら家を訪れているのは児童相談所の人らしい。なぜ訪れているのか理由は不明だ。
季節が寒くなってきたころ、母が唐突に「この高校に行け」とパンフレットを僕に投げてきた。考えていることはよくわからないけど、僕はパンフレットに目を通すことなく従った。
しかし、僕は勉強道具を一切持っていなかった。そのすべてはもう何か月も前に捨てられ、今は灰になっている。どうしたものか。
「ブックオフか、図書館いけばいいだろ。バカかテメーは」
そうか。その手があったか。
僕はその日から朝から晩までブックオフに通うようになった。図書館には歴史書はあったが、数学の本はなかった。
それから数か月、ようやくブックオフでの立ち読み成果を出す時がきた。
私服で向かったため、途中で呼び止められることもあったが無事にテストを受けることができた。
テストは思ったより簡単だった。
高校に入ってから少しして、母さんが若い男を家に連れてくるようになった。金髪の男は鼻と耳にピアス、腕には入れ墨を入れていて、いかにもガラが悪そうだった。彼は前田さんというらしい。
母さんは僕のことを嫌っているが、前田さんはそうではないらしい。動物用の食べ物を食べさせて喜んでいるよくわからない人だが、僕に暴力を振るわない優しい人でもある。
高校でのあだ名がピノキオになった。
知らぬ間に鼻の骨が曲がっていて、ある日それを指摘された。教室は笑いに包まれ、誰かがピノキオと呟いたのが始まりだ。
そこから臭い汚い、ハゲなど、一部のクラスメイトが遠慮なしに様々な物事を口にした。しかし一週間も経たぬうちに僕に話しかける人はいなくなり、孤立した。
僕はハゲじゃない。
友達という存在は案外大きいらしく、僕は段々と学校がつまらなくなっていった。僕が話しかけてもみんな逃げるようにその場を去っていく。
同時期に母さんの機嫌が悪くなった。どうやら前田さんに借金を背負わされたらしい。彼には連絡がつかず、最近はスーツを着た強面のおじさんが家に訪れるようになった。
母さんが出かけている間に三人組の男が家に来た。彼らは家に入れるよう要求してきたが、僕が断り続けると、優しかった口調は豹変し胸倉に掴みかかり怒号を浴びせられた。
家に押し入り、数十分ほど物色したあと出て行った。その間に僕は顔に痣ができるほどの力で三発ほど殴られ「死ねハゲ」と言われた。
僕はハゲじゃない。
その日の夜帰宅した母は機嫌が悪く、僕の顔を見るなり「なんでまだいんの? 早く死ねよハゲ」と言ってきた。
「クソ! あいつら酒持っていきやがったな! ふざけんなっ!! 死ね! まじ死ね!」
冷蔵を開けた母さんが怒鳴る。
「おい、ハゲテメェ酒買ってこい。テメェのせいでこうなったんだから責任とれ!
