第8章 Kの制裁
気がつくとKは操縦席に座っていた。
白い電脳戦闘服に身を包み、ヘッドギアを被っている。
操縦席は背面のアームで宙に吊り上げられ、司令室の天井と床の中間に位置していた。
司令室は水深340メートルで待機する電脳潜水空母《スサノウ3号》の後部にあった。
「タケルはどうなった?」Kがつぶやくように言う。
「純粋水爆と一緒に吹っ飛ばされたわ」《ガイア1号》の声がヘッドギアのイアホンから聞こえる。
「作戦失敗か・・・・」
「半分は成功ね。連中は富士山の人工噴火や富士山発の人工地震を諦めたわ」
「でもタケルが・・・・」
「大丈夫。今、スサノウ内の工場で、新しいタケルを急ピッチで製造してるところよ」
Kは操縦席の肘掛のボタンを押す。アームが操縦席を床に降ろした。
シートベルトをはずそうとすると、《ガイア1号》がそれを制するように、
「マーシャル、まだ今日の仕事は終わってないわ」
「どういうこと?」
「この前、ニュー山王ホテルに潜り込ませたリリパットを覚えてる?盗聴も盗撮も、リリパットは想定以上によく働いてくれてるのよ。おかげで連中の悪巧みが全部お見通しになったってわけ」
「その分、ぼくの仕事が増えるわけだね」
《ガイア1号》の説明では、富士山七合目以外にも、現在、東京湾と九州上空で、在日米軍が広義の気象兵器で工作を企んでいるという。しかもいずれもそれに自衛隊や官僚が協力しているというのだ。
東京湾のアクアライン付近では、ライザー式科学採掘船が海底に穴を掘り、純粋水爆を埋めている。
爆破させると海水が地下のマグマに接触し、核融合反応を起こし、大爆発する。
これがマグニチュード8程度、震度5強の人工地震を誘発する。
一方、九州上空の大気圏外ではNASAのスペースシャトルが飛行している。
スペースシャトルから強力な電磁波を放出することで、本来、太平洋からユーラシア大陸に抜けるはずの台風の軌道を直角に曲げることができる。
この結果、台風は九州を直撃する。
「どうして自衛隊が在日米軍に協力してるの?」Kが言う。「こんなことやって、日本の国民のためにならないと思うけど」
「政府と国民は別の存在よ。政府の目的は国民を自分たちに隷属させること。彼らは国民を幸福にさせることなんか、本当は考えてないわ。ただそのふりをするだけ。
一方、多くの国民は自分たちの政府を神だと信じ、疑うことをしない。政府から不当に搾取されているなんて事実は知らない。
日本国民にとって本当の敵は、在日米軍だけでなく日本政府そのものなんだけど、このことに気づいている日本人はほとんどいないわ」
日本国民か・・・・。
Kはふと姉ヶ崎姫香のことを思い浮かべた。
彼女は真日本帝国の国籍を手に入れたが、これまではずっと日本人だったのだ。
政府が国民を騙し、搾取しているにも関わらず、国民は誰ひとりそれに気づかない。
不幸な国の国民・・・・だが、所詮国家など、古今東西どこもそんなものかもしれない。
真日本帝国だって・・・・ときどき磯崎が何を企んでるか、わからないときがある。
Kは《スサノウ3号》を手動モードに切り替えた。
電脳眼鏡に映し出される仮想のディスプレイ、計器、操舵輪。
すべて拡張現実(AR)だが、電脳戦闘服に内蔵されたモーションキャプチャーが、操舵輪を握ると本物そっくりの硬い感触を手に伝えてくる。
《スサノウ3号》はアクアラインを目指して東京湾を北上した。
やがてライザー式科学採掘船が見えてくる。
海底に何かを埋め込んでいる様子もディスプレイに映し出される。
「マーシャル、あの船よ」《ガイア1号》の声が響く。「あの船を魚雷で爆破するのよ」
「わかってるよ」
Kは制御卓の魚雷発射ボタンに指を置く。
だがどうも計器の照準が定まらない。
この距離からでは命中は難しい。
「マーシャル、これ以上、近づいたら危険よ。相手のレーダーにこっちが映るわ」
「仕方ないなあ。やっぱり没入モードに切り替えてくれ」
「わかったわ」
瞬間、Kは眩暈を覚える。
レーダーによる聴覚の映像世界が広がる。
Kの意識は《スサノウ3号》と一体となる。
四肢の感覚のようにKは感覚的に魚雷の照準を定め、発射する。
ほどなくして標的に命中し、無数の鉄屑に分解されたライザー式科学採掘船は、海底に沈んでいく。
Kはそれをすべて聴覚で認識した。
トム・ファロウド少佐は計器を確認しながら、電磁波反射装置の最終調整をしていた。
スペースシャトルに乗って、大気圏外に出てから、今日で一週間が経過していた。
アラスカに設置された気象兵器HAARPから放出される電磁波を、スペースシャトルに搭載された電磁波反射装置で台風の目に向けて、特定の角度から反射する。
すると台風の進路を変えることができるのだ。
上官からの命令は、太平洋上で発生したユーラシア大陸へ向かう台風を、進路をほぼ直角に曲げて九州に上陸させよ、というものだった。
何のために日本を攻撃するのか、その理由までは聞かされていなかった。
上官は物理学を全く知らないにちがいない、と技術将校のトムはスペースシャトルに搭乗中、何度となく胸の中で毒づいた。
ベクトルで考えると、直角に進路を曲げたら台風の破壊力は半減してしまう。数か所に分けて、緩い角度で曲げた方が、台風の威力を殺さずに標的にぶつけることができる。
それに台風の進路が直角に曲がるなんて不自然だ。
日本人の知能がいかに低いとはいえ、彼らに人工台風であることを感づかれるのではないか。
「少佐」同乗している部下のマイケル軍曹が言う。「マッハ20でこちらに未確認のステルス戦闘機が近づいてきます」
「ステルス戦闘機?」
「まもなく、こちらに衝突する勢いです」
そんなばかな。
トムは胸の中でつぶやく。
ここは大気圏外の宇宙空間だ。
人型電脳戦闘機《アマテラス2号》に没入したKは、マッハ20のスピードで九州上空に向かっていた。
大気圏外にスペースシャトルを発見する。
シャトルの背中から波型のアンテナのような巨大な金属板が伸びている。
これが台風の軌道を直角に曲げる気象兵器だった。
Kはスペースシャトルに狙いを定め、レーザービームを発射した。
スペースシャトルは炎上し、宇宙の彼方へ吹き飛んだ。