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2.えびせんバトル

2.えびせんバトル


我が銀鉄高校の一番の特徴と言えば、それは新設校だという事だ。

俺の学年で二期生。つまり、この俺達の上には一学年分しか生徒がいない。3年生がいないんだ。生徒だけじゃなくて先生も少ない。そりゃそうだろう。学年が一個少なければその分先生も減る。しかも入学してから気付いたが、この学校の授業には美術がなかった。何でかと思ったら、美術教師がいないからという事だった。


なんたる迂闊さだろう。俺は高校の選択授業は美術を選ぼうと思っていたんだ。

習字や音楽なんてとんでもない。習字は字がヘタだからダメだが、音楽に至っては未だに、シャープとフラットがどっちが上げるんだか下げるんだかってレベルだ。唯一得意と言えた美術がないのであれば、俺がこの学校で生きる意味はない。まさにそんな状況だ。


そんな悲劇の中、運命のいたずらの二択あみだの結果、俺は音楽クラスを希望しそのクラスに入れられた。この二択もまたクセモノだった。

音楽クラスになってしまうと、これから2年間、音楽クラスの中だけでクラス替えが行われる事になる。

つまりもう半分の生徒とは、どんなに願っても来年も同じクラスにはなれないんだ。

それによって何か困る事があるか? あるんだ、これが。


だって菱形七瀬嬢は書道クラスなのだ。だから今年のクラスが違うのはもちろん、来年だって同じクラスになる可能性はない。

別に同じクラスになったって俺なんか会話もできなかっただろうから、その点は今とあまり変わりはない。でも同じクラスで少しでも彼女を眺める事が出来るなら、それはそれですごく幸せな事じゃないか?

綺麗なモノを見ると人間は幸せな気持ちになる。そう思うとやはりこのクラス編成は不利だ。不公平だ。



「やあ、おはようマモル君」

不意に目の前に現れたのは菱形リキだった。昨日の放課後、いきなり現れて俺に命令をした男。

昨日のたった数時間の接触で分かった事がある。この人はかなり性格が悪いと。


だがしかし、音楽クラスの俺からしたら、一生口を利くこともなかったかもしれなかった七瀬嬢と会話ができたのは彼のお陰だ。そう思うとこの黒い性格も許してあげたくなる。

「あっと……おはようございます」


それにしても朝も早くからいきなり下級生のクラスに堂々と入ってきちゃうのってどうなんだろう?

多少は他のクラスとか学年とかって遠慮したりしないだろうか?

そう思っていたらリキは悠然と腕を組んで机の一つに寄りかかった。


「君は昨日の事をちゃんと覚えているかな?」

「覚えてますよ」

「そう、なら良いんだよ」

リキはニヤリと笑った。例の綺麗だけど裏がありそうな黒い笑みだ。


「君は俺の弟みたいなモノだからね。これからもくれぐれもよろしく頼むよ。じゃあまた遊びに来るよ、オトウト君!」

俺は固まってしまっていた。

ただ黙ってリキが教室から出ていくのを眺めていた。そしてリキの姿が廊下に消えた瞬間だった。

キャーという悲鳴が上がった。


「リキさんがうちのクラスに来るなんて!」

「格好良かったぁ!」

「やーん、彼女にして欲しい!」

「というか、リキさんは何で久世君に会いにきたの?」

俺は一気に女子生徒の注目の的になっていた。そして男子生徒の低い囁き声も聞こえる。


「今、オトウトって言ったか?」

「それってどういう意味だよ?」

「どういう意味って、菱形リキの弟って事は七瀬ちゃんの結婚相手?」

「ま、まさか!?」

「いや、そうだろ! 将来を誓い合った仲ってコトじゃないか?」

「なんだとー?!? 七瀬ちゃんとあの久世が付き合ってるだとー!?」


教室の空気が不穏なものに変わった。殺気を感じる。

もしかして、もしかしなくても俺はハメられたんじゃないだろうか?