十分で戻ってこい。いいな」
母さんに蹴飛ばされながら僕はコンビニ向かった。
「金がない」
財布の中身は随分と前から空っぽだ。
前田さんが、万引きの方法を自慢気に語っていたのを思い出した。
「……」
コンビニに入り監視カメラの位置を確認し、背中で隠すように缶ビールを服の中へいれようとしたその瞬間、コンビニ自動ドアが開き店内に独特のBGMが店内に流れた。
僕は慌てて商品を棚に戻した。
心臓がバクバクと破裂するのではないかと、錯覚するくらいうるさい。
「未成年が飲酒なんてダメだぞ」
語尾に星マークでもつきそうな明るい声色。僕は慌てて後ろを向いた。そこには一人の女性がいた。しらない女性だ。
「久しぶり、覚えてる? 私のこと」
あっけにとられ口をパクパクさせていると女性は「覚えてないか~」と残念そうに斜め下を向いた。
「えっと……」
「久野美樹。ほら、小学校のころに一緒に遊んでたじゃん。ほら、あの子と三人で」
「ミッキー?」
「そう! ミッキー! いやぁ、懐かしいねぇ! そのあだ名」
昔のボーイッシュのファッションとは似ても似つかないその変わりように僕は驚いた。髪を伸ばし、女性らしい可愛い服を着ている。
「まぁ、つもる話もあるからさ、家こない?」
異性の旧友を家に呼ぶ。
家に呼ぶ。
家に招き入れる。
僕の体は強張った。
今までにないほどに強張った。
心臓がさきほどより早く脈打つ。
気づけば膝が震えていた。膝だけじゃない。全身が震えだし赤信号が鳴り響く。
顔から血の気がひいていくのがわかる。口が渇き、今にも吐きそうなほど胃がグルグルと回る感覚に襲われる。
「そんな怖がらなくても大丈夫。あの子みたいに君をいじめたりしないよ」
ミッキーが僕の手を両手で包む。
僕は怖くて、その手を拒絶しようとした。だけど、怖くて拒絶できなかった。
「ミッキーは……知ってるの?」
声が震える。
「うん、知ってる。あの子が君にやったこと。君がどうなったか。どうしてあの子がそんなことをしたのかも。全部知ってる。だから話さない?」
彼女の言葉が本当だと僕は信じられなかった。
「……」
「……あ、そっか。ごめんね。じゃあ、明日学校終わったら教室で話そう」
「えっ、う、うん」
急な謝罪がわけがわからず、僕は反射的に返事をしてしまった。
「じゃあ、またね」
そのまま少し申し訳なさそうな顔をしてミッキーは何も買わずコンビニから姿を消した。
「どういうこと……」
訳が分からない。
急に現れて、知っていると言われ、勝手に約束され、そして急にいなくなった。
そもそも放課後と言ったが、僕とミッキーは同じ高校なのか。
いや、もういいや。今日は疲れた。帰ろう。
僕は手ぶらのまま帰宅した。
「おい、居候。お前、買い物もまともにできないのかよ。あぁ?」
帰宅すると母さんが激怒した。
原因は僕がお酒を買ってくるのを忘れたからだ。やってしまった。ミッキーの登場ですっかり忘れていた。
「ご、ごめんなさい」
「謝ればいいってもんじゃねぇよ。
もう、いいよ。お前死ねよ。生きてる価値ない。さっさと死んでくれ。お前のせいで私の人生滅茶苦茶だよ。責任とって早く死ね」
母さんはそういって、棒立ちしている僕を突き飛ばし家から出て行った。
僕は本当に死んだ方がいいのかもしれない。
僕が行った軽率な行動のせいで、父さんは職を失って、母さんは生活を失った。僕の存在は周囲にとって迷惑なだけのだ。僕はどうして生きているんだろうか。僕が生きていて意味があるのだろうか。死ぬことで両親が喜ぶんなら、それでいいんじゃないだろうか。
「もう……いいや」
その日はそのまま眠りにつき、翌朝、僕はいつもより早い時間に学校に向かった。
誰もいない校舎は物寂しく、なんだか学校を貸し切りしている気分を味わえた。そのまま教室にはよらず、屋上へ向う。しかし、屋上の扉は案の定閉まっていた。仕方なく、三階の教室に向かいベランダに出た。下がコンクリートなのを確認して、手すりを乗り越える。
不思議と恐怖は感じなかった。
これでやっと救われる。
そんな気持ちで心が満たされていた。
