間話 ~魔女の歩む道・上~
長くなったので、分割です。
続きは、本話投稿同日の21時半くらいまでには投稿します。
ルーテリッツ・フラウセルクという少女にとって、世界とは、鮮やかに光り輝くものである。
七色の属性それぞれの精霊たちが舞い踊り、幼いころには、よくいたずら好きな彼ら彼女らにからかわれたりもしていた。
それでも、それらがすべて好意があってのものだと分かる少女にとって、決して不快なものではなかった。『友達』とのじゃれ合いは、むしろ、幼き日々の彩として楽しいものであったのだ。
そんな少女も、成長する。
四歳の誕生日を迎えた少女は、近所の子どもたちと遊ぶようになっていた。
家に居たころから、両親やその下で働く職人たちには『友達』が見えないと気付いていた彼女だが、むしろ、自分だけの特別なんだと喜び、自分の胸の内に秘することとしていた。
そうして存在を誰に伝えずとも、繋がりは間違いなくある。
言葉を交わさずとも心で通じ合えるルーテリッツは、精霊たちの感じている『人々の感情』を、精霊たちの心を感じることで知ることが出来た。
だから、何か良からぬことを考えている様子の相手が居れば子どもたちを連れて逃げ去り、怪しそうだけど善意に満ちている相手から遠慮なくみんなでお菓子を貰ったりと、楽しく過ごしていた。
だが、そんな少女に、最初の転機が訪れる。
元気が有り余って暇さえあれば駆け回っていたルーテリッツは、外で遊ぶようになって一月が過ぎるころ、転んでしまった。
ここまでは当然のこと。むしろ、いつかはあって当然のことだ。
問題なのは、ここからであった。
転んだ少女に、一人の女の子が心配して近づいてきた。彼女はもうすぐ十歳になろうかという年齢で、最年長組の中でも特にしっかりしていたことから、ここらの子どもたちのまとめ役のような立場であった。
だからこそ、声を掛けるのは当然だった。
「あの――」
「あ、心配してくれてありがとう! これくらいはヘーキヘーキ!」
「え――」
「何がへんなの?」
「あ、う……」
「え、こわいの? ダイジョーブ! こわいのなんて、このルーティちゃんがぶっとばしてあげる!」
「あ――」
「な、なんでもっとこわがるの? ほら、――」
「来るな! ――あ……」
差し出した手を払われた幼き少女は、ただひたすらに家へと駆ける。
見たこともない剣幕の娘を心配する母の言葉にも耳を貸さず、自室のベッドにもぐりこむと、ただひたすらに震えていた。
相手にしてみれば、心の中を見透かされているような心地の悪さに、とっさに行ってしまった対応に過ぎなかった。
だがしかし、大切に育てられて、周囲の誰からも愛情を注がれてきた少女にとって、一瞬とは言え『純粋な敵意』というものを自分に向けられるのは初めての経験だった。
なお悪いことに、ルーテリッツにとって『自分だけの友達』が感じる人々の感情を感じることは、呼吸と同じ行為であったことなのだ。
自らの意思で止められないからこそ、人生初めての『純粋な敵意』と真正面からぶつかり合うこととなってしまった。
それまでやさしかった『お姉さん』からの、突然の激情。
何も知らぬ少女が受け止めるには重すぎるそれは、彼女の心に深い傷を残すこととなる。
三日三晩部屋に籠った少女は、それでも四日目の朝には遊びに出掛けた。
自分の意思に関わらず精霊越しに感情の分かる彼女は、両親の心配が言葉にせずとも分かってしまうからこそ、いつまでも自分の殻に籠り続けられなかった。
両親を安心させるように、いつも通り元気な姿で出掛けていった少女は、必然的に『彼女』と出会うこととなる。
「あの――」
「ひっ!」
相手の感情が分かる少女には、相手が純粋に心配してくれていることが分かる。
自らが怯えた瞬間、相手が罪悪感を覚えたことも分かってしまった。
それでも、少女には何の慰めにもならない。
『あのとき』まで、この相手は、間違いなく優しかったのだ。
周囲の誰よりも温かい心を持っていると感じていた相手が、よりにもよって人生で初めての『純粋な敵意』を向けてきた。
――あんなに優しい人でも、あれだけ『コワい』んだ。だったら、誰でもあんなにコワいんじゃないの?
