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3.石井嬢登場

3.石井嬢登場


「まっもるくーん、おはよう!」


明るく能天気に砂原が声をかけてきた。


「おやおや、朝から浮かない顔だね」

「そう言うお前はいつもいつも楽しそうだな。悩みがなさそうで羨ましいよ」

俺は机に頬杖つきながらそう言ってやった。けれど砂原は堪えた様子もなく笑顔だ。

「俺にだって悩み位はあるさ、多分ね。でもそんな些細な悩みよりも、世の中には楽しい事がいろいろあるのだよ」

つい真剣に砂原の事を見た。このポジティブさは見習った方が良いかもしれない。これはこれで素晴らしい才能かもしれない。

「つーか、さっき昇降口で七瀬ちゃんを見かけちゃったわけだよ」

「七瀬さんを?」

つい反応してしまった。いや別に学校にいる位当たり前だけど。


「いやー本当にかわいいね、七瀬ちゃんは。あの黒目の大きいことったら、あんなに目が大きかったらブラジルまで見えちゃうんじゃない?」

「どういう発想でそういうセリフが出るか、お前の思考は本当におかしいよな」

「まあ、そう褒めるな」

「褒めてないよ。つーかさ、七瀬さんを見て、お前何もしなかっただろうな?」

「俺が何するんだよ?」

顎をつまんで考えながら言う。

「砂原だからな、嫌がる七瀬さんを捕まえてメイドの格好をさせたり、それを写真に撮ったり、そのまま箱に入れて胴体切断するとか、ナイフで刺しまくるとか、鳩に変身させたり」

「俺は手品師か?!」

突っ込まれてしまった。

「まあ、お前が七瀬さんにおかしな事をしてないなら、それで良いんだけどさ」

砂原は机に手をついた。そして俺の顔を覗きこんでニヤリと笑う。

「なんだかマモル君は七瀬ちゃんには随分と拘るね。やっぱ七瀬ちゃんに片想いか?」

「だから俺はそんなんじゃないって何度言ったら……」


セリフの途中で、机の横の通路に人が立った。ついその姿を下からなめるように見上げる。

スラリと長く細い足がミニスカートから伸びている。いや、この丈は通常より短いんじゃないか? 喜ばしいことに。

細い腰、膨らんだ胸元、そして顔へと視線を移動する。するとそこには視線だけで人を自殺に追い込めそうな怖い顔があった。えっと?

気圧されながらその少女の顔をじっと見た。すると少女はピクリとも表情を変えず、腕を組みながら言った。

「貴方が久世マモル?」

「え、ああ」

どうやら同級生らしいのでタメ口で答えてみる。

少女は腰位までの長い黒髪をパサリとかきあげる。前髪を大きな緑のピンで横に留めているが、なかなかの美人だ。


「私は石井清香。七瀬の親友よ」

「イシイキヨカ……七瀬さんの……」

呟くと石井嬢は机に手をついた。そして俺の顔を覗きこんでくる。

その近さに心臓が勝手にドキドキした。うーん、勝手にドキドキしないでくれよ。でないと俺が女の子慣れしてないってバレバレじゃないか。


「ふーん、遠くで見ても近くで見ても平凡な顔。特に何かオーラがあるわけでもなし。ただのただの、ただ以下の高校生男子ね」

「えっと、三回目でランクが下がったんですけど?」

石井嬢は俺の言葉を無視した。そして机から手をどけると、また髪をかきあげる。

その仕草は絵になる程綺麗だった。でもその口から出てきたセリフはとんでもなかった。


「ま、顔はブサイクだろうが何でもいいわ。顔で実力が決まるわけじゃないものね」

「えっと、何の話?」

おかしいな。日本語なのに会話が成り立ってない気がするぞ。

石井嬢は半分歩き出していたが、立ち止まって振り向いた。

「また会いにくるわ。あなたが七瀬の騎士に相応しいか、ちゃんとチェックさせてもらうから」

「え?」

歩き去る石井嬢の後姿を呆然と見つめた。なんだかまた嫌な予感がしていた。このまま無事にすむのか?