僕は止まることなく、飛び降りる。
体内の臓器が引っ張られる気持ち悪い感覚に襲われた数秒間。
僕の意識はそこで途切れた。
目が覚めたら僕は病院にいた。
どうやら僕は死ぬという簡単なことさえもろくにできない出来損ないらしい。
「死ねなかった」
病院特有の消毒の匂いにその事実を突きつけられる。
心臓の動きを表しているであろう機械が規則的な音を発している。他に音がないせいか、その音が酷く煩い。
上体を起こすと、手首あたりに違和感を覚えた。鎖がついている。なぜだろうか。わからない。周囲を見渡せば、部屋には僕以外誰もいない。他の患者の姿が見当たらない。病院の一人部屋というのは高くつくという噂を聞いたことがある。母さんがそんな贅沢を僕に許すとは思えない。じゃあ、誰が。
考えても答えが出ない。
他にすることもなく、諦めて二度寝することにした。それからしばらくせず、看護師が入ってきた。僕が起きていることに気づくと、看護師は現状の確認をしたあとに自殺した経緯を根掘り葉掘り聞いて、部屋から出て行った。
拘束具を外してくるように頼んだが、今はそれはできないと断られてしまった。
看護師が出て行くのと同時に別に人が入ってきた。
「やっ! 元気?」
「ミッキー?」
片手をあげて挨拶をするその姿に頭にハテナマークが浮かぶ。
どうして彼女がここにいるのだろうか。
「いやぁ、なんとく早くに学校いったら倒れてたからビックリしたよ。わりとショッキングな姿で」
ミッキーは勝手を知ったようにこちらに歩いてきて、テーブルの上に持っていたビニール袋を置いた。近くにあった椅子を引き寄せ、座った。
「ミッキーが呼んだの?」
「うん? そうだよ。なに、もしかして私が友達をスルーする残虐人に見えた? それちょっとひどくない?」
「いや、そんなことはないよ」
そんな冗談に小さな笑いがこみ上げる。
「ただ、運が悪かったなって」
もっと早く学校に行くか、前日に自殺していれば見つかることなんてなかった。学校でやったのは失敗だったかもしれない。次は人がこないとこでやろう。
「うん、まぁ、わたし的には運が良かったよ。いや、悪いともいえるのかな。わかんないや」
「なにそれ」
「私は……君がずっと昔から困っているの知っていた。だけど、手を差し伸べなかったからさ」
困っているのを知っていた?
僕が自分の不出来に?
それならミッキーが謝る必要はない。僕の不出来は全部僕が原因で、僕だけの責任だ。
「どういうこと?」
「うん。話すよ」
袋からリンゴと果物ナイフを取り出し、器用に皮をむき始めるミッキー。
彼女の話は始まった。
―――
じゃあ、話そうか。
と言ってもどから話したらいいかな。
……うん、まずは事の発端から話そうか。
小学校の時にあった虐め覚えてる?
四年生の時の虐め。先生が持ってきたホラー動画で、彼女が漏らしちゃって始まった虐めだ。その時、私は彼女を助けることが出来なかった。先生も、からかい程度として彼女を助けてはくれなかった。
虐めは日に日にエスカレートしていくばかり。そのせいで、クラス全体の空気として「彼女はいじめられて当然」というふうになっていった。
そんな時だった。
授業中に消しカスを投げられている彼女に頭から水をかけた男子がいた。
そうだ、君だ。当時、バケツをひっくり返したことに、私はドン引きしたよ。
だけど君が水をかけたおかげで、彼女への虐めはピタリと止まった。
みんな、君に感謝していた。空気でなんとなくしていたことに終止符を打ったのだから。だけど、納得してない子が一人だけいた。
そう。
彼女だ。
彼女は、漏らし事件を再現されたと勘違いしたんだ。
その日から彼女は君の悪口ばかりいうようになった。そして口癖のように「いつか絶対復讐してやる」と呟いていた。
中学に上がってしばらくして、彼女が君と体の関係を持ったことを私に言ってきた。
私はそれを、天邪鬼の惚気話として受け取ってしまった。彼女は君の愚痴ばっかり言うんだ。仕方ないだろう。しかも、関係を持った時はなぜか得意げな顔をしてたんだ。
