第七話 ~戦いとは、始まる前の準備で九割くらいは決まるらしい~
「あれですね、あれ。タリアさんはあそこに入ったみたいです」
「うわぁ……いかにもって感じの場所ですねぇ」
師匠のお気に入り娼婦でタリアさんを助けるために協力してくれてるペティと、さっさと面倒事を終わらせて帰りたいオーラを出しまくってるゴンベエさんが、夜の路上にて小声でそんなやり取りをしている。
ゴンベエさんの宣言通り、ゴンベエさんの助力を得られた翌日の夜、タリアさんを追いかけて敵と人質が居るらしき場所に居た。
花街から少しばかり離れた場所にある、窓から薄っすらと明かりが漏れるそこそこの大きさの倉庫のような場所。
人気も少ないし、確かに後ろ暗いことをしてそうな場所だ。
僕がやると二回も失敗したのに、ゴンベエさんとヒュイツさんが非公式に貸してくれた人員、そしてペティの花街情報網を合わせれば、一晩で全部終わりかけている。
やっぱり、専門家に任せるのが一番確実で早いな。
任せるためにあちこち行っただけのことはある。
「さて。ここからはあなたの仕事ですよ。お願いしますね?」
「よし、すぐに皆殺しにして終わらせてくる」
「いやいやいやいや、何考えてるんです? 本調子じゃないのは分かりますけど、頭の回転が鈍りすぎでしょう……」
はて、どうしてゴンベエさんは頭を抱えているのか?
「あのですね? ここで別件でとっ捕まえて、キツネ野郎の別件捜査でクスリの問題も解決してもらわないといけないんです。生け捕りですよ、生け捕り。何か焦ってるような感じがするのは知ってますけど、人質解放で終わりじゃないことも覚えておくように」
「あー……はい」
そう言えば、そんな計画だったっけ。
じゃあ、鞘から抜かずに全員殴り飛ばすか。
「ってことで、ペティさんはここで待機。剣聖殿のお弟子さんに一暴れしてもらって、サクッと終わらせましょう」
そう言うゴンベエさんに続き、倉庫の正面ではなく側面の窓へと向かう。
中を見れば、空っぽの空間で、入り口をふさぐように二人、ぎこちない笑顔で何かを話しているタリアさんと状況が分かってないのか純真に笑う少年を囲むようにざっと八人、か。
僕が追っていた男も、その八人の中に居る。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
「任せろ!」
言葉と同時に、ガラスを突き破って一気に突入する。
「な、なんだ!? どこの誰のカチコミだ!?」
「剣を抜け! とにかく突っ込んできたヤツをぶっ潰せ!」
「え? え? あれ、ミゼル君? え?」
目指すは、タリアさんと弟君。
身柄を向こうに押さえられると、面倒なことになるからな。
「この野郎! オレたちを――」
「まず一人」
僕を止めようと向かってきた大男を、すれ違いざまに首筋に叩き込んだ鞘付きの刀の一撃で黙らせる。
まあ、打ち所が悪くて死んだらそこまでってことで。
ここで、僕の影から飛び出すように突っ込んだゴンベエさんが一人殴り飛ばし、そのまま入口の方へと向かう。
固まらずに散らばることで、敵の意識を逸らしてくれてるんだろう。
そこそこの広さの空間で、入口の二人は少し奥の方に居るタリアさんたちの方に来るとしてもあまり問題じゃない。
後は、向こうが僕たちを排除できないと見て、タリアさんとの繋がりに賭けて人質を使うことを思いつく前に制圧すれば良い。
二人、三人と問題なく制圧し、六人目を潰した時のことだ。
「舐めるなぁ……!」
「こら、放せ!」
正直、わざわざ斬らずに殴って気絶させる訓練なんてやったことはない。
木刀で撃ち合ったりしてる時の経験と、急所の知識から何となくやってただけだ。
