Section.5 能力
魔法的でファンタジーな木。物理的に折られてもそのままだが、たとえ折られた状態だったとしても、燃えさえすれば再生する。
早めにその性質を知れたおかげで、月島は死合を制することが出来た。相手に周囲を観察する能力がなくて良かったと、彼は強制的に眠らされる寸前に安堵する。
目が覚めた時には、戦闘開始前に閉じ込められていた、ほぼベットとトイレしかないような狭い部屋に戻っていた。
「なあおい」
月島は突然、誰がいるわけでもないのに、空気に向かって尋ね出す。明確に、何者かに対して話しかけるように。
/何かね?/
すると、あのフィールドに連れて行かれる前に響いた声が、再び月島の耳に届く。
やはり、と彼は心の中で呟いた。この部屋は監視されている。
敵の少年が、チートだハーレムだなどと戦闘開始直後に喜んでいたのが、月島にはずっと引っかかっていた。
戦いは初めてっぽかった。月島と同じく。
彼の置かれた状況が、自分とそう変わるとは思えない。
いきなりこんなところに詰め込まれて、あんな神経質そうな子供が、物事を楽観的に考えられるはずがないのだ。
つまり、ここは魔法が使える夢の場所で、チートによって身体的にも社会的にも強くなれるぜというような、耳触りのいい希望を誰かから吹き込まれている、と推測出来る。大方、独房のなかでパニック状態になっていたところを、監視者に見咎められ話しかけられたのだろう。
そこであの火の魔法のような、色々な情報を手に入れたと。
その想像はほぼ正しい。だが月島は、ここに連れて来られた者の殆どが初戦闘前に特殊な能力に気づいているというのは知らない。怪しげな儀式をかけられる前に打たれた麻酔が早く効き過ぎたため、「これから異世界人用の能力発言の儀式を行う。失敗すれば身体はボン、だが」という物騒な事前説明を聞いていなかったからだ。
実のところ、連日の卒論作業の結果疲れ果てていたという事情が彼にはある。よって戦闘前の通信で、「能力」という言葉が出た時に狼狽える羽目になった。
「ここは日本か?」
/ニホン? ああ、君の故郷だね。魔法が使えないとかいう。違う/
「はは。なんというか、地球ですらなさそうだ」
これでは警察によるこの犯罪集団の捕縛どころか、警察の存在にすら期待出来なさそうだ。月島は乾いた笑いをあげる。
「さっき相手した奴のことだが」
/うむ、勝利おめでとう/
「ありがとう。奴はどういうわけか火を操っていたわけだが、あれは『能力』か?」
/そうだね/
「俺にも似たようなのがあるのか?」
/なんだ、知らなかったのかな? 私は死合を見ていないが、よく勝てたものだね/
よく勝てたもの、か。月島自身もそう思う。
あんな特殊な力を持つ相手に、一般人は普通勝てない。
「どうやって調べられる」
/それも聞くのかな。君たちの世界には、そういう能力を閲覧出来るお約束というものがあるらしいじゃないか。まあ聞かれたら答えるけれど。『ステータスオープン』と唱えてごらん/
え、と月島は硬直した。さすがに22にもなってそんな幼稚なことを言うのはなぁ……というのが彼の建前だ。だが知らなければ、この先生死にも関わってくるかもしれない。
仕方がないなあ。
本音では、「カッケェ! ヤベェ!」と興奮していた。
恥ずかしげにぼそりと、「ステータスオープン」と言ってみる。
「……おおっ」
途端に目を輝かせる月島。空中に浮かぶ半透明の板に、攻撃力や防御力など、昔ゲームで見たような項目が並んでいて。すげえすげえと、心の中の中二ボーイが騒ぐ。
地球じゃ絶対に観測出来ない代物だ。
統計系の学問を嗜む大人で冷静な面の彼も、そういう潜在的な変数がどれだけ貴重なものか、身に染みて知っている。溢れそうになる感涙を、グッと抑える。
「これは、自分の情報は、他者からも見えるのか?」
/いや、鑑定などの特殊な能力を使われない限り見えないよ/
「……なるほど、ありがとう。また質問するかもしれない」