それからというもの、彼女は私に毎日君とどういうプレイをしたかと、いちいち報告いてくるようになった。意味がわからない。加えて、復讐計画を細かく私に教えてくるんだ。毎日毎日、耳にタコができるほど聞かされた。
それから数か月ほどして事件が起こった。
唐突に君が学校を休んだ日。彼女は満足気な笑顔で私に報告してきたんだ。
「復讐、成功したよ。あいつは社会的に死んだ。あいつの家族も」
彼女はそっぽを向いて「ざまぁみやがれ」っていうと自分の席に戻った。
その報告を聞いても、私はまだ信じられなかった。はっきり言って嘘だと思った。まさか、そんなことを彼女がするわけがないと高をくくっていた。どうせ、君は風邪か何かで休んでるだけで、惚気話のネタがない彼女が適当なことを言っているだ。
そうんな風に考えていた。
でも、君は三日たっても、一週間経っても学校にはこない。先生もそのとこに言及する素振りを見せない。
私は急に怖くなった。彼女が言ってたことが本当なのではないかと。だけど、それを確認する勇気はなかった。だから、私は君を気にしないように学校生活を無理に謳歌しようとし続けた。
それから二か月ほどして、私は帰り道にフラッと君の家によった。なぜだか、わからない。思い出して、確認作業のような感覚に似てた気がする。
そこには、君の家はなかった。
空き家になっていた。
私は急いで彼女に連絡した。
「あの、復讐本気だったの?」
「えっ? 今さら? なんで?」
「彼の家が……空き家になってる」
「ああ。家おいでよ、ミッキー。向かいだから」
電話で話したあと私は彼女の家に赴いた。
そこで全て聞いた。今まで何十回と聞かされていた復讐話を。
あまりの出来事に、私が驚いて固まっていると彼女はまたいった。
「ざまぁみろ」
悪魔のような笑顔の彼女に私は言った。
小学校の時に一度説明して以来、話していなかった真実を。再度言ったのだ。
彼は君を守るために、あえて水を掛けたんだ。
実際にあれ以降、虐めはなくなった。
だから、彼が君を嫌っていたのは勘違いだ。君の誤りだ。
「そんな嘘信じない! あいつは私を笑いものにしようとしたんだ! 失敗して結果的に虐めは終わった。だけど、私は許せない。誰でもなくあいつが私の虐めに加担したのが!」
彼女は君を信用していたんだ。
君を信用して、君が虐めに加担しないから、彼女はあの地獄のような日々を耐えていたのかもしれない。
彼女は君に裏切られたと思い込んで、それがどうしても許せなかったのだ。
「ミッキーはどうする? 私を断罪する? それともあいつを救う?」
もちろん、彼を――
「ミッキーじゃ無理だよ。断罪できないし、彼も救えない」
それでも、私は彼を助ける。
「ふぅん。勝手にすれば?」
どこか投げやりな態度に違和感を覚えながらも、私はそれを振り払い、急いで帰宅した。しかし家に帰ったとこで何をすればいいかわらかない。考えたけど、たかが中学生一人には何もできないというのが現実だった。そこで私は父に相談していみることにした。
父はできることはしてみるよ、そういってくれた。
おかげで君の家族が引っ越して、離婚したという事実にたどり着くことができた。
そのあとは私も受験勉強が忙しくて、なかなか進展がないなか受かった高校で君を偶然見つけたんだ。だけど、君は苗字が変わり、容姿も大きく変化していて、君だということに気づくのとに時間がかかったんだ。
そして、あの日の夜のことだ。偶然、コンビニで君を見つけた。
間近で見た君は酷く痩せこけ、沢山の痣があった。昔の面影はどこにもなかった。聞いてた通りの、いや、聞いていた以上の虐待を受けていたのは明白だった。やつれたその顔は死相が見えるほどで、私は早急に手をうつべきだと思った。だけど、なんて話しかけて何から話していいか分からなかった。
きっと話は長くなる。そう思ったからとりあえず家に招こうとしたら、君は尋常ではない様子で怯えた。
当たり前だ。君は人を、異性を家にあげ、異性の家へあがった結果、人生をぶっ壊されたのだから。
だから、私は日を改めた。そしたら、君は学校で倒れていた。救急車を呼び、父に連絡をした。
