第10章 Kの訪沖
グレイのピンストライプのスーツは三つ揃いだった。
てかてか光るポマードで髪を完璧なリーゼントに固めた男は、ときおり神経質そうに銀縁の眼鏡に手を当てる他、さっきから説明に余念がない。
「いいですか知事。沖縄を日本から独立し、琉球共和国を建国すべきです」
沖縄県知事、川本孝義は、無言のままさんぴん茶を一口すする。
先ほどもらった名刺にもう一度目を通す。
トゥルージャパン・ホールディングスの代表取締役、磯崎俊太郎と書いてある。
ゼネコン関連業者の社長かと思っていたが、どうも様子が変だ。
辺野古基地建設を阻止するための名案があるとのことで知事室に通したが、こんな常識はずれの議論が出てくるとは思わなかった。
「今の日本政府は」磯崎が続ける。「米国の植民地状態で、まともな独立国ではありません。日本政府は日本国民のためを考えて行動することはまずありません。
ましてや日本政府が沖縄県民の幸せを考えることなど皆無です。まず日本政府を見限ることから始めるべきです」
「君が言ってることは」川本が言う。「荒唐無稽だよ。君は私に革命を起こせと示唆しているのか。下手したら騒乱罪で死刑になるよ。いや、それ以前に精神がおかしくなったと見なされて、強制的に病院送りかな」
「お言葉ですが知事。私は冗談でこんなことを申し上げているのではありません。
現在の沖縄県に、鹿児島県管轄の奄美大島を加えて、琉球共和国を作るのです。
できれば台湾と交渉して合併を試みたらいいでしょう。
沖縄が独立したとなると、近隣の中国が黙っていません。もちろん沖縄を基地で埋め尽くしている米国もです。日本が黙ってないのは言うまでもありません。もしかしたらロシアも口を挟むかもしれません。
そこで台湾と手を組むのです。
一九八九年、ベルリンの壁が崩壊したとき、東ドイツと西ドイツが統一しました。東ドイツの大統領が名誉職の国家元首に、西ドイツの首相が実質的な行政のリーダーに就任しました。
これと同様、台湾と沖縄を合併して一つの国にするのです。台湾の総統を国家元首に、沖縄県知事が行政の長としての首相に就任するのです。
台湾と組めば、ある程度の軍事力と経済力が得られ、現実的に独立国家が維持運営できます」
「独立国家が運営できる?馬鹿を言うな。米国や中国が攻めてきたら、ひとたまりもないぞ。彼らを黙らせる軍事力がないかぎり、君の考えは妄想に過ぎない」
「ですから、世界最強の軍事力を誇る我々が、琉球共和国の建国に全面協力すると申し上げているのです」
「何だって?」
「実は我々はすでに台湾政府にもこの話をすすめてあります。台湾政府からは、かなり色よい返事を受けております」
川本は磯崎の名刺をひっくり返してみる。すると「真日本帝国内閣総理大臣 磯崎俊太郎」と読める。
真日本帝国の噂は川本も聞いていた。
独立国家を名乗るテロ集団で、最新の軍事設備を持っているとのことだった。
川本はふと気になってデスクの内線をかけ、秘書の木下を呼び出す。
別室の木下の話では、今日は知事室に通した来訪者は誰もいないとのことだった。ましてやトゥルージャパン・ホールディングス社など聞いたことがないという。
「木下君、今、知事室に来客がいるんだよ。どういうことだ」
「すぐ警備員を知事室に行かせます。お気をつけください。そいつは無断侵入者の可能性が高いです」
気がつくと磯崎は窓際に立ち、何やらスマホを操作している。
「木下さんとやらに後でお伝えください」磯崎が言う。「われわれの工作部隊が沖縄県庁のセキュリティーシステムをハッキングしたんです。だから私は知事室に入れたのです。決して木下さんの職務怠慢のせいではありませんので、念のため」
磯崎は窓ガラスを開ける。
ほとんど同時に、等身大の超小型戦闘機が窓の側に飛んできて、底面のジェット噴射で空中停止する。
人型電脳戦闘機《アマテラス2号》だ。
磯崎は窓から《アマテラス2号》に跨ると、颯爽とその場を立ち去った。
「知事、ご無事ですか」
二人の警備員が知事室に飛び込んで来る。
「ちょっと遅いんだよなあ」
川本は警備員にほとんど聞こえない小声でつぶやく。




