第19章 Kの凱旋
福島の万世大路をオープンカーが南下している。
スーツ姿のジョナサン・シンフィールドは、通りの両脇を埋め尽くした見物客に手を振った。
ジョナサンはオープンカーの後部座席に座り、両脇はSP、助手席は日本人秘書が座っている。
先頭の列で新設したジャパン共和国の国旗をかざしているのは、さくらの連中と聞いている。
さくらの後ろで、何の騒ぎかと呆けた顔で覗き込んでいる通行人が普通の一般国民なのだろう。
オープンカーの祝賀パレードは、ジャパン共和国の首都が東京から福島に移転したことを記念するもので、パレード終了後、ジョナサンは正式にジャパン共和国、初代大統領に就任する手はずになっていた。
これまで横田基地で自分は実質的にこの国のある部分を支配してきた。
ただし表に出ることなく、あくまで裏方だった。
それが名実ともにこの国の支配者として君臨できるのだ。
これまで自分には上司がいた。だが米国が消滅した今、自分が最高位だ。
ふとスマホが鳴る。マイク少佐からだ。
「どうした」
「実は函館へ核ミサイルを発射する予定のイージス艦が、潜水艦に撃沈されました。潜水艦は未確認ですが、おそらく真日本帝国軍のものと推定されます」
「何だと」
「それともう一つ、連絡ですが・・・・」
突然、マシンガンの銃声が周囲に響き渡る。
見物客にテログループが混じっていたのだ。
オープンカーが急停車する。
「止まるな」ジョナサンが運転手に怒鳴る。「止まると標的にされるぞ」
運転手は無言のまま振り向き、素早く小銃をジョナサンに向ける。
「貴様、何者だ」
運転手は微笑みながら引き金を引く。
統合幕僚長の南田吉郎は、スマホを持つ手が震えていた。
「磯崎さん、約束が違いますよ」
都内の『ホテルヌーボトキオ』の大会場には多数の記者が詰めかけている。
南田は今回は登壇者でなく、会場の隅に佇んでいた。
「何をおっしゃいます」磯崎俊太郎の声がスマホから聞こえる。「ジャパン共和国の大統領がアメリカ出身者じゃいやだとおっしゃったのは、あなたじゃないですか」
「何も暗殺しろとまでは言ってないですよ」
「でもおかげで、今度こそあなたがこの国の大統領になれるんですよ。いいですか、そうなればジャパン共和国と真日本帝国は同盟国も同然です。私とあなたの仲じゃないですか」
南田が磯崎と知り合ったのは、つい数日前だった。
銀座の高級バーで飲んでいるところ、突然、声をかけられた。
今にして思えば、自分があのバーによく行くことも調査した上で、最初から磯崎がすべてを仕組んでいたのかもしれない。
今日の記者発表のシナリオも磯崎の手下から渡されたものだ。
「南田さん。いや南田大統領陛下、隣国が仲いいのは国民にとって幸せなことですよ。
いつも戦争の危機にさらされていた、かつての日本と北朝鮮のことを思い出してください」
スマホはそこで突然、切られた。
姉ヶ崎姫香は五分遅刻して『ホテルヌーボトキオ』の記者発表の会場に到着した。
ジャパン共和国初代大統領、ジョナサン・シンフィールドは福島への首都移転記念祝賀パレード中、オープンカーの中でテログループに暗殺された。
警察はすでに犯人グループのほぼ全員を逮捕した。
クループのリーダーは山田オロチ。新興宗教『ヒミコ神道』の教祖で、前回、皇居などに核ミサイルを撃ち込んだ犯人として指名手配中だったが、今回、現行犯で逮捕された。
警察の広報発表の概略は以上だった。
「続いて質疑応答にうつらさせていただきます」司会者が言う。「ご質問のある方、挙手を願います」
姫香は真っ先に手を上げたが、指されたのは三番目だった。
「フリージャナリストの姉ヶ崎姫香です。大統領が暗殺されてからわずか三時間後の記者発表です。山田オロチなる人物が真犯人だとは思えません」
姫香はタブレットPCを見せながら説明した。
ジョナサンが暗殺された瞬間を捉えた動画がすでにネット上に複数本、アップロードされている。見物客がたまたまデジカメやスマホなどで撮影したものと思われる。
ジョナサンはオープンカーの運転手に銃で額を撃たれて即死している。
運転手の顔を『フェース探偵』で検索すると、自衛隊の広報誌がヒットする。
広報誌の表紙にうつった一人の元自衛官が、運転手と同一人物なのだ。
さらに動画をよく見ると、オープンカーに同乗していたSPや秘書の様子がおかしい。
運転手が大統領に銃を向けても、運転手に何の抵抗もしなければ、大統領をかばおうともしない。
あるいは銃に怯えてうずくまることもしない。
つまり彼らは何もしていないのだ。
これは彼らがテログループの仲間であることの証拠ではないだろうか。
いずれにせよ、山田オロチは芸能事務所に所属する仕出し俳優であり、テロとは関係ない。
「もういちど、この事件に関して再調査するべきだと思いますが、見解をお聞かせください」
すると南田が立ち上がり、周囲の警官に何やら命じているのが見える。
二人の警官がやってきて、姫香の左右から腕をつかむ。
「何をするんですか」
警官は無言のまま、引きずるように姫香を会場の外に連れて行った。
姫香はパトカーの後部座席に乗せられた。
「どこへ行くんですか」
隣に座っている警官は何も答えない。
パトカーは『ホテルヌーボトキオ』を出発する。
姫香は警官に気づかれぬよう、こっそりスマホを操作し、Kにメールを送る。
――カズマ君、助けて。今、パトカーの中よ。
ほどなくして、Kから返事が来る。
――GPS機能をオンにして。それとスマホの電源を切らないで。今、そっちの位置を調べるよ。
姫香はスマホの設定画面からGPS機能をオンにする。
「何をしてるんだ」
警官が姫香を睨む。
「別に何も」
「これを貸しなさい」
警官が姫香からスマホを取り上げようとする。
「ちょっと、だめよ」
姫香は抵抗するが、結局、スマホは警官に取られてしまう。
警官はスマホの電源を消す。
姫香は警官からスマホを奪い返す。
突然、パトカーが急停車して軽くスリップする。
タイヤが銃で撃たれてパンクしたのだ。
二機の人型電脳戦闘機《アマテラス2号》がパトカーの上を旋回している。
下半身が飛行機、上半身が人型ロボット。肘からマシンガンをのぞかせている。
カズマ君が来てくれたんだわ。
《アマテラス2号》は後部座席のドア付近にマシンガンを撃つ。
ドアが壊れて車体から落ちる。
姫香は急いでパトカーの外に出る。
「待て」
警官が叫ぶ。
だが姫香は背後から《アマテラス2号》に抱きかかえられ、宙を浮いている。
姫香の体はたちまち上空へ吸い込まれていく。
警官は半狂乱になり、銃をこちらに撃ってくるが、弾は当たらない。
姫香の片方のハイヒールが脱げ、警官の頭に当たる。