「マモル!」

さっきまで石のように固まっていた砂原が、俺のシャツの胸元を両手で掴んだ。

「なんだ、あの美女は?!」

「名乗ってたじゃん。石井さんだろ?」

「それは聞いた! ってかそうじゃなくてさ、何であんな美女がお前に話しかける!?」

「だから言ってたじゃん。七瀬さんガラミだろ」

「うわーーーー!」

意味不明に砂原が叫んだ。そして俺の身体をガクガクと揺さぶる。

「俺は清香ちゃんに一目惚れだ! 彼女は俺の天使だ!」

「何だか急展開な奴だな。お前」

さっきまで七瀬ちゃんって騒いでたと思ったのに。こいつは一体どこまで本気なんだろうって思う。


「バカ、マモル! 恋は突然なんだよ。急降下、全力疾走が恋ってもんじゃないか!」

「ふーん、じゃあもう七瀬さんは良いんだな」

「七瀬ちゃん……」

呟いたと思ったら顔がアホになっていた。とりあえずこいつの事は無視しておこう。





俺は昼休みにパンを買いに行こうと校舎を歩いていた。

うちの学校は新設校なので廊下も何もかもがまだピカピカしている。

と、そんな真新しい廊下の隅にいる生徒に気付いた。それは菱形リキだった。彼は廊下の隅に一人の男子生徒を追い込んでいる。そしてニヤニヤといつものように悪の幹部のような笑みを浮かべている。


男子生徒は明らかにリキに怯えた様子で、胸元から何かを取り出した。そしてそれを震える手でリキに渡した。男はそのままリキに頭を下げると、俺のいる廊下の方まで走ってきた。その生徒とすれ違うと、そのまま真っ直ぐ菱形リキに向かって歩く。

リキは俺に気付くとニヤリと笑った。


「やあ、これはこれは我が妹の騎士、マモル君じゃないか」

腰に手を当てて何故かポーズをつけながらリキは話す。まあ、そういうポーズが様になる男だけどさ。

「今、見てましたよ」

俺はなるべく低い声を出した。

「こんなトコでカツアゲなんかするのはどうかと思いますよ」

「カツアゲ?」

問いかえされて頷いた。

「今、お金を巻き上げてましたよね?」

「ああ、これ?」

言ってリキはポケットから紙を取り出した。

(あれ、お札じゃない?)

そう思っていたらリキは微笑しながら言う。


「あいつが七瀬の下駄箱にこんな手紙を入れようとしていたからね、阻止したんだよ」

「下駄箱まで見張ってるのか!?」

俺の驚きの言葉にリキはヘラヘラ笑って言う。

「ああ、もちろんこの俺様が直接監視してるわけじゃないよ。それは下僕達の仕事だからね」

下僕ときた。俺はつい突っ込んでしまった。

「あんたはこの学校のボスですか! 番町ですか! 悪の幹部のリーダーですか!」

「あはは、面白い事を言うね、マモル君は」

リキは俺に顔を寄せた。


「この俺が何者だって? 俺は俺だよ。この世を統べる神のような存在だね」

神ときましたか! いや、この人顔は良いが充分ヤバイ人だろう!

「あ、今、君はとても失礼な事を考えたね」

ドキリとした。リキは更に俺に顔を寄せて目の前で笑った。

「君は七瀬を守る事だけを考えていたら良いんだよ。もし出来ないようなら制裁を加えるからね」

「え?」

リキは目の前に指をさしだした。その距離にビクリとして一歩引いた。だって目に刺さりそうだったんだ。

「あはは、敏感に察してくれたね。そう、君がちゃんと働いてくれないなら目玉に指さしちゃうよ」

「そ、そんな脅迫……」

引きつった声を出したら、リキはニコリと笑った。

「冗談だよ。この指はそんな事には使わないよ」

指をブイサインにして俺に翳してみせる。

「君が任務に失敗した日には、この指は目じゃなくて君の鼻の穴に突っ込ませてもらうよ」

つい自分の鼻を押さえた。だってそれってかなり屈辱的だ。

リキはそんな俺の事を見てニヤニヤと笑った。

「じゃあ、よろしく頼むよ、下僕君」

リキはそう言うと横を通り過ぎ廊下を歩いていった。

その後ろ姿を見ながらしみじみ思った。あの人、本当に悪のカタマリって感じだ。

だいたい俺の扱いが、騎士から一気に下僕になってたんですけど? これって降格処分ですか? まだ何もしてないのに?

つい大きな溜息をついた。



菱形リキ。あんな王子様みたいな外見をしておいて、超ドエスな性格だ。これは本当にいろいろ先が思いやられる。

いっそこれ以上酷い目に遭う前に、転校でもした方が良いんじゃないか? まだ入学したばかりだから、やり直せるぞ!

