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Section.6 精霊



 突然現れた、クルクルと回りながら宙に浮く、謎の歯車。

 歯車。まごうことなき歯車。歯車なのに浮いている。

 理解の難易度星五つはありそうなそれにより、月島は思考停止に陥りかけて。


「今、話しかけたのだが? 聞こえなかったのか?」


 尊大で偉そうな喋り方。歯車が意思疎通を試みている。

 信じられない。

 見下すような物言いに、腹が立って再起動した月島は、どうにか此奴(こやつ)の正体を探ろうと、目の前に展開されるステータスボードに視線を走らせる。

 やはり目に付くのは、直前まで見ていた能力:「精霊刀」。

 小声で尋ねる。


「お前は精霊か?」

「如何にも。『星と生命の媒介者』が一柱、アグノスである」


 鷹揚な名乗り。「星と生命の媒介者」などと言われても、月島にはまるでピンとこない。重力のことか? と少し考えるくらい。

 そして彼にはそんなかっこいい肩書きなどない。「どうも、ただの月島陸斗だ」と皮肉交じりに返した。

 なんとか皮肉を絞り出せたのが信じられないほど混乱し、混濁する脳ミソを、はぁーと溜息を()く間に無理矢理落ち着かせる。


「もう少し精霊らしい姿もあるだろうに。何かの象徴か?」

「うむ。我は生命輪廻の原動力を現世に映し出す精霊。言わば命の歯車である」

「なるほど」


 胡散臭い。思わずしかめ面になる。月島は、なるべくこの手の怪しい輩との接触は避けてきた。

 変なリスクを負っても困る。好きなことに全力を尽くすためには、それ以外の些事についてはなるべく平穏かつ順風満帆であることが望ましいだろう、という心持ちだ。


「で……」

「ちょっと待て。お主と我は、声に出さずとも意思疎通は可能だ。別に我は通常の会話でも構わんが。そして我のことは、お主以外には知覚出来ない」


 便利が急展開している、と月島は目眩を覚える。この部屋は監視されていることが判明したのち、自らの能力と関わりのありそうなこの精霊アグノスという存在は、自分以外には見えないし聞こえないと言われたのだ。

 私服のセンスが中二で止まっていたとしても、人生の苦味については大体掴めている大学四年生、都合が良すぎると考えてもおかしくない。


(確認のための質問だが……お前は、俺の『精霊刀』という能力にまつわる何かか?)


 とりあえず、届けっ俺の思いという風に、月島は思念を発信してみた。


「そんなに強く念じる必要はないが。うむ、そのように捉えてもらっても構わない。尤も我は、呼ばれたような気がしたから来ただけであって、その能力によって生じた存在ではない」

(こういうエスパーチックな会話には、何かコストを支払う必要があるか?)

「普通は必要だ。お主のステータスでも見えているであろう、MP(マジックポイント)を消費する。だが今のケースでは必要ない」

(なぜだ?)

「お主の能力『精霊刀』によって、我と同調(シンクロ)した状態にあるからだ」


 シンクロという言葉に、アグノスの胡散臭さレベルを一段階引き上げる月島。

 シンクロナイズドスイミング以外の「シンクロ」には、集団心理を掻き立てる煽動的ニュアンスが含まれていると彼は思い込んでいる。


(……『精霊刀』というのは、どういう力なんだ?)

「今まで話した、一柱の精霊を呼んで自らと同調(シンクロ)させるのと、あとその力を刀に昇華させる。まあそれだけだ。とてつもなく珍しいが、強い能力というわけではない」

(うん、シンプルで分かりやすくて素晴らしい)


 月島は、満足そうに頷く。だが目前の歯車はどうにも胡散臭いため、念の為と確認は怠らない。


(嘘だったり不足だったりはないだろうな)

「あるはず無かろう。信用がないな」

(初対面の未確認浮遊物体にそんなもの抱けるわけないだろ)


 突き放すように返答しながら、月島は部屋の過半を占めるベッドに身を投げ出す。色々疲れたのだ。だが材質は、あまりいいものではない。寮の備え付けのベッドより悪い。

 肩の凝りやすい月島は、悲しみの涙を流したくなる。


(このまま寝ようかな)

「なんだ寝るのか? 他に聞きたいことはないのか?」

(そうだな……)


 元来そこまで質問する人間ではない彼は、暫し考えて。己が先ほど感じた疑問をあっと思い出す。


(レベル3でステータスの数字が100以上ってどうなんだ? この地球じゃないっぽい世界的には)

「うん? それは相当高い方だと思うが、お主の年齢は20以上あるだろう? 普通レベル3というのは、10歳くらいの頃には超えるからな。基礎的能力が成長している大人である分、ステータスも高くなっているのではないか?」

(おお、納得してしまった)

「ところでお主。見た所、体がかなり固そうだが……それで、切れ味鋭い刀を振り回したら危ないのではないか?」


 それは盲点だったとばかりにギョッと目を瞠る月島。潜在的に固いだけでなく、最近は勉強ばかりなせいか、正座を三分行うことすらしんどいのだ。腕の筋肉もよく張る。

 そんな状態で敵に刀を振りかざし、切れたのは自分の首でしたとなっては笑えない。


(どう解決すればいいだろうか? というか解決するのか?)

「ステータスにSP(スキルポイント)というのがあるだろ?」

(いや、ありませんが?)

