冷たく染み込む
テーマ:降りつもる
ジャンル:歴史・時代
雪が降りつもるは外の景色だけでなく、私の心にもしんしんとつもり冷やしていく。
手に息を吐いても温まらない。
どんなに身体を温めようとも、心につもる雪だけは溶かしてくれない。
こんな気持ちになったのは雪のせい。
それともあの方のせい。
本当はわかっている。
誰のせいでもなく、私に勇気がなかっただけなんだと。
思い出せば思い出すほどに、昨日の光景が思い出され、私の心に雪が染み込む。
ずっと気づいていた。
あの方が、簪屋の娘さんを好いていること。
それを私は気づかないふりをした。
そして昨日、雪が降り始めた頃。
あの方と簪屋の娘さんが並んで歩いている姿を見てしまった。
こうなることはわかっていたはずなのに、一日経った今も降り続ける雪は、私の心に降りつもり溶けることはない。
「どうした。浮かない顔だな」
声をかけてきたのはあの方、八南葉様。
武士の家系で八南葉様も刀の腕は素晴らしいものだ。
美しい顔立ちで町娘達からの人気も高く、誰に対しても優しい人柄もあり私は惹かれた。
どんなに恋焦がれようとも、八南葉様が私を見てくれることはない。
それでも今は、その瞳には私しか映していないことが嬉しい。
「何でもありません。八南葉様こそ、この様な雪の日にどうなされたのですか」
「あんたの顔が見たくなっただけだ。だが折角だ、お茶と団子をいただけるだろうか」
そんな言葉は狡い。
私に振り向いてなんてくれないくせに、何故そんなことを言うのか。
心が揺さぶられるのを必死に隠し、お茶をお団子を八南葉様へ運ぶ。
店の中の椅子に座り、お茶を飲む八南葉様。
こんな雪だから他にお客はいない。
今だけは、八南葉様を独り占め出来る。
八南葉様が私を見てくれずとも、今この瞬間だけは私だけを見ていてほしい。
「八南葉様……」
名を呼ぶと、顔を上げた八南葉様の唇に自分の唇を重ねた。
触れるだけの接吻。
八南葉様が別の方を好いていると知っていながら、こんなことをする私は醜い。
それでも嫉妬は抑えきれず、今だけはと何度も頭の中でつぶやき八南葉様を抱きしめる。
八南葉様が今どんな表情を浮かべているのか見るのが怖くて、私は見なくて済むようにぎゅっと抱きしめる。
今だけはと頭の中で思っていた言葉は、ごめんなさいに変わっていた。
こんな私を許してほしいなんて都合がいいのはわかってる、
それでも好きな気持ちを抑えることができなくて、気づいたら二回目の接吻をしていた。
何度も何度もごめんなさいと頭の中で思い続けた。
私のものにならないなら、今だけは私を見て。
その瞳に私を映し、その唇でと体で私の温もりを感じてほしい。
「ごめんなさい……」
頭の中じゃなく、声に出してつぶやくように漏らす私の声は震えていた。
そんな私の後頭部に手を添えて、まるで子供をあやすようにぽんぽんとしてくれる。
やっぱり八南葉様は優しい。
優しい故に辛い。
私の心にまた、溶けることのない雪が降りつもる。
《完》