そうは思ったが七瀬嬢の顔が浮んだ瞬間、そんな考えはどっかに飛んでいく。

「ま、どうにかなるだろう」

あのドエス王子の存在は不安ではあるが、七瀬嬢の力になれるのなら、俺がこの学校にいる意味もあるってもんじゃないか。





放課後、帰宅部という名の動画まっしぐら部に所属する俺は、カバンを持って悠々と廊下を歩いていた。

昇降口までほんのあと数メートルという所で、俺の前に立ち塞がる人物がいた。

それは長い足を持った長身の美女。石井嬢だった。


「ちょっと付き合ってもらえるかな?」

髪をかきあげて言う彼女に、嫌な予感を覚えた。このまま動画を見に帰ってしまいたい。


「えっと、何の用かな? 俺にはこれから家に帰って大事な仕事があるんだけど」

石井嬢は目を細めた。

「大事な仕事って何よ?」

「えっと……『3時35分だよ、微妙に集合』とか見ないといけないし」

「それってテレビ見るだけなんじゃないの?」

石井嬢の目が険悪なモノに変わった。

「貴方は七瀬の騎士でしょう? そんな貴方が七瀬を置いて帰るなんて、そんな事は許されないわ」

「え?」

戸惑っている俺の胸元を彼女は掴んだ。いや掴んだだけじゃない。掴んで持ち上げた。

「貴方は私がなれなかった七瀬の騎士になったのよ? それなのに使命感も責任感も何もない! そんなの許せない!」

「あ、あの何の話? っていうか、首が苦しいんですけど」

女の子に首絞められるって、俺ってなんだろう? そう思った時だった。



「やー楽しそうな事をしているね」

聞こえた声に視線を向ける。そこにはドエス王子が立っていた。

ドエスこと菱形リキは俺と石井嬢の隣にやってくると、サラリと前髪をかきあげてポーズをつけた。

つーかどうしてそう格好つけるかな? ホストかよ?

「リキさん」

呟くと石井嬢は俺を締め上げている手を緩めた。そして今度はリキに向かってくってかかる。


「私、やっぱり納得できないです。七瀬の騎士が彼だなんて。今まで七瀬の騎士の役目は私がしてきたんです。今更こんな脆弱そうな男に譲るなんて嫌です。こんな男に七瀬が本当に守れるって言うんですか? しかもこの人テレビが友達でまともな友人すら居ないんですよ、そんな男に本当に大事な七瀬を任せるんですか?」

えっと石井嬢、さりげなく俺の悪口いっぱいなんですが? しかも砂原という俺の友人の存在も消去されてますけど? いや、まあ確かに砂原を友達カウントされたらそれはそれで痛い気もするけど。


「まあ、そう悲観的にならないでくれよ」

リキは軽く石井嬢の言葉を流した。そして相変わらずの涼しく美しい目でニコリと笑う。

でも俺はその笑みに嫌な予感を覚える。だってこいつはドエス王子だ。悪の幹部のような性格の男だ。この笑みが清清しい笑みのワケがない。

「こう言うのはどうだろう?」

軽く人差し指を立ててリキは言う。

「マモル君が騎士に相応しいと、今から君に証明してあげるよ」

「それはどうやって?」

石井嬢がくいついた。そんな彼女にリキは完璧な笑みを見せる。なんつーかメロメロ光線を発射してるようなイヤな笑みだ。

でも石井嬢はその笑みに腰砕けになる事もなく、リキを見つめ返した。リキは俺と石井嬢を交互に見て言った。

「マモルと清香君がバトルをしたら良いよ。それでマモルが勝てば清香君も納得できるだろう?」

「え?」

俺と石井嬢は驚いてお互いを見つめあった。

「私が彼とですか?」

「ああ、そうだよ。彼はこんなダメそうな男に見えて天性の才能を持っているんだよ」

「才能?」

石井嬢が呟く。

「え、ちょっと待ってくれよ? 俺別になんの才能もないけど?」

慌てて言ったら、リキは大声で、それこそ悪の幹部のように笑った。

「あはははは。マモルは謙遜ばかりだな」

「いや、謙遜じゃなくて、別にケンカも強くないし、頭がキレるワケでも運動が得意なわけでもないし、そんな才能とかぜんぜんないですよ!」

俺の言葉にリキは更に笑った。

「あはは、いやいや、マモルには才能があるよ。それも特別なね」

「それって……?」

呟いたらリキは俺に顔を寄せてから指を立てた。

「それは今は教えられない。でもバトルを清香君とすると良いよ。必ず君が勝つと思うからね」

その自信はどこからくるんだ?