「ん?」


 カタッ、と15°くらい回転する歯車。まさか、それが感情表現なのかと月島は訝しむ。

 大変分かりにくい。


「おかしいな。ちょっと弄らせて(・・・・)みろ」

(えっ、待っ……)


 寝転がる月島は慌てて起き上がるが、時すでに遅く。展開されっぱなしだった月島のステータスボードの中に、歯車が吸い込まれる。


「なんぞこれは、非表示になっているものが多すぎるぞ……第三者の作為を感じるな」


 壊れたテレビのように、ザザザッと砂嵐状態になるステータスボード。聞こえてくる呟きとともに、あいつ何やってんのと、胡散臭さメーターが振り切れる。


「ふう。やっと終わったぞ」


 再び歯車が月島の目に映った時には、なんということでしょう。

 名前とレベル、各種ステータスに、あと一つの能力しか記載されていなかった簡素なボードが。


名前:月島陸斗

種族:地球人

魂魄:良

精神:良

状態異常:なし


Lv. 3

攻撃:114, STDV=1

防御:102, STDV=1

魔法攻撃:108, STDV=4

魔法防御:110, STDV=2

俊敏:107, STDV=3

HP:118/118

MP:104/104

SP:100341

LP:106


【能力】

「精霊刀, Lv.1」「数理, Lv.6」「精神耐性, Lv.5」「文章力, Lv.3」「剣術, Lv.3」「体術, Lv.2」


【召喚者ボーナス】

「地球外異言語」「全盛期:already applied」


 かなり情報が増えたと慄く月島。


(え? なにお前、もしかして設定ボタンを表す歯車?)

「意味が不明だが、貶されている気分だ。さっきの続きだが、SPというものが現れただろう? そこを押してみろ」


 言われたままに、恐る恐るクリックすれば、液状化した液晶画面という感触。ステータスボードの画面は、「取得可能能力一覧」と銘打たれた別ページに移動した。


「その中に、『軟体』というものがあるはずだ。それを押しながら、取得と念じてみろ」


 これも、言われた通りにする。すると、ステータスボードは初期画面に移り、能力のところに「軟体, Lv.1」が追加されている。その代わりにSPは15だけ減り、100319になっていた。


(お……おおおおおっ!!)


 同時に知覚される、自らの体の変化。月島は興奮しながら、足を横に開く。


(やわらけええええ!)


 90°も開かなかったはずの両足が、ほぼ180°に開く。


(正座、辛くねえええ!)


 膝にギシギシ負担をかけるはずの、古来より伝わる拷問的座り方が、全く苦にならない。


(歯車。お前胡散臭いけど、大好きだよ……)

「胡散臭いとはなんだ」


 一言余計だったが、月島は本気で感謝していた。情報は、金にも勝る。優秀なアドバイザーが付いていたとは考えられない、自分が戦ったあの子供みたいな能力じゃなくて良かったと、自らの運に万歳する。


「しかし、SPが10万もあるとは、お主はどれだけ努力してきたのだ?」

(どうした?)

「うむ。SPの取得条件は、努力を積み重ねることなんだが……お主くらいの年だと、普通は通算して二万貯まればいい方だぞ」


 呆れたような声をかけられて、目を細める月島は。額に右手の中指を当て右肘に左手を添えるという気取ったポーズを取り出した。


(ははっ。何を言っている。俺が、努力?)


 そのまま彼は、キラリと歯を輝かせ、涼やかな笑みを浮かべる。


(才気に満ち溢れ、まさに神に愛されたる月島陸斗様が? ありえん。勉強でもスポーツでも、なんでも卒なくスマートにこなしてきたこの俺だぞ?)


 ニヤリと自信満々に、胸を張り。


(努力などという泥臭くてカッコ悪い言葉など、まさに無縁!)


 そう心の中で、歯車に対し言い切った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 はずだった。


(母さんにさあぁ……ぼくが周りよりちょっと出来るからってさあ。期待され過ぎちゃってさあ……)

「うむうむ」

(別に圧倒的ってほどでもないのに、分不相応なほどの英才教育が施されて……ぼくだって母さんに期待されてるって分かってるから……がっかりさせたくなかったから、頑張って頑張って……)


 一時間後、ベッドの上には、メソメソしながら三角座りする月島の姿があった。


(色んなもの犠牲にしながら……どうにかいい大学に入って。でも受験終わった後は、虚無感しかなくて。心のどこかで、ぼくのこれまでに、なんの意味があったんだろうって)

「うむうむ」


 うじうじうじうじ、月島は湿っぽい念波を歯車に送り続ける。


(ぼくの人生に、いったい価値なんてあるのかなってさ。最近は、やってる学問が面白いって思えて、いくらか張りのある生活を送れてるんだけど……卒業が近づいて将来が不安で、さらに卒論が上手く描けるか全然分からなくて……)

「うむうむ」


 歯車は、もう「うむうむ」しか返さない。「こいつめんどくさい」が、極限まで飛んでいた。SPの貯まる秘訣の話なんて振らなければ良かったと後悔している。


(でもさ。努力で増えるっていうSPがきちんと貯まっててさ。今まで積み重ねて来たものは決して無駄じゃなかったんだって思うと、ちょっと救われた気分になるよね。ちゃんと神様に、見てもらえてような気がして……)


 涙を袖で拭きながら、弱々しく笑う月島に対し、「うむうむ。努力は結ばれる。その卒論とやらも将来も、きっと上手くいくさ」と適当に耳触りのいいことを並べつつ。

 歯車の精霊は、強気の皮を一枚剥けばこんな弱々メンタルになるメンヘラ野郎と契約する羽目になった自分の不幸を、軸の中心(腹の底)から嘆いていた。


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