第11章 Kの愉楽
「ところで竹さん・・・・君は首相をやってみる気はないかな?」
磯崎俊太郎は、坊主狩りの恰幅のいい中年男の顔を覗き込む。
「えっ?ご冗談でしょう」
中年男――竹川俊介はショットグラスを片手に笑い出す。
「磯崎の旦那がたっての願いとお聞きして、こうして自分の店にやって来ましたけど・・・・ちょっと意味がわかりませんねえ」
「冗談でこんなこと口にしないよ」磯崎が言う。「首相やってくれないかなあ」
「首相って日本の首相ですか?」
「いや、朝鮮民国の首相だ」
「朝鮮民国?それって大韓民国のことですか?それとも朝鮮民主主義人民共和国のことですか?」
「どちらでもないな。両方の政府を倒して朝鮮半島を統一し、朝鮮民国を建国する。
君はその朝鮮民国の初代首相というわけだ」
「ますます、意味がわからなくなりました」
店内は薄暗かった。
磯崎と竹川はカウンターの端のスツールに座り、ウイスキーを飲んでいた。
生バンド演奏が古いジャズナンバーを奏でている。
二人の若い美女は一目で双子と分かる。
一人がピアノ。もう一人が歌。
磯崎はふと歌につられて口笛で同じメロディーを吹く。
「どうですか。うまいもんでしょう」竹川が言う。「うちの姪です」
竹川の話では、双子は竹川の妹の娘とのことだった。
「二人とも音大の学生です。ピアノを弾いてる方が姉の愛蘭。歌ってる方が妹の愛理です」
「驚いたなあ。こんな美女が竹さんの親せきだなんて」
「二人とも日本語、韓国語がペラペラなんです。まあ姉の方は日本語がほんの少したどたどしいですが、妹は完璧なバイリンガルですね。しかも妹は英語もかなり堪能です」
「竹さんの姪ということは、韓国人のクォーターかな」
竹川は無言のままうなずいた。
竹川の母親は韓国、済州島の生まれだが、一九四八年、済州島四・三事件が勃発し、命からがら大阪に逃げてきた。
政府が左翼勢力を抑える目的で島民を大量虐殺した事件だ。左翼とは関係ない農民も巻き添えになり、連絡船に乗り込んで日本へ亡命したのだ。
竹川の母親は大阪の風俗店で働いているうちに、ヤクザと知り合い、竹川と彼の妹を産んだ。
現在、竹川は都内に焼き肉店やショットバーなど、飲食店を十数件経営していたが、これは竹川のビジネスにとって副業だった。
竹川の本業は、中堅暴力団、竹川組の組長だ。
北朝鮮や米軍キャンプから仕入れた麻薬を日本の芸能界に販売する他、地上げの恐喝、要人暗殺の下請け、若手エリート官僚向けハニートラップのプロデュース、風俗店の用心棒、総会屋の手伝い、大企業のケツ持ちなど、汚れ仕事のデパートが竹川組の別称だった。
磯崎は竹川と知り合ってから、十年以上経っていた。
これまで磯崎は竹川組に様々な危ない仕事を依頼してきた。
在日大使館から機密文書を盗み出したり、米軍基地内の食糧にヒ素を混ぜたり、といった工作ができるのは、竹川組しかなかった。
竹川という男はただものではない。
磯崎はそう確信するからこそ、彼を大役に抜擢したのだった。
「実は日米合同委員会の会議を盗聴したんだか」磯崎が言う。「やつらはとんでもないことを企んでるんだ。
まず東京に大掛かりなテロを起こす。テロの犯人は在日米軍なのだが、日本のカルト宗教団体あたりが犯人であるかのようにマスコミに報道させる。
そこで同盟国米国は日本を救うという名目で、在韓米軍に応援を頼み、在日米軍とともにテロを倒し、日本を正常化する。
ところがその間、北朝鮮の軍隊が韓国に攻めてくる。在韓米軍のいない韓国政府は四十八時間以内に倒れる。
そして朝鮮半島は北朝鮮政府が統一する、というシナリオだ」
「どうしてそんなことするんですか?北朝鮮が半島を統一したら米国は困りませんか?」
「困るのは日本の方だ。米国はアジアを分断統治したいんだ。そのために半島にわざと北朝鮮のような問題国家を配置したいんだ。
北朝鮮がなければ、日本、中国、ロシアが手を組み、政治、経済、軍事で米国を超える一大勢力を築き上げてしまうかもしれない。
米国としてはこれを阻止し、日本を孤立させる必要がある。北朝鮮が裏でCIAとつるんでいるという話は君も聞いたことぐらいあるだろう」
「そうですねえ・・・・。でも朝鮮民国の話はどう関係あるんですかな」
「彼らが東京にテロを仕掛ける間、真日本帝国も半島に軍を派遣するんだ。二つの政府を倒し、朝鮮民国を建国する」
「そんなふうにうまくいくんですかねえ」
磯崎はウイスキーを一口すする。
「ところで、朝鮮民国には首相の他に国家元首の大統領が必要だ。つまり君の上司だ。語学が堪能な愛理ちゃんなんかどうかな。彼女が初代大統領だ」
「磯崎の旦那、ちょっと待ってくださいよ」
「いや、お姉さんの方を大統領にしよう。愛理ちゃんは佐渡公国の天皇がいい」
「佐渡公国?それは何なんですか?」
「新潟県の北にある日本海の佐渡島を知ってるだろう。地政学的に考えて、あの島を独立国家にさせた方が都合がいい。それも共和国でなく、世襲の国家元首にした方がいいだろう」
「ちょっと話についていけませんなあ」
今はわからなくてもかまわない。
わからなくても朝鮮民国の首相は務まる。
磯崎は胸の中でそうつぶやく。




