9 お隣さんと勉強会
「え?茜音…」
茜音が僕の家の前に立ち尽くしている。まさか僕を待っていたのだろうか。
「早く行こ」
茜音は身体をモジモジさせて言った。そして、彼女は僕にそう一言告げると歩き始めた。
学校に行く途中、会話は一度もなかったが、茜音の横顔からは優し気な表情が見て取れた。何かが吹っ切れたようなそんな顔をしていた。そんな彼女に僕は少しほっとした。
相変わらず、茜音は学校で一人だったが、最近、たまーに茜音と話している人を見かけるようになった。
なんだか茜音は前より少し明るく、角も取れた気がする。この調子なら友達も出来るだろう。
「おーい、栄斗今日部活休みだから三人で帰ろーぜ」
放課後になると一真に呼び止められた。
「うん、あっでも……」
「一真、栄斗は忙しいんだよ。下校デートに」
一輝はニヤケながら言った。
「はぁ……良いなぁ、栄斗。俺もあんな可愛い彼女欲しいぜ」
一真は深くため息をついた。
「だから言ってるだろ。デートでもないし、彼女でもないって」
あの日から何故か茜音は放課後門の前で僕を待ち伏せているのか、毎日一緒に帰ることがいつの間にか日課になった。帰り道は同じだし、それに断る理由もないから別にいいのだが…。
「はいはい、それじゃバイバイ栄斗」
何を言っても信じてもらいと分かったので、ぶっきらぼうに手を振っておいた。
「よう」
門の前に着くと茜音に声をかけた。
「栄斗、遅い」
いきなり怒られた。
でも茜音の顔は何だか嬉しそうだった。ほんとよく分からないな、茜音は。
「そういえば、もうすぐ定期テストだな」
もうテストは一週間前にまで迫っている。
「茜音は勉強進んでるのか?」
「はい、私は毎日復習してるので」
茜音は自慢気に言う。
「可愛い」思わずそう呟きそうになったが心の中にとどめておいた。
「僕はちょっとやばいな」
「勉強苦手だし……」
「じゃあ…勉強会……」
「ん?今なんて?」
聞き取れなかったので聞き返した。
「だから!勉強教えてあげる!」
茜音はいきなり声を上げた。
「う、うん。じゃあお願い」
茜音に圧倒されて思わず返事してしまった。
「じゃあ、日曜日僕の家で良い?近いし」
茜音の家に上がるのは気が引けたので自分の家を提案した。
日曜日、僕の家には茜音が来た。
早速、机に数学の問題集を広げる。
茜音もカバンから英語の教科書を取り出すと静かに勉強を始めた。
机が小さいから、少し距離が近いなぁ…。もう少しで肩が触れそうな近さだ。茜音からほのかにシャンプーの匂いがする。
もう何時間勉強しただろうか。えっと、一時からだからもう四時間か。
茜音は言い方には問題が多かったが、説明はとても分かりやすかったので、すぐに理解できた。
お茶でも入れようかと立ち上がると、インターフォンが鳴った。
扉を開けるとそこにはクッキーを持った、結衣さんがいた。
「あれ、もう帰ってたんですか?」
「うん、ちょっと前に帰ったからクッキー焼いて持ってきたの」
「ひょっとしてお邪魔だった?」
「いえいえ、そんなことないです」
と言って結衣さんを家に招き入れた。
「へぇー、部屋の形が全然違うね」
それもそのはずだ。僕の家は角部屋だからだ。しかし、窓の前にちょうど木があるので日当たりがとてつもなく悪い。
「あ、お姉ちゃん」
「茜音ちゃん、邪魔してごめんね」
結衣さんは僕らが一緒に登下校するようになってからこのようにからかってくる。
「そんなんじゃないから。ただの勉強」
茜音の表情に薄暗い雲がかかる。
それを察した結衣さんは話題を変える。
「あ、じゃあ今日栄斗くんも一緒にご飯食べない?」
「え?良いんですか?」
「うん、いいよ。茜音ちゃんも良いよね?」
「…うん。別にいいけど……」
茜音はペンを動かしながら言った。
結衣さんは何故だかニヤリと笑っていた。
「はい。じゃあ決まりね。それじゃあ私は今からご飯作るからできたら呼ぶね」
そう言って結衣さんは僕の家を出た。
茜音が何か不満気な顔をしている。
「どうかした?」
「いや、別に。お姉ちゃんと話してる時は私の時とは違って楽しそうなんて思ってないから」
いやいや、茜音さん?心の声漏れてますよ。ん?これは嫉妬もしくはやきもちってやつなのか?
「それはつまり結衣さんに対する僕の態度にやきもちを焼い………いえ、何でもないです」
茜音の表情は笑っていたけれど、何故だかとても恐ろしかったので言うのをやめておいた。
ピンポーーーン
「お邪魔します」
普段ならしないが靴を並べる。
「いらっしゃい、栄斗くん。おかえりー、茜音ちゃん」
「ただいま」
茜音は無愛想に答える。
「じゃあ二人とも座って座って」
机の上にはハンバーグ、サラダ、ご飯が三つずつ並べられている。
「美味しそう…」
「「「いただきます」」」
ハンバーグをお箸で切り分けて口にいれる。
うん。やっぱり結衣さんの料理は美味しい。なんというか、味付けが僕好みでちょうど良いバランスだ。
ご飯を食べ終わり、僕は結衣さんと一緒に食器を洗い、茜音はリビングでまた勉強をしている。
「そういえばもうすぐ体育祭よね」
よくあんなに勉強が出来るなと感心していると不意に声をかけられた。
「はい、そうですけど」
「うーん、私も見に行こうかな」
「それと、茜音ちゃんのことなんだけどありがとね」
その言葉だけで意味を察して答えた。
「僕はきっかけを作っただけで、茜音が自分で乗り越えたんですよ」
あの日の夜の出来事は黙っておくわけにもいかないので、結衣さんにも僕から話してある。
「でも、私は何も出来なかったから…」
「そんなことはないですよ。少なくとも茜音はそんな風には考えていないと思いますよ」
「それに茜音ちゃん、最近とても楽しそうだから。特に栄斗くんと一緒の時はね」
「そんなことは…」
「ふふふ、栄斗くんは可愛いね」
結衣さんは口元に手を当てて笑っている。
それにしても結衣さんのエプロン姿は最高だなぁ。
「これからも、茜音ちゃんを宜しくね」
「はい。任されました」
僕がそう言うと結衣さんは今度は晴れ晴れとした笑顔を僕に見せた。
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