7 お隣さんと栄斗の決意
席替えから数日が経った、土曜日の昼過ぎから、僕は図書館に向かった。何故なら、もうすぐ高校生活で初めての定期考査があるからだ。
一真と一輝も誘ったのだが、一真と一輝は水泳部に所属しているので、忙しいようだ。なので、一人で勉強をしている。
「はぁ〜、疲れた」
勉強に区切りがついたところで集中が完全に切れた。
自分で言いたくはないが、僕は集中力が乏しい…。中学の時もテスト勉強に対するやる気はあるのだが。いつも直ぐにやめてしまっていた。
自分の好きなことだったら何時間も集中出来るんだけどなぁ…。
三時間程で勉強を終え、図書館を出ると、今度はゲームセンターに向かった。
ゲームセンターに来たのは久しぶりだ。引っ越す前はよく来ていたが、兵庫に来てからは何かと忙しくて行く暇がなかった。
ゲームセンターで二時間程過ごして、暗くなってきたので、スーパーに寄ってから帰ることにした。
「きゃっ」
キャベツを探していると、曲がり角で誰かとぶつかった。
相手の落とした玉ねぎを拾い、
「すみません、不注意でした」
と謝ると、そこには尻もちをついている茜音がいた。
最悪だー。やってしまった…。茜音はぶつかったのが僕だと分かると、目も合わせずにその場を立ち去っていった。
やっぱり怒らせてしまったか……。
今日は結衣さんはいないようだ…。まったく、今日の運勢は最悪だな…。
若干落ち込み気味でスーパーを出ると、辺りはもう真っ暗だった。この辺は街灯も少ないので、夜はとても暗い。
何故だか少し前にスーパーを出た茜音が心配になってくる。嫌な予感がする…。それに今日は曇りなので外はいつもより一段と暗い。
もし茜音に何かあったら……。そう考えた時にはもう僕は走り出していた。
僕はダッシュで見慣れてきた道を進む。
すると、突然女性の悲鳴が聞こえた。悲鳴の先には、三つの人影が見えた。
もう僕は茜音のことで頭がいっぱいである。
近づくとようやく見えてきた。
そこには茜音と男二人がいる。
「茜音!」
気付いたら叫んでいた。
男と茜音の間に割り込むと再び茜音に声をかける。
「おい、茜音大丈夫か?」
見れば分かった。茜音は震えている。
何言ってんだよ、僕は…。
見れば大丈夫じゃないことくらいわかるだろ!そう自分に言った。
「おいおい、にーちゃん邪魔するなよ」
男の一人がそう声をかけてきた。
「茜音に何をした」
「何ってただのナンパだよ」
ただのナンパでここまで怯えるのか?そんなはずがない。こいつらは茜音を襲おうとした。
「ちょっと、寝てろよっ」
そう言って男の一人が殴りかかってきた。
僕は男の拳を右手で逸らして、右足で男の腹にカウンターを決める。
「う゛っ」
男はその場に座り込んだ。
もう一人の男は声を荒げて言った。
「おい、テメー何してんだよ」
男は僕の顔に向かって殴りかかってきた。
僕は身長が小さい方なので、男の拳を少し膝を曲げて避け、そのまま右アッパーをお見舞いする。
男はその場に膝をついた。少し経つと男二人は「覚えておけよ」とかなんとかアニメのような捨て台詞を言って逃げて行った。
あと、言い忘れていたが、僕の父さんは空手の黒帯だ。なので、幼い頃から僕は父さんに空手を習っていたのだ。まさかこんなところで役に立つとは……。
後ろを振り返ると、そこには怯えて腰を抜かしている茜音がいる。
「茜音、もう大丈夫だ」
再び声をかける。
「僕がついてる」
ーーーー?あれ…なんかこの言葉何処かで言ったような…。
茜音は驚いた様子でこちらを見た。
「あなた、もしかしてあの時の……」
あの時?
そう言えば、去年もこんなことがあったような気がしなくもない。
男三人組を撃退して、女の子を助けたような……
もしかして⁉︎茜音はあの時の女の子なのか?
「また…また……私を助けてくれたんだ…」
そう言って、僕に向けられた初めての茜音の笑顔に僕は言葉を失う。
ーーーなんだ。こんな顔も出来るのか。
「これからは困ったらいつでも僕を頼ってくれ」
僕は座り込んでいる茜音に手を差し伸べる。
茜音は僕の手を取り起き上がると「うん。頼りにしてる」と言った。
その後は二人は家まで手を繋いだままだった。
茜音の手は折れそうなくらい細くて、とても冷たかった。道中、横目で茜音を見ると茜音の口元は微かに緩んでいたそんな気がする。
僕は今回の一件で決心した。
純粋に茜音の笑顔を守りたいと思った。
僕に出来ることはほんの僅かかもしれないし、何も出来ないかもしれない。こんな言葉がある。『それは微力ではあっても、無力ではない』何処かで耳にしたことがあるこのフレーズは今の僕にぴったりだと思った。ずっと茜音のそばにいよう、そう思う。
けれど、茜音を守り切る自信は無い。それでも僕はさっき見たあの笑顔を守りたい。
いや、守ろう。僕はそう思う。
クラスで孤立している茜音のそばにいてあげることが出来るのは自分で言うのもなんだが、自分しかいないと思う。茜音は他者と関係を築くことにまだ怯えている。だから、「助けて」と言える相手もいない。一度裏切られる経験をした茜音は今、結衣さん以外に信じられる人はいないだろう。
だから僕は、茜音がどれほど僕を罵倒し、突き放そうとしても、僕は茜音のそばにい続けることをやめない。
それは決して茜音の本心ではないからだ。
この時僕は初めて人の支えになりたいと思った。
料理中も、お風呂に入っている時も、寝る前も、僕は茜音のあの時見せた笑顔で頭がいっぱいで、何故だか僕はとてもドキドキしていた。茜音のみせたギャップに驚いたせいだろうか…。
翌日、靴を履き、外に出るとそこには顔を紅く染めた茜音がいた。
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