pendants/プロローグ
夜も更けきり、人影も無い暗い夜道。まだ8月であるとはいえ漂う晩夏の夜の冷気の中を、断続的に通り過ぎていく轟音がある。辺りには薄い白煙と何かが燻された様な匂いが立ち込め、住宅地に囲まれた小さな空き地にその昼間の姿からはかけ離れた戦場然とした雰囲気を纏わせている。
「見たかこの力!このペンダントがあれば俺はまさに無敵!気に入らないものはなぎ倒せる!例えば・・」
その空き地の片隅、この場所と同じく数年前から用途の無い、せわしなく明滅する街灯の下で一人の男が唾を撒き散らし喚いている。痩せぎすで眼鏡を掛け、水分の足りない髪をだらしなく垂らした姿はどこか狂気に駆られたように見える。いやらしく笑いながらもその目は敵意に満ちて、眼前のもうひとりへと勢い良く指を向けた。
「御筆 硯!貴様のような目の上のタンコブも、俺が指先ひとつで吹き飛ばせるんだ・・こんな風にっ!」
瞬間、指を向けられた人影より数メートル手前の空間、何も無い筈のそこが、赤い炎と共に爆ぜる。先ほどから何度も繰り返されている光景だ。音と光と爆風に晒されつつも、彼女は動じた風もなく緩慢に口を開く。
「んん・・そんなこといわれてもね。私がいつ貴方の邪魔をした?その力はすごいわよ、確かに気に入らないものはどんどん吹き飛ばせるでしょうね。でも私は貴方とほとんど口を利いたこともないのよ?筋合いが無いわ」
「うるさい!いつもいつもぼんやりとして、それでいて学年一位の成績を持っていく!お前のようなやつがクラスにいるから俺がチヤホヤされない!おかげで友達も一人もいない!ふざけるな!」
「友達がいないのは多分見た目よ。あと喋り方が秀才っぽくないわ学年2位の神崎君」
「うるさいうるさいうるさい!!その態度が腹立つんだよ!僕の力の秘密も解らないくせに!僕が力を人に向けないとでも思っているなら大間違いだぞ!」
「そうなの?なら早めに解決しないとね・・力の秘密、ね。その出所というならペンダントよね、貴方自分で言っていたわよ?あとその原理なら・・火薬でしょう」
「な、なんで・・!いや、それがわかったところでお前に爆発を防ぐ術は無い!もう死ね世お前目障りなんだよ!」
「小物っぽくかつ馬鹿っぽい語りをありがとう学年2位の神崎君。・・終わらせるので代わって頂戴。さっきから地の文が無いわよ、サボらないで」
もう一度、敵意を殺意に変えて、男もとい神崎君は指を御筆へと向ける。彼言うところの無敵の力を、か弱い少女を爆殺するのに使うべく。少女は、御筆硯はうろたえず、会話の流れとはまったく関係なく後ろ上方、何も無いはずの中空を見る。台詞も神崎からすれば意味不明だろうが、宙にその意味は浮かんでいる。そこには、僕が、浮かんでいる。彼女は、僕を射抜くような視線で見つめ、見つめ、みつ
ざぁーっ。間抜け面を晒して美少女・みふで すずりチャン☆を指差しているマヌケ、神崎・M・ザ学年2位の頭に突然の豪雨が降りかかった!同時に自分の火薬を生じる力が無効化されたことを知り(良くすぐ理解できたね。さすが学年2位、それなりに頭いいジャン)へたり込む。
「ななななんだぁこれは。さっきまで雲ひとつ無かったろぉ?!自分の能力の弱点くらいわかってるんだ、ちゃんと調べた!何をしたんだ御筆ぇぇ」
「うん、ごめん。まだ僕天気の事書いてなかったから、御筆が勝手に書いてるみたい。」
ぬれてぐっしゃぐしゃの神崎が、余計に不潔っぽい髪の毛を振り乱して美少女に質問。でもごめんね、それ今中身違うんだ。
「地の文で話しかけても彼には聞こえないよ御筆。あといつも思うけど君書き言葉超アタマわるそうだよね・・あ、神崎君。今話してる僕は御筆硯じゃない。そのペンダント、手に入れたの最近でしょ?分が悪かったね」
「なななんなんだ、なんなんだお前・・おまえらっ!」
ボキャブラ足りない漢字でまた神埼M君が叫んで、奇跡的にも雨が局地的過ぎるせいで全く濡れていない硯ちゃん、の体を借りてるオコチャマ、は勝手にキメ顔を作ってこういった。
「僕は『書き手』だ」
中略。
震えて蹲る神崎君を雨の降っている領域から放り出した後、少女は一人家路を歩いている。
「ほっといてよかったの?結構本気で殺したいくらいに憎まれてる感じだけど」
「大丈夫よあんなマヌケ。ペンダントの使い方がなってなかったわ、何度来ても同じ」
「君がちゃんと使えてるとは思えないけどね・・まあ匂いの記述から火薬に思い当たったのはよかったと思うよ」
「空気とかガスならあんな匂いはしないものね・・雨で消すなら火薬だろうがなんだろうが関係なかったけどね。」
「そんな身も蓋も無いことを・・ペンダント、いよいよ普及してきたみたいだね」
「関係ないわ。私は平和に学年のプリンス、美貌の秀才、のポジションを保てればそれでいいんだもの」
「でもそのために僕の力が必要なんだよ?とりあえず自衛は欠かせないね。」
「まあそういうことね・・うんざりだけど、仕方ないわ。あ、貴方。今回私の美貌について全く記述して無いでしょう」
「んー・・気をもたせるため、ということで。書いてないところのほうが多いくらいだけど、そこはおいおい、ね」
「仕方ない・・それより、また地の文書いてないじゃない、駄目な書き手ね、代わりましょうか?」
「ここはそういうパートだからいいの。でも一つだけ」
これは小さなお話。第一話とも言えないプロローグだ。先を気にしてくれる人が、過去を気にしてくれる人が、少しでもいることを願って、ここでしばしのお別れとしよう。
どっとはらい。
「何でよ」