あの菱形リキの何かの策略に。だって昨日まで普通の一般ピーポー、ただの脇役だった俺が一躍注目の的になってしまっている。

これはすごく嫌な感じだ。高校一年の5月だというのに、早々と引きこもりにでもなってしまいたい気分だ。


「マモール!」

どこのファンタジーキャラだ? ってイントネーションで友人の砂原が俺の肩の上に腕を乗せてきた。


「いったい今のはどういう事だよ? この親友の砂原タカミ君に言ってごらん。七瀬ちゃんとどういう仲だって?」

砂原に頬をグリグリされてしまった。

「どんな仲でもないよ、ただリキさんと昨日ちょっとした知り合いになった。それだけだよ」


「リキさんとどういう仲なの?!」

「俺達の会話を聞いていた女子が急に聞いてきた。

「えっと……」

入学式からこっち、今まで女子にまるで存在しないかのように扱われてきたというのに、いきなり席の周りに女の子が群がっている。まるでドラマで美少年転校生がやってきた後の教室の風景のようになっている。

普段女の子と口なんか利いた事がないので、俺は緊張しつつ答える。


「別に、本当に昨日偶然出会っただけで、彼とはそんなに親しくしてるわけじゃないよ」

「でも、リキさん、わざわざここまで会いに来てくれてたじゃない?」

「それはその……彼はそういう人なんだよ。俺だけ特別じゃなく、朝は知り合いの教室をああやって挨拶して回ってるんだよ」

「えーそうなの?」

「うん、そうそう」

そんな面倒な事する生徒なんか絶対いないと思うけどね。


「せっかく久世君に先輩との仲を取り持ってもらおうと思ったのにー」

あっという間に女の子達は俺の周りから去っていった。盛者必衰とはいってもあまりにも早すぎる。まだまだぜんぜん栄えてなかったよ。


女子が去った後で、砂原が再び話しかけてきた。

「もしかしてお前が菱形リキと知り合いになったっていうのは、七瀬ちゃん狙いの策略か何かか?」

「いや、そんなんじゃないよ。本当に偶然出会っただけだし」

「じゃあ、お前は七瀬ちゃんを狙っていないのか?」

聞かれて俺の脳裏に、昨日の七瀬嬢のふわりとした笑顔が浮んだ。

狙っているかって聞かれると違うんだと思うけど、でもあの笑顔を思い出すと幸せな気持ちになれるのは確かだ。


「なんだよ、そのニヤケた顔。やっぱ七瀬ちゃんに惚れてんのか?」

「い、いや、そういうワケじゃないよ。そりゃ彼女はかわいくて綺麗で、憧れる気持ちはあるけど、自分が付き合いたいとか、そんな大それた事思ってないよ」

その言葉に砂原は俺の肩をポンポンと叩く。


「いや、その謙虚な心構えは良いね。君のような地味で普通な生徒があんな美女と付き合うなんて不釣合い所か犯罪だからね」

あまりな発言にちょっとカチンときてしまった。俺は机に頬杖つきながら同じように言い返す。

「ま、不釣合いって点ではお前も俺と同じだな。間違っても七瀬さんと付き合いたいなんて、恐れ多いというより、犯罪予告のような事を言うなよ。付き合えるワケがないから、お前はきっと凶行に走るに決まってる」

「俺を犯罪者扱いすんなよ!」

言って砂原は俺の首をギュウギュウしめてきた。


砂原はクラスでは一番親しくしている友人だ。明るい茶色の髪に人懐こい性格。ちょっとお調子者のような性格なので、女子には人気があまりないが、男からするとサバサバして付き合いやすい奴だ。単純で喜怒哀楽がはっきりしてるから、まあ、見ているだけでも面白い。


「そう言えばさ、この学校の都市伝説知ってるか?」

いきなり砂原が話題を変えた。

「学校で都市伝説?」

俺が首を傾げると、砂原は前髪をかきあげて、何故か格好をつけながら言う。

「いいんだよ、最近は怪談とは言わないんだよ、だからどこで起ころうが都市伝説なの!」

なんじゃそりゃ、とは思ったがちょっと気になるので話の先を促した。


「それは静かな静かな授業中の事らしいんだ」

砂原が真面目な顔と声のトーンになったので、俺はちゃちゃを入れずに黙って聞く。


「教師が黒板に向かい文字を書いていると、後ろからバリ、バリと音がするんだ。教師はその音が気になった。だってその音は普通、授業中に聞こえるような音じゃなかったからだ。ノートを破る音でもルーズリーフのファイルをめくる音でもない。スマホを弄って出る音でもないしと考えて、教師はモノを食べる音ではないかと気付いた。でも食べるって何を? パンや弁当の音じゃないだろう。まるでそう、骨でもかじっているような音じゃないか?」

迂闊にもビクっとしてしまった。砂原は更に話す。


「教師はもしかしたらこの音は、自分にしか聞こえていないんじゃないかと思った。けれど確かにバリバリと音がする。だんだんと教師の想像力が膨らむ。バリバリ、バリバリ……これは人間をバラバラにして幽霊がかじってるんじゃないか? 振り向くと知らない生徒が席に座り、人間の足をバリバリと食べているんじゃないか?」

