6 お隣さんと席替えを
あの日の満月の夜から、一週間経った今も、一人悩んでいる。
あの日から、彼女に話しかけては罵倒され、昼休みご飯に誘っては罵倒され、頭が良いと聞いたので解けない問題を聞きに行くと罵倒され、また、罵倒、罵倒、罵倒、罵倒と、この一週間罵倒の日々を過ごした。
流石にもう友達になるのは諦めようかと思ったが、あの日の結衣さんの顔を思い出してしまい、諦めることは出来なかったのである。
昼休みのベルが鳴り、会話くらいまともに出来ないかと悩んでいると、
「やっと終わったなー、栄斗。ほんと数学の時間は疲れるよな」
と一真が声をかけてきた。
「ああ、そうだな」
机に突っ伏しながらそう返すと、
「なんだ、元気ないな。もう失恋か?」
とニヤケながらからかってくる。
「違うよ、友達になりたいだけだよ」
直ぐに茜音のことだと分かった。
「一真、パン買いに行こー、って栄斗どうしたの?」
「なんか元気無さそーだね」
茜音の件だと察した一輝は、
「まぁ、仕方ないよ。でも、あんまり病むことは無いと思うよ」
「どうして?」
「だって、話しかけられても逃げて行かないのは栄斗だけだろ?」
一輝の言う通り、僕以外の人が茜音に話しかけると、茜音は言葉も返さずに立ち去る。このせいで、茜音の周りにはもう誰も近づかなくなった。
「それはそうだけど…。『キモい、近づくな』とか言われてると流石に僕も悲しくなるよ…」
あー、結衣さんに僕の傷ついた心を癒してもらいたいものだ。
夢の中に入りかけたところで、
「おい、栄斗。桑鶴の奴、弁当忘れたっぽいぞ」
と一真が言う。
茜音の方に目をやると、本当にそのようだ。茜音は昼休みなのに席に座ってじっとしている。
その様子に少し見惚れてしまう。大人しくしてれば、結衣さんくらい可愛いげもあるのになぁ。
僕は学校の途中で買ったパンを一つ持って、茜音の席に近づく。
茜音に近づくにつれて、男子からは「おいおい、あいつまだ懲りてなかったのか」「お、また振られに行ったぞ」とか、女子からは「ほんと、男子って顔ばっかり」などという声や、笑い声が聞こえてくる。
まぁ、鬱陶しいが無視しておこう。
僕は茜音の席の前に立つ。
「ほれ、コレやるよ」
パンを無理矢理、茜音の手に押し付ける。
もちろん、茜音は「あなたのパンなんか別に要りません」と言ってくるが、
「別にお前に同情してあげた訳じゃないからな?俺が食べ切れないと思ったからあげるだけだ」
僕がそう言うと茜音は何も言ってこなかった。
茜音はああでも言わないと、受け取らないのは目に見えていたが、少しきつく言い過ぎたなと反省する。今度からはもう少しマシな言い方を考えておこう。
その日の夜、桑鶴家にてーーーーー
「お姉ちゃん!何なのアイツは?」
私は眉を曲げて言う。
「アイツって?栄斗くん?」
「そうよ。何であんなに私に近づいてくるの?もう、鬱陶しい」
一週間程前から栄斗は私に何かとかまってくるようになった。今まで我慢していたが、もう限界に達したのでお姉ちゃんに打ち明けた。
お姉ちゃんは「コラ」と言って、私の頭を軽くチョップする。
「女の子がそんな言葉使いしないの」
「分かってるよ、でも……」
「まだ、怖いの」とは言えない。これ以上お姉ちゃんに心配はかけられないから…。
「でも、茜音ちゃん。栄斗くんとは普通に話せてるんじゃない?中身はともかく…」
「…………」
確かに言われてみればそんな気がする。
他の人に声をかけられたら、足が震えて逃げてしまうけど、栄斗は何故か怖くはないと思う。その証拠に会話は出来ている。
「とにかく、今度栄斗くんに話しかけられたら、ちゃんと優しくしてあげること!」
「分かった?」
「うん…分かった」
何故だか昔から私はお姉ちゃんには弱い…。
ホームルームが始まると、今日は席替えをすると、担任が言った。
それに喜ぶもの、悲しむものどちらもいる。まぁ、僕も今、一真と席が近いのであまり席替えはしたくないが…。それに後ろの席だし……。
席替えはくじ引き形式で行われる。あらかじめ黒板に書かれた座席に番号が振られていて、名簿順にくじを引いていくという方法だ。
次々とくじは引かれ、とうとう僕の番が回ってきた。手にした番号を見るとそこには三十五番と書かれていた。やった!窓側の後ろの席だ。
こうして、席を移動し、喜びに浸っていると何だか妙な視線を感じる。気のせいだと思ったが、そうではなさそうだ。いや、みんなの視線の先が僕ではなく、僕の少し右である事に気付いた。
まさかと思い、恐る恐る右の席を見るとそこには見慣れた顔があった。
「マジかよ…」
まずい、思わず心の声がもれた。
すると、茜音はこちらを向いて僕を睨んでくる。
更に、僕は一真と一輝とも席が離れてしまったのである。
はぁー、今日から騒がしくなりそうだ…。
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