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Section.3 熱波


 逃げ始めてから、五分経った。

 走りにくい腐葉土の上を懸命に進む月島の背後から、猛烈な熱波がガンガン届く。


「あっつっ!?」

「ははっ逃げるなよ」


 焦がされ、焦る月島は冷静な判断を下せない。後方を見て、次なる攻撃準備が整っていることに気づいた彼は、よりにもよって木の幹の裏に身を隠そうとする。

 燃焼音を豪快に立てながら、迫る火の玉。籠められるエネルギーが大きいのだろうか、通常の三倍速ほどで燃え上がる木。炎に呑まれたかに見えた月島だが、煙を纏いながらもなんとか出てくる。

 ゴホッゴホと咳をしたのち。


「環境破壊するな」

「大人はすぐそう言うね。くだらない」


 こんな狂気の炎魔人から森で逃げ回るのがどれだけ難しいか、月島はもう十分以上に理解していた。

 このままじゃジリ貧だ。

 燃やされた木が、瞬く間に芽吹き成長して、元どおりに再生する。すでにステージの3分の2の木々は燃やされたはずだが、すべて復旧している。異常な再生力ではなく、異常な防御力を誇って欲しかった。

 隠れようとしても辺り一面焼き払われる。運動能力はどうやら月島の方が上らしいが、突き放すほどではない。よって戦略が立たない。逃げるしか選べない。


「なんでこんなことに……」


 大学に授業を聞きに行って、時には友人と駄弁ったり発表したり、パソコンでシミュレーションソフトや統計ソフト動かしたりして帰れば良かった、そういう毎日に慣れ親しんだ者に与えられる試練としては、苦行というほかない。のんびり机に向かいながら、隔月発行の経済雑誌を読みたいお気持ち。


「そろそろ決めるか」


 後ろから声がした。全身に悪寒の走った月島は、咄嗟に飛び受け身した。チリッという音が髪より鳴ったのを聞いたのち、グルグル転がる。腐葉土に混ざる枝などが地味に痛いが我慢。


「久々にやったが意外と出来るものだな」


 自分の進行方向が燃え盛っている。きっと火が鉄砲玉のように打ち出されたのだろう。「常識はどこに行ったんだ」と迷子の子供を探すように、再び駆け出す月島。


「運動出来て羨ましいなぁ殺したい」


 高く気持ち悪い男の声に、そこに秘められる鬱屈した精神に、月島は舌打ちする。自分だって昔は落ちこぼれだった。運動も、今は得意な勉強すら。中学までは天賦の才というのもあるかもしれないが、高校からは努力が実を結び始めるのを彼は知らないのだろう。

 こんな奴に自分は殺されてしまうのか。違うだろ。戦略がないなら捻り出せ。月島は覚悟を決める。


「あいた!!」


 覚悟を決めた途端、顔に太めの枝がぶつかった。周囲の環境への集中力が減っていたらしい。気をつけろ俺、と身を引き締める。後ろに視線をやれば、あの少年はかなり遠い。

 そろそろ決めるとか言っていたが、じわじわ嬲って体力を奪う戦略に移行したのか。単に疲れただけかもしれない。


「それは希望的観測か……ん?」


 過ぎ去っていく、先ほど顔面を強打した場所。

 枝が折れている。妙に脆いなと月島は感じる。

 燃えるのが速いのは、材質的な問題なのだろうか。

 木々を観察する目を鋭く光らせる月島。思いの外、幹の細い木々が多い。

 納得したようににっこり笑い、「これは使える」と呟いた。


=========


「この勝負は、決まったも同然だな」


 煙管(キセル)(ふか)す中年の男が、フーッと煙を吐いたのち、目下に繰り広げられる一方的な戦闘に失望したような声を上げる。上半身、特に肩付近はがっちりしている。しかし対照的に足は細い。羽のある天使という種族の、典型的な体型だった。


「あの炎を出す異世界人は、(やつら)に対してそこそこ有効じゃないか? 雑魚以下は基本的に火が苦手だ。もう一人の方は能力を使おうともしない。外れだったんだろう」


 つまらなさそうに喋って、「あとは頼んだ」と控えていた若い天使に仕事を任せながら部屋を出て行こうとする。


「勝負は決まりましたかね?」

「ああ? 当たり前だろう? 一般人では異能者には勝てんよ」

「そういうものですかね」


 中年の天使と違い、若い方は興味深そうに死合(しあい)を観戦している。どちらかの何かが琴線に触ったのか。物好きな男だと断じて、中年は出入り口の前に立った。スーッと扉が両開きになる。

 出て行こうとする寸前、思い出したかのように立ち止まる中年の天使は、若い天使に振り向いた。


「そういえば君。異能を使ってない方の異世界人が召喚され、椅子に縛り付けられたあとに。直接会いに行ったそうじゃないか。どうしてだい? 君はそこまで、暇じゃなかろう」


 質問される若い男は、頭をカリカリと掻く。「実験番号580071のことですね」と前置いて。


「あなたは、あの少年に何か感じませんか?」

「別に? 異世界人など皆一緒だ」

「それは違います。彼らも我々と同じく、個性を持ってます」


 タッ、タッ、タ。部屋の内に戻る中年の天使。


「君も、『異世界人の人権を守れ』とか主張するあの集団の賛同者なのかね」

「ノー、です。異世界人は資本ですから。償却の期限まで使い潰しましょう」


 互いに笑い合う、世代の異なる天使たち。年長者が、この部屋にある唯一の椅子にドカリと座った。


「ならなぜ異世界人の個性などと」


 戦闘を尚も面白そうに見続ける若い天使は、「そうですね」と考えたのち。


「どこで足を掬われるか。分からないからですよ」

「フン」


 中年は鼻で笑い、椅子から立ち上がって再び部屋の外に足を向ける。


「あ、見てください」

「ん?」


 眼下を指で示す若者に釣られて、中年もバトルフィールドに視線を向けた。すぐさま「なっ」と驚愕し、顎に手を当て考え始める。


「異能を使っていない方が、勝ちましたね」


 唸りながら、どこか欲望に目を光らせている自らの上司を尻目に、若い天使は口を半月状に歪めた。「僕の勘、結構いい線行ってる」と呟いたのち、小刻みな足取りで部屋を後にする。


「実験番号580071は、我々天使族のいい兵器になるでしょう」


 くぐもった小さな声は、廊下を進む足音に負けて、響かない。


(やつら)を皆殺しにするには、彼の知恵が必要だ」


 彼の目には悲壮な決意が、秘められていた。


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