俺は想像して背筋が寒くなった。いや、都市伝説なんかデタラメばかりなんだから、怯える必要はないけど、でも……。

「教師はついに耐え切れなくなった。思い切って後ろを振り返ったんだ」

ゴクリ。俺は唾を飲み込んで話の続きを待った。


「すると一番後ろの席にいた男子生徒が、バリバリと何かを貪り食っている姿が目に入った。教師は叫んだ! 何やってるんだ!? と……」

もったいつけて、砂原は間を置いた。だか気になって聞いてしまった。

「何を食ってたんだ?」

「顔くらいのサイズのエビセン」



聞いた事を後悔した。そのまま砂原を無視して机の上を片付ける。

「おいおい! 何やる気なくしちゃってるんだよ?」

「だって都市伝説でもホラーでもないじゃないか。単に腹へって菓子食べてたってオチじゃないか」

「おいおいおい! お前この話の何が怖いか分かってないな! 何が怖いってエビセンだぜ、エビセン! それを授業中に食ってんだぞ、それって尋常じゃないと思わないか?」

「まあ、確かにおかしい奴だなーとは思うけど」

砂原は大げさに額を押さえる

「いや、お前は本当にわかってないよ。授業中に巨大エビセン食う奴とお前は友達になれるのか?本 気で一般人じゃないよ、これはホラーだね、絶対」

「まあ、言われてみればそうだけどさ。でもたまたま腹へってただけだろ? それに同じクラスでもなきゃ迷惑被る事もないさ」

軽く受け流した。

そしてすぐにチャイムが鳴ったので、この話もここで終わりとなった。

この話も菱形リキの登場と共に、俺の中ではすでにすんだ事、ただの過去の話になった。

けれど、それが大きな間違いだと、すぐに知る事になるのだった。





いつも通りに一日はすぎた。

単調な授業に、5月になり、ようやく顔を覚えたクラスメイトとの休み時間の会話。

ただ時折、その休み時間に廊下の方がやけにうるさく感じる事があった。でもそれはきっと他のクラスの奴らがふざけているんだろう。それ位に思っていた。俺は地味目な一般ピーポーだから、どこかで事件が起きても自分には関係がない。祭は他の人間の所で起きている。そう思っていた。




放課後になった。

俺は帰宅部なのですぐに帰宅しようとカバンを手に持つ。

これから家に帰って、一日中テレビやネットと友達だ。昔からそんな生活を繰り返しているせいで、俺はやたらと懐かしい系の話題に詳しい。連ドラも2時間ドラマも任せておけって感じだし、昭和のアニメもバッチリ押さえている。それはドラゴンボー○やガンダ○なんてメジャーなモノではない。俺と会話がしたかったら、『国松さまのお通りだ○』や『パリ○の風』を見てから声をかけてくれ。そうだな、俺とそんな会話がしたいって奴には最初に『さすらい○太陽」を知っているかって聞くね。え、それって何だって? いや、簡単には説明できないね。だって語りながらあまりの不憫さに涙が滲んでしまう。貧乏で引き語りの流しの少女の物語だなんて、涙無くては語れないだろう。


頭が昭和一色に染まっている時、その音は聞こえた。

バリ。

バリバリ。

その音になんとなく聞き覚えがあった。いや、聞いた事があったわけではない。それは俺が想像してイメージしていた音と同じ音だったから驚いたんだ。

バリ、バリという嫌な音に、身体を緊張させながらゆっくりと振り向いた。

放課後の廊下にその男は立っていた。

黒い長めの前髪が目にかかりそうな、薄暗い空気を纏った男がそこにいた。


な、なんだ、こいつ?

そう思いながら何も言えない。なんだかその男からは不穏な空気が出ていた。どよーんという擬音はこの男のためにあるんじゃないだろうか?


ふと辺りを見渡した。さっきまで廊下に何人かの生徒が居たと思ったのに、今は誰の姿も見えない。まるでこの男の登場と入れ替えに他の生徒が全員消えたようだった。何故か不気味に静まり返った校舎。俺はその男が人間ではなく、幽霊ではないかと思ってしまった。それ位の不気味さを男は持っている。

黙り込んで男を見ていたせいか、男は口を開いた。

「君は」

バリ。

「久世」

バリ。

「マモル君、だね?」

なんだこのテンポはって感じだが、男は顔のサイズ位のエビセンを手に持ち、バリバリと食べながら俺に話しかけていた。いや、本当にかなり怖い。

「俺の名前は」

バリ。

なんだこいつは、食べながらじゃないと話せないのか? そのエビセンは実は何かのエネルギー源なのか?