俺は不思議に思いながらこのドエス王子を見つめた。



「いいわ。リキさんがそう言うなら、私はこの人と戦う。でもリキさん約束して下さい。私が勝ったら七瀬の騎士の座を私にくれるって」

その石井嬢の言葉に、リキは偉そうに、まるで王様のように悠然と両手を広げて言った。

「ああ、いいよ、約束しよう。君が勝てば騎士の座を与えよう」

石井嬢は目を光らせた。そして鋭く俺を睨む。

「う!」

その視線にいきなり腰が引けた。マジで戦うんですか? なんか俺勝ちそうもないんだけど?




「いやーうちの学校は本当に良いよね。学年が一学年少ないと校舎が広くて使い勝手が良いよ」

リキは楽しそうに笑って、廊下でクルリとターンした。

ここは第一校舎3階だった。つまりまだ使用されていない、誰もいない階だ。廊下から窓を覗くと、教室には使われていない机が積まれている。

そんな廊下で、まるでスポットライトを浴びた舞台俳優のようにリキはポーズをつけながら言う。


「審判はこの俺がするよ。バトル方法は何でも良い。俺が決着が付いたと思った時が勝負終了の時。それで良いかい?」

ものすごいアバウトだ。いやほとんどなんの説明にもなってないんじゃないか? というかこの人が審判だなんて、それこそズルで俺を勝たせて騎士にしちゃうんじゃないか?

そう思って石井嬢を見た。すると彼女は迷うことなく頷いた。

「それで構いません」

えっと構わないの?

俺の心の中の突っこみが聞こえたのか、石井嬢は言う。

「私は中学の頃から、七瀬のお兄さんであるリキさんの事を知っているの。リキさんは卑怯な事をする人じゃないから、だから私はリキさんの事を信じる」

悪のドエス王子を見た。リキはニヤリと笑っている。えっと本当にこんな性格悪そうな人を君は信じちゃっていいの?

俺はそう思ったが黙っていた。



「マモルも異論はないみたいだし、じゃあ、バトルスタートって事で良いかな?」

頷いて石井嬢を見た。

「えっとバトルの方法なんだけど、何で勝負するのかな? やっぱり鬼ごっことか、借り物競争的なモノかな? 運動会の玉入れ的競技でも良いんだけど」

石井嬢はものすごく落ち着いた顔をしていた。そして。

「バトルはもちろん戦闘でお願いするわ」

「せんとう?」

頭が一瞬とんだ。せんとうって戦闘だよな? 先頭とか銭湯とか尖塔じゃないよな。いや、俺は今漢字変換クイズに挑戦しているわけじゃないんだ。

「えっと?」

ちょっぴり小首を傾げて、かわいく聞きかえしてみた。けれど石井嬢はクールだ。長い髪をサラリとかきあげて言う。


「私、戦いには自信があるんです。柔道、剣道、フルコンタクト空手、テコンドー、詠春拳、カポエイラどれも経験があるので」

「ちょ、ちょっと待って! それなんかすごすぎるし、最後の二つとか聞いた事もないんですけど!?」

助けを求めるようにリキを見た。思いっきり目があう。するとリキはニコリと微笑むと片手をあげた。

「じゃあ、バトルスタート」

何こいつ勝手に試合開始の合図しちゃってんの!?

そう思ってたら、石井嬢が猛スピードで走り寄ってきた。

「わ!」

俺はクルリと回れ右して廊下を走り出した。ちょっと待って下さいよ。あんな格闘娘と一般ピーポーの俺が戦うんですか? それって無理がありすぎでしょう? つーか俺が勝てるワケがないじゃないか!?



俺は廊下の端まで走ってきてしまった。そこには階段がある。これは上がるか下るかしないとマズイよな。いや、それじゃただ逃げるだけだ。とても反撃とか出来ない。これじゃ勝負にならない。どうする? 振り返って攻撃するか?