結局、ルーテリッツが再び外で無邪気に遊びまわる日々は戻ってこなかった。
両親の心配に心が耐えきれなくなるたびに、その心配を解消してあげようと思い出したように外へ出てみるが、翌日には必ず布団の中だった。
むしろ、心が読めるのならばマシだったかもしれない。
中途半端に感情だけが分かることから、何を考えているのかが想像だより。だからこそ、悪い考えしか浮かばない後ろ向きな精神状態では、必要以上に悪い想像をし、その想像に押しつぶされて帰ってくることを繰り返していた。
二年もすれば、両親を安心させてやろうとの気力すら失われ、窓の外をたまに眺めるほかに外とのつながりを持つことはなくなってしまっていた。
彼女にとって、自我が薄い故に強い感情を持たない精霊だけが、安心して交流できる存在となっていたのだ。
あとは、両親がたまに買ってくる本の世界の恐れ知らずの英雄たちが持つ『勇気』を見て、ただ憧れるだけの日々。
ああ、どうして自分にはどうしようもなく『勇気』がないのだろう。
世界はコワいだけじゃないって分かってるのに、それでも怖くて仕方がない。
物語の英雄たちは、こんなにも勇敢なのに。
両親を含めて、世の中のあらゆる感情を持つ存在を恐れる少女は、十歳にして再び外の世界へと連れ出されることとなった。
きっかけは、魔法適性を調べるために教会へと母親に連れられて行ったことだ。
かなり強引に引っ張り出されて検査とやらを受けさせられてみれば、周囲の人々が急に興奮しだしたことで、ルーテリッツは面食らってしまう。
「すべての属性で適性が凄いことになっている!」「上限値を振り切った! 『測定不能』だ! 正に、精霊に愛されているとしか言いようがない!」だのと大騒ぎになり、気付けば、住まいと同じ帝都にある魔法学院とやらへ入学させられることとなった。
もちろん、冗談ではなかった。
けれども、嬉しそうな両親に了解を求められてしまえば、反対して『コワい』思いをするかもしれない危険に立ち向かうこともできず、あれよあれよと寮生活となった。
しかし、ここまでくれば、やるしかなかった。
やらなければ、両親の期待に反することになる。
その結果、両親が悲しむのは自分も悲しいし、もしかしたら、自分を見限って敵意を向けてくるかもしれない。そんなコワいのは、しかも自分の両親からなんてのは、考えるだけでも泣きたくなってくる。
何より、こんな『弱虫な自分』を変えるにはいい機会かもしれない。
怖くて逃げだすしかできない自分が、彼女自身も良いとは思っていないのだ。物語の英雄たちのように、『勇気』を持つことが出来るのではないかと、そんな期待も少しはあった。
そうして迎えた最初の授業のことだった。
呪文によって精霊に意思を伝え、その力を借りるとの、魔法の基礎の基礎について一通り聞かされた後、実際に魔法を使うこととなったのだ。
いきなり中級魔法を使わせるその授業は、失敗することを想定されているものだった。
特に、中級の中でも高レベルな魔力制御技術が求められるその呪文は、新入生がいきなり呪文だけ唱えたとして、万に一つの成功もないはずのものなのである。
現に、順に唱えられる詠唱の結果、二十代半ばの女性教師の見本と同じ結果を出せたものは誰も居ない。
当然の結果に、悔しそうな女生徒を下がらせて教師が次の男子生徒を呼び出した時のことだった。
「あ、あの……」
「なんですか、えっと……ミス・フラウセルク?」
ルーテリッツという少女にとって、その光景は見ていられないものだった。
失敗して悔しそうな生徒たちが、ではない。
詠唱の難解な文言に戸惑う精霊たちが、である。
教師の場合、魔力で無理矢理に道筋を作ることで精霊を振り回すようにして強引に望む結果を引き起こしていたが、振り回された方はたまったものではない。
そうして何度も『分かりにくくて回りくどいお願い』をされた精霊たちは『愚痴』りはじめ、それをずっと見て聞いていたことで耐えられなくなくなったのだ。
別に、ルーテリッツは、本人にすれば大したことはしていない。
ただ、一日の半分を精霊たちとの『お話』に使っていた経験から、精霊に伝わりやすい言い回しを提案しただけ。
それに対して教師は、相手にしなかった。
魔法というものに短くはない時間かかわっていた経験上、呪文の新規開発や改良がどれだけ難しいかを知っていたからだ。
単語一つ、語尾の一文字が違うだけで全く異なる思いもよらない効果を導き出す詠唱は、天才的なひらめきと何十年何百年の期間を費やしてなんとか作り出すものなのだ。
間違っても、今日学び始めたばかりの子どもがどうにか出来るものではないはずだった。
「できた……できたわ!」
だから、無知であることで先入観なく試してみたとある生徒が課題を成功させることは、あるはずがなかったのだ。
しかし、提案された詠唱によって続々と生徒たちが成功させるのを見て、認めるしかなかった。
そこからは魔法学院が始まって以来の大騒ぎである。
他の生徒を放置してルーテリッツを抱えた女性教師が学院長室に駆け込み、その成し遂げたことを伝え、現にその詠唱を唱えてみれば、頑張らずとも本当に結果が出てしまう。
『学院始まって以来の天才』『まるで本当に精霊と会話しているようだ』など、彼女を褒めたたえる言葉が乱れ飛び、彼女は業界内で一躍有名人となった。
ただし、一般人には縁のない世界での話で、それを興奮気味の学院長に聞かされた彼女の両親も、話の半分も理解できたかどうかというくらいには業界外では興味を持たれなかった話なのだが。
その後も精霊たちの不満を伝えることで数々の呪文を改良し続けることになり、ルーテリッツは、その名声を不動のものとした。
しかし、彼女にとって、それは必ずしも幸運なことではなかった。
好意的な感情が多いとは言え、誰もかれもが強い感情で彼女に向き合ったからだ。
過去のトラウマからとにかく感情を恐れる彼女にとって、あこがれによって目を輝かせながら話しかけてくる後輩も、嫉妬によって黙って睨んでくる先輩も、純粋に交友を持ちたくて話しかけてくる同級生も、彼女にとってはほとんど違いがなかった。
在学中、話しかけようにも相手の強すぎる感情に押しつぶされてまともに会話できなかった彼女。
『精霊を見て会話する』なんて常識外れの能力は、在学中にひょっこりやってきたどこぞのお偉いさんに一目で看破された以外は知られることはなかった。
その『お偉いさん』に、相談した結果、『コワい』思いをしたくないなら自らの異質さは隠すべきだと助言されたこともあり、誰にも言わなかったのだ。
結局、他者との会話の恐怖を乗り越えられずに親しい友人を作ることもできないまま、あらゆる誘いを断って卒業後は引きこもり生活に戻ることになった。
以後、恩師やかつて同じ研究室だった知り合いたちの要請でたまに論文を発表する以外は、完全に以前の自室にこもる生活に戻っていた。
そして、最後の転機がやってくる。