「須藤ムクロ」

「骸?」

「違う、ムクロは夢の黒だ」

俺はその男の様子から骸という字の方がしっくりくるんじゃないかと思った。

ムクロはエビセンをバリバリと食べ続け、一枚を目の前で完食するとニタリと笑った。


「ご馳走様、ああ、美味しかった」

「そ、それは良かったな」

としか言いようがない。というかこの人俺に何の用だ?

男は目の前で腰に手を当てた。


「さて、おやつも食べたし、そろそろ良いかな?」

何が良いんだ?

そう思ったら、ムクロは何かを制服のジャケットの中から取り出した。それはやはりエビセンだった。丸いオレンジ色の、それはそれは美味しそうなエビセンだ。

「君の話は聞いているよ。菱形七瀬さんの暫定彼氏だってね」

「え?」

言われた言葉が分かりません。

「な、なんだ、それ?」

ムクロは長い前髪を手でかきあげる。

「しらばっくれないで欲しいな、暫定彼氏君。ちゃんと情報を握っているんだよ。だから俺は」

言いながらムクロがエビセンを構えた。

(なんであんなもの構える?)

嫌な予感を覚えた時、ムクロは動いた。

「だから君を倒して、彼女を手に入れる!」


言った瞬間エビセンが飛んできた。

「わ!」

そのエビセンを避けた。つーかどんなスピードで飛んできた? ありえない速さじゃなかったか?

俺は正面に立つムクロを見た。するとムクロがニヤリと笑った。

「え?」

無意識に横に跳んだ。その瞬間、俺の居た場所をエビセンが通過し、ブーメランのように戻っていく。

ムクロは戻ってきたエビセンを指で挟む。

「俺の攻撃を避けるとは、流石は七瀬さんの騎士。だが勝負はこれから!」


クロは俺に向かって走り出した。

「う、うわ!」

俺はワケも分からず逃げ出す。だって追いかけられたら、やっぱり逃げなきゃってなるじゃないか?

それは人間の条件反射というか使命というか、まあ、俺の場合いっぱい見た再放送アニメの影響かもしれないけどさ。とにかくジェリーはトムから逃げてあたる君はラムちゃんから逃げるんだ。俺がエビセン男から逃げるのも必然。

ヒュンと耳元で音がした。

「え?」

見ると俺の横を手裏剣! もといエビセンが飛んでいく。

ヒュンヒュンと次々に音が聞こえた。俺の横をオレンジのエビセンが次々飛んでいく。もしかして俺ってば上手くかわしている? そう思いかけて気付いた。あれはブーメランのように戻ってくるんだ。

前を見ると廊下の先でエビセンが回転して戻ってきた。

「うわ! これって物理法則無視してないか!? なんでエビセンがブーメランになる!?」

俺の叫びにムクロが答えた。


「ブーメランっていうのは揚力の差で倒れまいとする方向に自然に曲がるという、ジャイロスコープ効果を利用したモノなんだよ。俺はそのエビセンを食べる事によって形を変えているのさ!」

こいつは無駄に食ってたんじゃないのか。まさか武器の作成だったなんて。

そう考えながらも飛んできたエビセンを避ける。ヒュン、ヒュン。

「まだまだ!」

叫ぶと後ろからまたエビセンが投げられた。

「うお!」

俺は身体をくの字にしてブーメランエビセンを避けた。シュ! そんな音とともに俺のジャケットが裂けた。

「ええ!? まだ一ヶ月しか着てない制服が!」


俺はちょっと、いや、かなりムっとした。だって買ったばっかりの制服に傷がついたって知ったら、母さんに怒られるじゃないか?

最悪小遣いで買いなおせって言われるぞ?


丁度廊下の突き当たりにまで来ていた。このまま階段で上の階か下の階に逃げるという手も考えられた。けれど怒りに燃えた俺はそこで踏ん張ると方向転換した。

ザッ!

