第三話 ~借金地獄と帝都の夜~
気まずい沈黙が続く。
畳張りの部屋でちゃぶ台囲んで座布団の上であぐらをかくなんて懐かしい状況なのだが、会話がない。
屋敷に入ってからの会話といえば、靴を脱いで上がれとの忠告を聞く前に脱いでいた僕に対して、「……ほんと、昔からそうなんだから」と寂しげにつぶやかれただけである。
あまりの気まずさに湯呑みに手を伸ばしたのだが――水だった。
申し訳なさそうに目を逸らすところを見ると、嫌がらせではないようだ。
――質素を通り越して『何もない』とも評しうる屋敷内の様子とも関係あるのだろうか。
「あの……そろそろ、お話良いですか?」
「……そうね。分かった」
意を決した僕の言葉に続いて紡がれた言葉は、とてつもなく衝撃的だった。
そもそも、リディエラさんにしても最初は何があったのか分からなかったんだそうだ。
ある朝起きたら、帝都警備隊という帝都の治安を守る警察のような組織がいきなり踏み込んできて令状を示し、屋敷中をひっくり返していったとのこと。
一方的に言いたいことだけ言って荒らされたことに腹を立てて詰所に怒鳴り込めば、師匠が無差別連続殺人事件を行っている一味からの初の逮捕者として捕まっていると聞かされたんだとか。しかも、師匠との面会を拒否された上に、そのままリディエラさんまで事情聴取される始末。
僕が話を聞いているこの日から数えて半年前から始まった一連の事件で、住民の不満は警備隊に向いていた。そこに成果を出せたと得意げだったのが憎らしいとは、リディエラさんが殺気を放ちながら語ったこと。
一週間が七日、一か月が三十日、一年が十二か月のこの世界では、確かに連続殺人が半年も続けば、治安維持組織へのプレッシャーはよほどだろう。得意げになる気持ちも分からないではない……リディエラさんの前ではとても言えないけど。
「後から思えば、ここまではまだマシだったわ」
夕方になって事情聴取から帰ってみれば、帝国全土の治安を預かる組織で帝都守備隊の上位機関でもある警察省が、大臣の名前で師匠の現行犯逮捕を発表。
翌朝には、ギルドから職員がわらわらと。
曰く、ギルドの構成員でありながら世間を揺るがす大犯罪に加担したことは、『ギルドの品位を貶める行為はしない』との規約に反するもの。その悪質ぶりとパーティー代表者との地位に鑑みるに、うんぬんかんぬん。
つまり、一人頭一億デルンで計算した三億デルンの罰金をパーティーと各構成員で連帯して支払え。パーティー登録料については、Bランクパーティーに対する金額の一人年額二百万デルンはこれからも徴収するけど、特典は一切停止。よって、ギルドの管理するパーティー共用口座と貸倉庫を凍結し、素材買取りと討伐報奨金の割り増しも無くす。ギルド登録証での身分保障以外は、その他の特典もすべてなくなる。
それを伝えると、パーティーホーム内にあった金目のものを片っ端から差し押さえて持ち去り、「競売して売れた金額を引いた残りの罰金は分割で払わせてやるから、月末の支払日に一度でも滞納したら次はパーティーホームを差し押さえる」と言い残して去っていったのだとか。
「うぅ……あいつら、むちゃくちゃよ。主力の先生が抜けたのに、生活費を考えたら前の稼ぎでギリギリ払える金額を月ごとに払えなんて、うぅ。妹分を先生の知り合いの女性ばかりのベテランパーティーに出稼ぎに出して、あたしも毎日金策に走って、先生の友達の人たちもギルドに睨まれない程度に助けてくれて、何とか頑張って……なんでこんな目に合わなくちゃいけないのよ!」
ちゃぶ台に拳を叩きつけての突然の叫びに、反射的に体がビクッと震えた。
「そうよ! 先生は、こんなことしないもん。こんな、こと……しないもん……」
そのまま、机に突っ伏して泣き始めた。
精神的にかなり参っていたのだろう。
無理もない。十四歳の娘が背負うには、あまりに辛すぎる。
「リディエラさん」
「うぅ……」
「リディエラさん」
「うぅ……いつかとっちめてやる……」
らちが明かない。
まあ、しばらく放っておくのも手ではある。
……だが、まあ。もう一歩だけ背中を押しても悪くはないはず……たぶん。
「リディエラさん」
「ふぁっ!? え、なに、なんで!?」
リディエラさんの後ろに回り込み、お腹に手を回して、後ろから抱きしめる。
約二名ほどの顔が真っ赤だが、話を聞いてもらう準備はできた。
「リディエラさん。今まで、よく頑張りましたね」
「……うん」
「でも、頑張ってばかりだと、折れてしまいます」
「で、でも! 頑張らないと! お金が足りないと、二人の帰る場所がなくなっちゃう! みんなバラバラで、あたしが守らないと――」
「大丈夫。僕がいますから」
突っ伏されていた顔が上がり、正面を見ている。
「ミゼルが……?」
「はい。行商のおっちゃんによると、少なくとも一般冒険者五人分の働きはするそうですからね。一緒に稼げば、今までよりも楽になりますよ。僕も師匠の弟子ですから、一緒に頑張る資格はあるはずです」
「……うん。ありがとう」
「そして、空いた時間で犯人をひっ捕らえてしまいましょう!」
「うん……え?」
リディエラさんは自然に抱きしめていた僕の手を抜け、その場で向き直り、互いに向き合う形になる。
「真犯人を捕まえて、先生と全く関係ない連中だったら、釈放されるかもしれません」
「しゃく、ほう……?」
「ええ。少なくとも、先生の無罪を証明するための取っ掛かりくらいにはなるはずです」
「また、みんな、いっしょにくらせる……?」
「はい。一緒に頑張りましょう!」
手を握りしめ、真っ直ぐ目を見る。
しばらくあわあわしていたが、リディエラさんの目付きがいきなり鋭くなる。
「ドサクサに紛れて、なにやっとんじゃー!」
見事な右ストレート。
うん。元気になって良かった。
夜の帝都。
赤く腫れているだろう左頬をさすりながら、穏やかな夜風に向かって歩く。
「……ごめん」
「いえ、僕も随分と馴れ馴れしかったからですから」
申し訳なさそうなリディエラさんとデートである。
――二人で出掛けるとの構図的に、間違ってはいまい。
「で、どうやって犯人を捕まえる気なの?」
「我に策あり。『犯人は現場に戻る』と言いますからね。だからこそ、昨夜の犯行現場に案内してもらっているわけです」
「あのねぇ、帝都は三十万都市よ。最初よりも、派手に大規模に頻繁にはなってるけど、適当に歩いて出くわせるほど甘くはないわよ」
三十万都市は初耳だが、リディエラさんの言うとおりだと僕も思う。
だが、何回も出歩いていればそのうち出会うはず。
それに、出歩くだけでリディエラさんの気晴らしにもなるだろう。
――そう思っていたのだが。
「うわああぁぁぁぁぁ!」
どうやら、普段の行いが良かったらしい。
周囲は、帝都でも大きな建物が集中する中心部なのだが、賊は随分と大胆な犯行に出たらしい。
「存外、早く片が付きそうですね」
「血の臭い……当たりね。遠くはないわ」
どちらともなく、夜の街へと駆け出した。