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2.『第一声目がそれですの?』

 翌朝、學校の下駄箱で祥子と千代に出会った。


「ゆり〜!ごめんね!昨日先に帰っちゃって!」

「暇してなかったっ? 大丈夫だったっ?」

「祥子、千代、ありがとう。でも、大丈夫だったわよ」


 先日一緒に居られなかった事を謝り出す二人。だが、二人が謝る事など無い。祥子は去年生まれた妹の世話と元から居る弟二人と十歳下の妹の面倒を見なくてはいけない。千代はお母さんが女腕一つで働き、千代が家事をしなくてはいけない。二人とも大変なのだ。


「ゆりちゃんっ、ほんとにほんとっ?」

「変な人に絡まれなかった!?」

「……………」

「……ゆり?」


 祥子の問いかけに迷ってしまった。――変な人では無かった筈だ。彼は。只、勝手に話し掛けられ、勝手に今日来る事を強要され、勝手に名前と學校名を知られただけ。


(ん? これって結構駄目……!?)


 今更ながらに気付いた。

 相手に個人情報の開示を求めるなんて、明らかな変人ではないか。


「ゆりちゃんっ、も、もしかして誰かと……っ?」

「ゆり!」

「……変な人、というか不思議な男の人には会ったわ」

「……ゆりちゃん、何処で? てか誰と? 案内してくれる? ちょっとやってやりたい事があるの」

「ち、千代!? 何かとても黒い笑みをしてるけど大丈夫!?」


 普段は腰が低い千代が黒い笑みを隠していない。祥子は自身の茶髪を引っ張り、何かを抑え込んでいる様だった。


「ゆり、貴方、男性に好かれやすいんだから気を付けなさいね?」

「そ、そうだよっ、ゆりちゃんっ!」


 祥子は腕を組んで、千代は意気込んだ様に前に乗り出す。二人に迫られた私は、思わず頷いてしまった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「漸く終わったわ〜!まあ、授業だって殆ど工場で働いてるけど」

「つ、疲れたあっ」

「ゆり、千代、今日は寄り道して帰らない? 私、今日は暇なの」


 授業が終わり、下駄箱で寄り道の約束をし出す。私も乗り気だったのだが、ある人の事を思い出した。


「あー、ごめんなさい、今日は行けそうに無いわ」

「ゆり、用事があるの?」

「ゆりちゃん?」

「ん、ちょっとね」

「――さっきの変な男の人とは関係ないのよね?」

「そうだよね?」

「…………」

「ゆり?」

「え?」


 祥子と千代が驚く。うっ、即バレた。

 バツが悪くなり、視線を逸らす。すると祥子達は納得した様に頷き、


「ええ、分かったわ!頑張ってね!」

「ゆりちゃんっ、上手くいっても友情も大切にしてねっ?」

「え? 二人とも?」


 何故か応援されたのだが、何だろう。別に応援してと頼んだ訳では無い筈だ。


「それじゃ、ゆり!私達は先帰るわね!」

「ゆりちゃんっ、また明日ねっ」


 二人はうふふ、あはは、という効果音を残して去って行く。一人取り残された私は、首を傾げたのだった。










「漸く来たか」

「第一声目がそれですの?」

「いい加減、敬語は辞めたらどうだ?」

「じゃ、遠慮なく」


 昨日の空き地。木洩れ日が降り注ぐあのベンチに、彼はまた座っていた。読み途中の本を置き、侑は冷たい微笑を向ける。


「侑、用事は何?」

「用事が無ければ来ないのか?」

「私だって忙しいのよ?」

「………そうか」

「それで、用事は?」

「いいから座れ」


 誤魔化された様に座らされ、不思議そうに彼を見た。侑は先程と何ら変わりなく本を読み始める。風だけが流れる暖かい時間が過ぎた。


(今頃、千代と祥子は何をしているのかしら)


 私は頭巾を深く被り直し、座ったまま動かない様にする。夕暮れが沈むのを待ちながら、祥子と千代の事を思い浮かべたり、着物の裾を直したりした。


「ねえ」

「何だ?」

「何の本を読んでいるの?」

「夏目漱石の『こころ』だが」

「面白い?」

「まぁな」


 彼は読んでいる途中だと言うのに、迷惑がらないのは何故だろう。


(ひょっとして、語り合うのが好きな人なのかしら?)


 そう思い直し、彼に質問する。


「夏目漱石がお好きなの?」

「そんなところだ」

「一番好きな作品は何?」

「殆ど読んだが、一番好きなのが『こころ』だ」

「ふぅん。そんなに面白いの?」

「ああ。面白い」


 侑は再び本に目を落とす。私は妙な居心地の良さを覚え、頬を若干赤く染めながら陽が沈むまでを愉しんだったのだった。









「ねえねえっ、ゆりちゃん、いい感じじゃないっ?」

「そうね。アレはやっぱり――」

「やっぱりっ?」

「甘酸っぱい感覚がするわ〜!」

「これはゆりちゃんを応援しないとねっ!」

「ええ!親友として応援しないと!」


 祥子と千代が空き地の木の影に居て、私達の話を聞いているとは、私は知る由も無かったのだった。

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