俺はムクロと対峙した。


「へえ、逃げるの諦めたんだ」

余裕の笑みでそういうムクロに俺は言う。

「残念ながら俺は七瀬さんの恋人じゃないんだよ。もちろん暫定ですらない。でも」

俺は腹に力を込めた。

「でも俺は彼女の騎士なのは確かだ。だから、彼女の負担を減らすために、俺はお前と戦う」


一世一代の啖呵をムクロは聞き流した。

「いいから刻まれな」

ヒュン、ヒュンとエビセンが飛んでくる。俺はそれをただ立ち尽くして待った。そして。


「エビセンは実は好物なんだよ!」

叫ぶと飛んできたエビセンを次々掴んだ。そしてバリバリと食べた。

「何!?」

ムクロは俺の行動に驚いていた。そして更に慌ててエビセンを投げ出した。エビセンは俺をめがけてヒュンヒュン飛んでくる。でもそれを掴んでは食べる。ムクロは悔しそうに顔を歪めながらも、異次元ポケットのようなジャケットから次々にエビセンを取り出す。けれど俺はそれを片っ端から掴んではむしゃむしゃと食べる。

「美味しいなー!」

「そんな……」

弾、もといエビセンが切れたのか、ムクロがガクリと廊下に膝をついた。


「俺のエビセン攻撃に怯まないなんて。しかも食べるだなんて……」

項垂れるムクロに言う。

「七瀬さんを好きなのは良いが、くれぐれも迷惑はかけるなよ」

それだけ言うとムクロを置いて校舎の階段を下った。



「見事な初バトルだったね」

「え?」

ふいに聞こえた声に振り向いた。すると下ってきたばかりの階段の上に、菱形リキが立って居た。

「今のバトル、見物させてもらったよ。いや、なかなか見事だったよ。あのエビセンホラー男を退治するなんてね」

俺は肩をすくめて見せながら言う。

「いや、褒められるほどの事はしてないですよ。思うにあの攻撃は普通にやればみんな勝てますよ。ただ普通の人はエビセンにどん引きして逃げ出して相手にしないだけですよ」

リキはゆっくりと階段を下ってくる。

「いやいや、それでも見事は見事だったよ。だってあれだけの枚数のエビセンを食べつくしたんだからね。230枚はあったかな?」

「そんなにあったのか!?」

聞いたら気分が悪くなった。

胸焼けを起こしそうになっている俺の前に、リキは回りこんだ。


「君は流石に俺が選んだ騎士だ。これからも頼むよ」

言われてちょっと引っかかった。

「ちょっと、待ってくれ。どうしてムクロは俺が七瀬さんの彼氏なんて勘違いをしてたんだ?」

その問いに、リキはやけに美しく微笑んだ。それはキラキラという擬音が聞こえそうな笑顔だったが、背景は真っ黒に見えた。

「ああ、俺が朝君に会いに行って、弟宣言したからね。もう学校中に君の噂は広がっているよ。君を倒さなければ七瀬に近づけないってね」

「は、謀ったんですね!?」

リキは微笑んで髪をかきあげる。


「ははは、君がバカなだけだよ。休み時間にあんなにたくさんの人間が君を観察に行っていた事にも気付いてないんだからね」

言われて気付いた。そう言えば今日は休み時間の廊下がやけに騒がしかった。

「ただ騎士が出来ただけじゃインパクトに欠けるからね、よりみんなが君に憎しみを持つようにしてみたんだよ。そう言うわけで、マモル、また次のバトルもよろしく頼むよ」

「またあるんですか!?」

俺の叫びにリキは楽しそうに笑った。王子のように綺麗だけど、綺麗な分ドス黒い笑み。


「当然だろう? 七瀬がどんだけモテると思ってる? 七瀬を好きな男は全員君とバトルの可能性があると考えていた方がいいぞ」

「は、はは……」

俺は乾いた笑いしか出なかった。なんだか想像よりも大変な事を引き受けてしまったんじゃないかと思う。

立ち去るリキの後姿を呆然と見る。黒い髪に黒い服に黒い性格。本当に悪の使いかよって突っ込みたかった。


「ていうか、あの人、自分で戦ったら良いじゃないか。それを何でわざわざ俺に戦わせる?」

俺の呟きが聞こえてしまったのか、リキが振り向いた。

瞬間ビクっと身構えた。けれどリキはニコリと微笑む。

「はは、決まってるだろう。面倒は他人に押し付けろ! それが俺の座右の銘だ。ま、俺がやっつければ簡単だけどね、誰かが俺の代わりに戦うのも面白いと思ったんだよ。ついでにそいつが困り果てたり慌てたりしてる姿が見れたら面白そうだから一石二鳥という奴だ」

リキは高笑いしながら歩き去った。それを愕然と見送った後で呟いた。


「悪魔だ」

まったくとんでもない奴に目をつけられてしまったと思った。


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