「階を移動したら、他の生徒に迷惑よ」

その言葉と共に風を切る音が聞こえた。

「わ!」

俺は意味も分からず左に飛んだ。すると俺がさっきまでいた場所に石井嬢の蹴りが入る。

床に転がりながら、その技の切れに息を呑む。恐々と見上げて見ると、石井嬢がつまらなそうに見下ろしていた。

「あんまり弱いものイジメは好きじゃないの。だからさっさとやっつけさせてもらうわ。どんな技が見たい? そうだカポエイラなんかどう? ダンスみたいで面白いのよ」

「いや、ぜんぜん面白くないだろう? だってその技を食らうのは俺のワケだろう?」

「そうね、でも一瞬で気絶させてあげられると思うし、どうかな?」

いやいや、気絶するような技は受けたくないです。


俺はゆっくりと、石井嬢を見据えたまま立ち上がった。

リキは先ほどと同じ場所で黙って俺達を見ている。どうする?リキを巻き込んでみるか? いや、それも厳しいか?

俺はどうしたら良いか必死に考えた。けれど頭脳派でも天才でもない凡人の俺は、上手い作戦なんか思いつけない。


「観念したのかな? だったらそうね、負けを認めてくれたら、技は仕掛けない事にする。どうかな、それで」

じっと石井嬢の顔を見つめた。真っ直ぐな瞳だ。石井嬢はとても嘘をつくような子には見えなかった。いや、これがドエス王子ことリキなら、真摯な顔を見せておいてあっさり裏切りそうだけど。


俺は降参してしまおうかと思った。だって元々、好きで騎士になったわけじゃなかった。脅迫だったり成り行きだったりしただけだ。だったら騎士になりたいって言っている石井嬢に譲った方が良いだろう。

そう思って唇を開いた。

「俺……」


脳裏に七瀬嬢の笑顔が浮んだ。俺によろしくと言った彼女。俺を頼ってくれた彼女。今ここで降参したら、そんな彼女を裏切る事にならないだろうか?

それに俺が騎士をやめてしまったら、もう彼女との接点がなくなってしまう。ただの他人になってしまう。それって、それってかなり悲しくないか? せっかく知り合えたのに。

「俺は」

俺は顔を上げて言った。

「俺は君と戦うよ!」


言いながら初めて攻撃に出た。攻撃と言っても武術は何も出来ない。いやいや武術どころか野球だってサッカーだってまともにできないような男だ。俺はただ突っ込んでいった。

軽くかわされた。勢い余って床に転がる。

「その心意気は買うわ! せめて楽に仕留めてあげる!」

石井嬢が右足を大きく蹴り上げた。

「う!」

それをギリギリで避けた。そして叫ぶ。

「えっと石井さん、パンツ見えますよ!」

「スパッツはいてるから見えないわよ」

心理作戦は失敗した。いや、こんな事でめげたらダメだ。


「でももしかしたら、万が一にもスパッツはき忘れてるかも」

「それはない。ちゃんとはいてるわ」

石井嬢は話しながらもしっかり攻撃を仕掛けてくる。片手を床についたまま足を大きく上げて技を繰り出す。確かにスパッツははいているようだった。

「これがカポエイラか?」

「そうよ、奴隷が看守の見張りを欺いて技を作ったから、踊りに見えるでしょう?」

確かに踊りのように彼女は技を繰り出してくる。それはブレイクダンスにも似て見えた。

俺は石井嬢の技に、さっき走って逃げた廊下を戻るように追い詰められている。走り出したいが、小技が決まっていたり防御が大変で逃げる事も出来ない。俺は息を切らしながら言う。

