5 お隣さんは打ち明ける
午後の授業も終わり、僕は一真と一輝と早足で学校を出た。
もちろん、カラオケに行くためだ。
一真に「今日こそは行けるよな」とジト目で言われたら流石に断れまい。というか僕も高校生活始めての友達との放課後に少し楽しみである。
というわけで一真と一輝と僕の三人で来たのだが、どういう訳か僕は尋問されている。
「栄斗、桑鶴と何かあったのか?」
何故バレているのかというと一輝と一真は昼休み僕が茜音を探しに行っていた間、窓の外を見ていたら偶々茜音と僕が話しているのを見つけたらしい。
最初は知らないの一点張りで否定していたが、もう疲れたので全てを話すことにした。茜音が隣人である事、友達が出来るように陰ながらサポートしてあげる事、それを茜音の姉である結衣さんにお願いされていることを。
話を聞き終えると、二人は納得した様に「なるほど」とうなづく。
すると、一真が口を開けた。
「分かった。じゃあ栄斗は桑鶴を狙ってる訳か」
うん。全然分かってない様だな。流石に冗談だよね?
「何でそうなるんだよ」
「え?違うのか?」
「当たり前だろ」
「そーかー、でも良いなぁ」
「何が?」
「家の隣にあんな美人が住んでるなんて」
「いや、確かに桑鶴さんは可愛いとは思うけど……」
そうか、この二人はまだ茜音の口の悪さを知らないのか…。
「けど?」
「まぁ、いずれ分かるよ」
一時間くらい、茜音との関係を問いただされた後、カラオケは二時間程で終わった。
二人とは駅で別れ、晩御飯の材料を買いに近所のスーパーに寄ることにした。
今日は暇だし自炊するか。自分で言うのもなんだが、割と料理は出来る方だ。母さんは栄養士なので、一人暮らしをする前にとことん詰め込まれた。挙げ句の果てに母さん自作のヘルシー料理のメニュー表まで渡された。それでも結衣さんには遠く及ばないが……。
玉ねぎ、人参、豚肉、お米、それとカレールーをカゴに入れてレジに向かう。
「いらっしゃいませーっえ栄斗くん⁉︎」
目の前には制服姿の結衣さんがいた。
「こんにちは、結衣さん」
「此処でバイトしてたんですね」
この時栄斗は決心した。買い物する時は必ず此処に来ようと。
「栄斗くんの料理かぁ」
「ふむふむ、この材料はずばりカレーですね!」
お釣りを渡す時に結衣さんは言った。
カレールーが入っているので誰が見ても分かるのだが、結衣さんはドヤ顔を決めてこちらを見ている。
「はい、まぁ味は期待出来ませんけどね」
「じゃあ、バイト頑張って下さい」
そう言って、店を出ようとすると結衣さんに後ろから名前を呼ばれる。
「栄斗くん!あと数分で上がるから一緒に帰らない?」
栄斗は特に急ぎの用も無いので快く承諾した。
「はい、もちろん良いですよ」
ーーーー数分後、
「ゴメンねー、待たせちゃって」
「いえいえ、ほんの数分くらい良いですよ」
そう言いながら、僕はさり気なく道路側に移動する。
「それで、今日茜音ちゃん大丈夫だった?」
結衣さんにあまり心配させたくは無いが今日の事を正直に話す。
多少省いたが、昼間に多くの人に囲まれていたこと、途中で抜け出したことなどを話すと、
「そうかー、やっぱりまだ茜音ちゃんには厳しいかぁ…」
結衣さんは作り笑顔で上を向いて言う。
恐らく、結衣さんは近くにいるのに何も出来ない自分の無力感に浸っているのだろう。僕には到底理解出来ることではないと思うが、結衣さんの悲しげな表情をみると僕も胸が押しつぶされそうな気持ちになる。実際、今日僕は結衣さんとは違い、助けられる状況にいたにもかかわらず、何もすることが出来なかった。
「あの、結衣さん。もし良かったらなんですけど…」
「教えてくれませんか?茜音の過去を」
僕は昨日からずっと心に引っかかっていた事を口に出してみる。
「…………」
結衣さんは下を向いて黙り込む。
僕は追い討ちをかけるように問いかけた。
「何も無くて、あんなに人を、特に男子に怯えて拒絶するのは不自然ですよ」
昼間の男子の視線に怯える様子や、女子に囲まれて怯えている光景はそれなりの理由がないと、とても説明は出来ない。
ようやく、結衣さんは決心したように話を切り出す。
「中学の時の話なんだけどーーーーー」
結衣さんの言ったことをざっくりまとめると、中学の修学旅行の時、茜音は班のみんなと町を歩いていると、その頃から容姿が整っていた茜音は三人の男子高校生に目をつけられて無理矢理、腕を引っ張っぱられて路地裏に連れ込まれたらしい。その時、茜音は班のみんなに助けを求めたが、友達だと思っていたみんなは一目散に逃げて行き、男子高校生の三人組からは、その彼女達はグルだと伝えられた。彼女達の裏切りの理由は茜音に対する嫉妬だったらしい。その頃の茜音は誰に対しても優しく接し、多くの人から信頼を集めていた。しかし、その一方でそんな茜音に嫉妬する同性は少なくなかったらしい。そして、この事件に対するショックは茜音の感情を殺すには十分過ぎる威力だった。幸いにも、通りかかった人によって助けられたらしいが…。
そんな事があったのか……。それなら茜音の女子に対して怯えていたことも、男子を拒絶する理由も説明がつく。もしも、その時助けが無かったら彼女の人格は完全に死んでいただろう。
僕は茜音に同情するわけではないが、その女子や男に対する怒りを顔に出さないのに精一杯である。
僕は歯を強く噛みしめて言う。
「そんな事があったんですね……」
結衣さんの目は少し潤っているように見える。
「……分かりました、じゃあ僕が茜音の最初の友達になります」
僕は自然にそう呟いていた。
茜音が僕を受け入れてくれるとは、思えないがそれでも僕は茜音の失ったもののためにまず茜音と友達になることにした。
「ありがとう……栄斗くん…」
「栄斗くんならそう言ってくれると思ってた」
そう言って、結衣さんは涙が今にも溢れ落ちそうな目で僕に笑顔を向ける。
目の行き場に困った僕は上を向いた。
僕の見た先には今にも落ちてきそうなくらいの大きな満月が浮かんでいた。
評価、感想お願いします。