それから数時間して状況証拠的に自殺だと判明したんだ。
そして、今に至る。
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話が終わると彼女は慣れた手つきで拘束具を外し、切ったリンゴが乗った紙皿を僕に渡してきた。僕はそれを自然と受け取り、ゆっくりと口に持っていき小さくかじるように食べた。
「何か質問はある?」
長い話だった。それゆえに聞きたいことは沢山ある。だけど、まだ理解が追い付かない。それでも一つだけ聞きたいことが明確にあった。
「ミッキーのお父さんって何者?」
それは彼女の父についてだ。
僕のことを調べたことも、僕が倒れてるのを見た彼女がその父に電話したのが不思議だ。
「ここの医師だよ」
「……ここってどこの病院?」
「都内で一番大きい病院。東京医師会病院」
「それは……なんか、申し訳ない」
そんな有名な病院の医者。それならかなり忙しいくて、本当なら僕にかまっている暇なんてないはずなのに。
「そんなことないよ。患者を救うのが医者の仕事だし」
それはわかる。だけど、わざわざ僕がこんな大きい病院に入院する必要はなかった。それに、助かったからってこれからどうすればいいと、言うんだ。分からない。またあの家に帰ったところで母さんに迷惑をかけるだけだ。
そもそも、入院費は誰が払うんだ。僕の家にはお金なんてない。
そんなことを考えていたら、自然と首が窓の方へと向いた。
外は快晴で、下には病院の駐車場が見える。沢山の小さな車が綺麗に並んでいる光景は、まるでトミカだ。
「ダメだよ」
ミッキーがムッとした表情をする。
「えっ? 何が?」
「もう一回……なんて考えたらダメだよ」
その言葉で自分が考えていることを理解さえたのがわかった。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ。
過去の話は分かった。彼女がなんで僕を求めたのか。なんで動画を撮ったのか。なんで助けてくれなかったのか」
強姦を要求したのも全て納得できた。
そして様々なプレイを要求したのも、すべてはそれらのカモフラージュ。
「でも、わかっただけだ。現状は何もかわらない」
僕が無能なのも。借金も。親も。学校も。社会も。何一つ変化することはない。なら、別に僕の選択は間違っていないのではないだろうか。
「君は私の話を聞いてなかったの?」
「え?」
やれやれと両手を動かすミッキー。
彼女は胸に手を当て言った。
「だから私がいる。君を助けるために。君を救うために」
彼女は立ち上がり手をこちらに手を伸ばしてくる。
「私がいるんだ!」
細い腕だった。とても綺麗で、汚れ仕事なんて出来なそうな綺麗で純粋な手だった。
だけど、彼女の自信満々な笑顔が僕に小さな勇気をくれた。
きっとそれだけじゃない。彼女が話した僕しか知らないであろう身内話を見てきたように話す様はそれだけ、真剣なのだと僕の心中に思わせたのだ。
「私が保証してあげる。君は無能なんかじゃない」
力強い言葉に心が揺れ動く。
だけど、同時にこんなすごい彼女に迷惑をかけるかと思うと、気が引けた。
目をそらした僕に彼女は続ける。
「私が立証してあげる。君と一緒に、君は凄いやつだって。大丈夫。これは、共同作業。君も頑張って、私も頑張る。だから――」
――大丈夫。
僕は涙を流しながら彼女の手を握った。
読んでくださってありがとうございます。
完結まで書いたのは初めてなので、うまくまとまらなかったかもしれません。
さて、本編の補足はここでさせていただきます。
彼女は彼のことが好きでした。そしてミッキーのことを親友だと思っていました。
しかし、虐められた時に親友は助けてくれず、彼はあろうことが虐めに加担してしまいました。
彼女は絶望しました。それゆえに、二人への復讐を決意いします。
彼には社会的抹殺。親友には「事情を知りながらも彼を助けることができなった」という後悔や屈辱を与える予定でした。
彼への復讐は成功しましたが、彼女への復讐は失敗してしまいました。