「なんか優雅だから音楽でもかけてあげたい技だね」

「お褒め頂き光栄よ」

話しながら俺達は攻防を繰り返す。

「俺、が」

鼻先を彼女のつま先が掠めた。痛いというより熱い。

「……俺が歌ってあげようか?」

石井嬢はクールに言う。

「結構よ」

「いや! 歌ってやる!」

ヤケクソのように言った。その瞬間、彼女は大きく足を上げた。スカートが大きく広がる。そして歌ではなく、俺は叫んだ。


「君のスパッツに欲情します!」

「え?」

石井嬢の動きが止まった。足を大きく広げたまま固まる。それはまるでフィギュアスケートのスパイラルとう技のような格好だった。

黒いスパッツは俺に向けて丸見えだ。

「男にとって重要なのはパンツではなくて、スカートの中にあるものなんだ! だから見えるのがパンツでなくてスパッツでも同じだ。俺はスパッツに欲情する!」

石井嬢は足を上げたまま、スカートを押さえてスパッツを隠した。その瞬間を見逃さなかった。一本足で立った上に両手を塞いでいる彼女の肩を押した。

石井嬢は後ろにひっくり返った。

「ヤバイ!」

自分でした事に焦った。このままじゃ頭を強打だ。そう思ったら一瞬早くリキが彼女の身体を支えた。

その一連の動きはスローモーションのように見えた。

リキは石井嬢を王子様のように支えながら、俺を見て言った。

「勝負あり。マモルの勝ちだ」



リキに抱きかかえられながら、石井嬢は呆然と目を見開いていた。

「そんな……まさか私がこんな負け方をするなんて……」

俺はちょっと気まずく頭をかいた。

「えっと、スミマセン。卑怯な手を使って」

「いや、別に卑怯でもなんでもないだろう」

そう言ったのはリキだった。石井嬢は自分の身体を抱えるリキを見上げる。

「清香君は格闘経験者、それに比べてマモルはただの素人だ。気転位利かさないと勝てないのは当然だ。元々清香君の方に有利だったバトルだしね」

石井嬢はリキの腕の中から体勢を立て直すと、自分の足でしっかりと廊下に立った。

「そうですね、確かにその通り」

言うと石井嬢は俺を見た。

「私の負けを認めるわ。貴方は七瀬の騎士に相応しいわ」

そんなに認めないで欲しいと思った。だってまぐれ勝ちだし、卑怯な手だったと思うし。

「えっと、あの、さっきの言葉だけど欲情っていうのは嘘だから」

「え?」

目を見開く石井嬢に言う。

「その、そういう風に言う男も居るって話で、俺はその……違うんで」

「おいおい、今更言い訳かよ」

リキが笑いを含みながら呟くように言う。

「おい、余計な事言うなよ!」

「それが先輩に対する言葉遣いなのか?」

「……すみません、余計な事は言わないで下さい」

リキは鼻で笑う。俺はそのドエスを無視する事にして、石井嬢に言う。


「えっとだから、あんまり足上げた戦いはしない方が良いよ。世の中の変態男を喜ばせる事になるからさ。頼りないかもしれないけど俺が七瀬さんのために戦うしさ」

「変態って自分の事だろう?」

またもリキが呟いた。殴ってやりたい。いや、でもこいつは強そうだから返り討ちにされてしまうだろうか。

そしてふと気づいた。そういえば最初に女の子に騎士をさせないと判断したのはリキだった。

こいつはこう見えて、彼女の事を本当に心配して、危険な目には遭わないようにしたんじゃないだろうか。

石井嬢は俺に近寄って、今までとはまったく違う表情を浮かべた。


「七瀬をよろしくね」

「ああ」

出された右手を握った。


「清香」

聞こえた声に俺達は振り返った。

「え?」

見ると廊下の先から七瀬嬢が駆け寄ってくる。

「清香!」

七瀬嬢は俺の目の前で石井嬢に抱きついた。そして俺を完全無視して石井嬢に話しかける。

「清香、また私のために無茶したの? 私は大丈夫だっていつも言ってるでしょ? それに久世君はすごく良い人なんだよ」

えっと今、俺を褒めてくれましたか? ちょっと感動していると七瀬嬢は俺の方に向き直った。


「久世君、私のために、ほ、本当にありがとうございます」

彼女はすごく一生懸命という感じで、頭を下げてくれた。な、なんだろう、胸がなんか熱くなる。それにありえない位胸がドキドキする。

七瀬嬢の眩しい笑顔が見返せなくて、顔を横にそらした。


なんだか今日も理不尽なバトルになったけれど、見たかった動画のドラマもアニメも見られなかったけど、それでも俺の心は満たされていた。

なんにしろご褒美があるのは嬉しいものだ。七瀬嬢の無垢な笑顔が見られるのなら、ちょっとした苦労なんかぜんぜん大丈夫だと俺は思ってしまった。



七瀬譲と石井嬢が二人仲良く帰っていった後で、ドエス王子と廊下に残された。

リキの整った横顔を見て、気になっていた事を聞いた。

「そういえば、さっき石井さんに言っていた、俺の特別な才能って何ですか?」

「え、ああ」

リキは俺の顔を見るとニッコリと笑った。

「あはは、まったくの嘘デタラメに決まってるだろ。君には何の才能のカケラもないよ」

「おい!」

「いやすまない、ただの人どころか、ただ以下か」

「失礼なんですけど!?」

俺はこいつの言葉はもう信じまいと、そう決めたのだった。





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