/勤務時間内ならいつでもどうぞ。では/
なんとなく感じられた気配がなくなる。通信が切れたのだろう。
「時計もないのに、勤務時間かどうかなんて判断出来るわけないだろ」
如何しようも無い事実を指摘しつつ、垂涎モノの数字に目を通す。どれも100以上ある。今のレベルは、3。彼のやったことのあるゲームに比して、些か高過ぎるように感じる。
だがそれは、株価がアメリカドル表記か日本円表記かのような違いかもしれない。
「無論変動レートじゃないだろうが」
数値が1増えることがステータスにおいてどれほどの価値を意味するのか、それが重要。体感としては、今の体は普段と比べ物にならないほど軽い。なので、あまり低い数字ではないと信じたい月島。身体能力に大きく差をつけられれば、簡単に殺されてもおかしくない。
先ほどの死合で痛感させられた。
自分が勝てたのは、相手の運動能力が劣っていたのが一番大きいと自覚している。
「数字の下は……これが能力とやらか」
「精霊刀」。厨二心を刺激する三文字。悪くない、と月島は満足げに頷く。彼のセンスが十四歳で止まっているのは、骸骨模様とDEATHなどの英語をあしらわれた私服にありありと表れていた。
ゼミ同期や後輩の女子からダサいと叩かれていることなど、想像もしていない。
「今ここで、試してみたい気もするが……」
先ほど確認した通り、この部屋は監視されている。日本、いや地球でないとしても、ここから脱出はしたい。狭くて息が詰まるし、ただ閉じ込められているだけでは、帰る手立ては絶対見つからない。
早く戻って、卒論の続きをしなければ。
というわけで、月島としては脱獄の対策が立てられないよう、なるべく手の内は晒したくない。だがどの道、また死合があれば観察されるのだ。
方針を決めかねていると、「おい」という高い声がした。
「ん?」と、声の方向を見やり、月島は目を丸くする。
荘厳な雰囲気を放つ、重厚な歯車。
が、クルクル回りながら浮いている。
「……は?」
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「本当に異世界人の召喚が、敵への有効打になるのか?」
「どうなんでしょうね。まあ『お告げ』ですから、信用するよりほかはないんですが」
背中に大きな羽を讃える、天使族。
彼らはまた、拉致してきた異世界人同士の戦闘を眺めている。軍人である彼らにとって、素人同士の稚拙な殺し合いなど、はっきり言って何も面白くない。仕事だから、渋々見張っているだけだ。
「お互いに殺しあってるのに、いざ殺すとなると躊躇する輩が多いな。どういう教育を受けたらそうなるんだ? 腑に落ちん」
「さあ? まあ世界には世界ごとのルールがあるんでしょうよ」
「その点で言えば、二つ前の死合のあの男は悪くないのだがな。躊躇いなく相手を絞め殺しおった。無能力か、戦いで役に立たないゴミ能力なのは残念だが」
肩を竦める若い天使に対し、中年の天使は不満そうに鼻を鳴らす。「ああそのことですが」と若い方は口を開く。
「彼は能力のことについて何も知らなかったようです。儀式の前に、すぐに眠ってしまったらしく。疲れていたのでしょうか?」
「何だと?」
驚く中年の天使。泥仕合になりつつある眼下の戦いを見ながら、青年天使はつい先刻の報告を思い出す。
「能力をまだ使っていない。彼を評価するのは、早過ぎますよ」
青年は笑う。だが中年の方とは違い、実験番号580071については「能力」など重視していない。
彼の真価は知恵にあると考える。一目見た時から他の異世界人、いやこの世界の住民含めても、言葉に出来ない凄味を彼に感じた。特に狡猾さでは群を抜いているのではないかと、直観が働いたのだ。
「580071は知ってるはずだ。敵への対処の方法を」
ひょっとしたら。
もしかすると。
神からの忠告は、彼のことを指していても不思議ではないとすら青年天使は考え、警戒していた。