だから、真剣なら問題なく斬り伏せられてるところに叩き込んだのに、根性だけで耐えられても、仕方がなかったのかもしれない。
足を掴んできた男の顔面にもう一撃叩き込んで気絶させ、体勢を整えた時には遅かった。
「動くな! このガキを殺すぞ!」
そこには、蹴り飛ばされたのか地面に転がって起き上がろうとするタリアさんと、少し離れた場所で弟君に剣を突きつけ、倉庫内の状況を一目で確認できる場所へと動く、僕が後を付けていた男が居た。
ああ、もう。
本当に面倒なことになった。
入口の二人はゴンベエさんが片付け、残りも全部気絶。
けれど、弟君の身に何かあったらと考えると、手を出す方法がない。
死角がないのが面倒だ。動きが全部丸見えだし。
「おい、入り口のチビ! 武器を捨てて道を開けろ!」
「いや、そもそも素手ですよ?」
「いいから早くしろ!」
男の要求に、お手上げとばかりにため息をついて従うゴンベエさん。
味方を捨てででもこの場から逃げて立て直そうという男を一度見逃すしかないか、と覚悟を決めた時のことだ。
派手な音を立てて扉がはね開けられる。
同時に、ありとあらゆる方向から投射されるとんでもない光量が。
「帝都警備隊だ! 善良な市民から喧嘩だと通報があってな。仲裁だ! 当事者は即刻武器を捨てて投降せよ!」
なんて先頭で突入して言い放つのは、ヒュイツさん。
そういう設定なのか。
まあ、証拠も令状もなく警備隊は動けないって言ってたけど、『喧嘩の仲裁』を名目にしながら、警備隊の幹部が自ら出てきて、超高級品の光の魔石をバカ食いする投光器をいくつも投入して、突入部隊だけで十人くらい引き連れるのはやりすぎだと思う。
「そ、そんな!? 警備隊には、何の動きもなかったはずだぞ!?」
「何のことかな? まあ、この件には全く持って関係ないことだが、下から上にあげる分には手続き上動きを隠すのは困難だが、トップダウンで全力で隠ぺいすれば、存外何とかなるのだよ? まあ、今回の件には関係ないし、君が何を言ってるのかはさっぱりなんだけどね」
あー、『組織』で動こうとすれば、マフィアが本気を出せば兆候は読めるって話か。
で、援軍はありがたいけど、この先の動きも明白なんだよなぁ……。
「おい! 警備隊だろうと何だろうと関係ない! 人質が――」
「人質?」
男が言い切る前に、ヒュイツさんがゆっくりと歩き出す。
って、え?
「君は、我々について、大きな誤解をしているようだ」
「誤解?」
「誇り高き帝都警備隊が、だ。――ガキ一匹ごときの命のために、『悪』に退くわけなかろう?」
ゆっくりとした歩みに、ヒュイツさんの部下たちも歩調を合わせて進む。
その一団の目は、ギラギラと怪しく輝いている。
正義を信じ、犠牲を許容する狂信者の目――に見えたところで気付く。
「ぐふぁっ!?」
「油断大敵。敵はヒュイツさんだけじゃないんだから」
僕が完全に意識から外れていた。
ヒュイツさんの狙い通りかは知らないけど、警備隊の一団に作り出された『死角』に僕が入ったことで、一騎に距離を詰めて男を昏倒させる。
これで、全部終わりだ。
「ああ、良かった!」
「姉ちゃん、痛いよ」
「いやぁ、弟君が無事でよかった」
しれっとそんなことを言ってるヒュイツさん。
演技な気もするけど、さっきの目が頭から離れない。
どこまで本気だったのか。
……やっぱり、ヒュイツさんってよく分からないから関わりたくないなぁ。
「さて。今夜の迅速な解決の立役者くん。ご苦労。いやぁ、また君のお蔭で私の功績が増えたよ」
そんなことを笑顔で言うヒュイツさんに愛想笑いで返していると、タリアさんがやってくる。
涙を浮かべる褐色の美女は、ただ一言だけを発した。
「ありがとう……!」
その言葉に、僕は、憑き物が落ちたように力が抜け、その場にひざをついた。




