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プロローグ

 ある年の、11月も中頃のこと。

 首都の一角にあるとある大学のキャンパスでは、イチョウの葉が眩しく鮮やかな黄に色づくほか、副産物の肥大化した胚珠が、構内に独特の匂いを撒き散らしている。

 四限も終わった午後四時四十五分、学生はぞろぞろと門を潜って駅へ向かう、落葉と銀杏(ぎんなん)を踏みつけにして。しかし、五限のある真面目な生徒はまだ帰れない。粛々と講義が行われる教室へと向かっていく影はどこの科の棟にも疎らに見受けられる。

 その一人、経済学部四年の月島陸斗は、自らの所属するゼミが開かれる、五階の部屋を目的地として、階段を上っていた。いつもはエスカレータを使う彼だったが、今日はなぜか、階段を一歩一歩丁寧に踏みしめていく。

 ガチャッと、二、三十人ほど収容可能な部屋の扉を開くと、すでにゼミ生は半分以上揃っていた。電気が、文明の利器が明るいぜとズレた感想を抱きつつ、毎回座る特等席へと足を運び、荷物を置く。


「今日発表だよね?」


 仲間かつゼミ長の袴田から声をかけられ、往生際悪く次回に回してくれない?、などと冗談めかして返したりもせずに、月島は「ああ」と首肯する。


「資料はツードライブにあげといたぞ」

「あんがと」


 短く答えた袴田は、黙々とスクリーン・プロジェクターの準備を始めた。彼にとっては慣れたもので、とても手早い。


「エラく余裕だね。先週安島先生にコロされたばかりなのに」


 特等席に戻っていく月島に対し、袴田と同じくゼミ仲間である増井が話しかけた。「コロされる」とは、「卒論のテーマとして不十分」と判断され、指導教官からその見直しを命じられるか、あるいは変えさせられることを指す。今までの努力が無に帰すことすらある、今年度で卒業する学生にとって一番避けたいものの一つだ。

 そして月島は、先週コロされていた。


「ま、なるようになるだろ」


 曖昧に回答を濁す月島。その時教室の扉が開き、「こんにちは」とニッコリ笑いながら安島教授が入ってくる。


「今日は、卒論の中間発表?」

「そうですね」


 教授の問いに対し、袴田が答える。同時に、スクリーンに彼の操作しているパソコンの画面がパッと映し出された。

 午後五時になれば、ゼミ生も大体集まり、「じゃ、始めようか」と安島教授はゼミ長に視線を送る。


「はい、では始めさせていただきます。まず、連絡事項のある方……。いないようでしたら、早速発表の方に入らせていただきます。担当者の方」


 音もなく立ち上がり、教室の前方に淡々と歩を進める月島。アカデミア畑のゼミ生たち及び教授は誰も気づいていないが、歩き方に妙にキレがある。それこそ彼は、一週間前までは周りと同じく運動不足な学生だった、はずなのだが。

 プレゼンを行う定位置に立った月島は、自然体だが背筋はピンと伸びている。ゆったりと、教授と仲間たちを見渡して……、スライドの拡大ボタンを押した。

 スクリーンに大きく表示される、「卒論中間発表 月島陸斗」の文字。


「それでは、僕の方から卒論発表を始めさせていただきます。まあ、先週コロされたばかりなのですが……」


 ドッと笑いが起こる中、「なので、テーマを変えさせていただきました」と月島は笑顔で言う。


 カタッ、キーボードを押して次のページへ。

 その瞬間、ゼミ生の目は点となった。

 五秒ほどタメてから、再び月島は話し始める。


「はい、皆さんがそうなってしまうのも無理はありません。なにせ、こんなに非現実的かつ厨二的なテーマなんて、日本見渡してもなかなかないでしょうから」


 左手の人差し指でスライドを指差しながら、彼は。

 ゆっくり、大きく丁寧に、感慨深そうに宣言する。


「僕の卒論テーマは、〈異世界〉です!」


 すると。

 周囲がポカンとしている中、いつもただただニコニコ顔の教授だけ、面白そうだとばかりにニヤリ(・・・)、頰を大きく屈曲させた。


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