第二話 ~十四歳、帝都にて~
僕は、十四歳になった。
思い返せば、ほとんど剣を振っていただけのような気がする。
ひたすら素振りをし、月一で師匠に打ち込み、たまに師匠と共に泊りがけで魔物を狩る。
だが、そんな生活も二か月前までだった。
師匠と音信不通になった。
先月、師匠が来なかったのは急な仕事で連絡する間もなかったのかと思った。
でも、今月もと来れば、流石に心配になる。
時間のかかる手紙でなく、帝都まで行って自分の目で確かめたいと思い付いたとき、周囲の猛反対を覚悟していた。
順調に行っても片道三日はかかる旅路で、その間の交通費・宿泊費・滞在費などの出費は、並み程度の農家の収入から捻出するには決して安くないのだ。
でも、その心配は杞憂だった。
「父さん、帝都の師匠のところに行きたいんだけど」
「分かった」
これが交渉のすべて。
当初こそあまりの物分かりの良さに恐怖すら感じたものだが、渡された旅費が片道分なのを見て納得した。
要は、独り立ちの許可だったのだ。
次男では家を継げない以上、いずれは自分で食い扶持を稼いでもらわなければならない。僕が、それを剣に求めたと解釈されたのだろう。
まあ、帰りの分は魔物の討伐でもして稼げばいいだろうと考えて、家族や仲の良かった友達、ご近所さんたちに見送られて旅立った。
そんなこんなで、今の僕は昼前の帝都正面大通りの空の下なのである。
僕の外見は、茶髪青眼の少年が西洋風の軽鎧に身を包み、大きなリュックサックを背負って、腰にはあると便利だからと餞別として祖父に貰った大きめのナイフを腰に差し、そこに刀を装備している。
元日本人としては未だに違和感ありまくりな格好だが、袴や着流しなんかの和風装備を手に入れるアテもなく、このチグハグ装備で満足せざるを得なかったわけだ。
そうこうしながらついた場所は、帝国冒険者ギルド。
帝国内すべての冒険者を支援する組織の総本山。
その巨大な建物の中に入ると、故郷の村とは比べ物にない人数による熱気が襲ってくる。
前世基準で考えても、それなりに驚くほどのものだ。
帝都に入っていきなり現代日本の地方都市レベルの賑わい具合で驚いたが、眼前の景色まで見せられては、ファンタジーな世界とのイメージから勝手に都市の規模や人口を過小評価していた自分の認識を改めるしかなかった。
いつまでも考え事をしながら突っ立っているわけにもいかないので、入ってすぐの場所にある案内板で目的地を探すことにした。
さっきから魔物の死骸やら巨大な鱗やらといった物が運び込まれている左手の窓口が『素材買取り窓口』。ちらほらと冒険者らしき人物が並んでいる右手の窓口が『討伐報奨金支払い窓口』。奥にあるひときわ大きな喧騒が聞こえてくる場所が、依頼張り出しやパーティメンバー募集などの情報を張り出す『総合掲示板』。二階に行けばその他事務窓口や軽食レストランがあり、三階以上は関係者以外立ち入り禁止とのこと。
ド田舎出身の僕ですら読み書きと足し算引き算くらいは教わっていたから予想はしていたけど、案内板は地図と文字情報だけで、絵で表現はしていない。つまりは、冒険者みたいな肉体労働職でも読み書きが当たり前にできるということで、少なくとも帝国では識字率も高いようだ。
用事は二か所にあるが、近くにある討伐報奨金支払い窓口から行くことにする。
規定の討伐部位と引き換えに得たのは、オークの右耳一つ七千五百デルンが七つ分、ゴブリンの右手一つ二千デルンが八つ分。合わせて、六万八千五百デルン。
ランチの定食が七百デルンから千二百デルンくらいの値段層が相場な中で、一応は命を賭けての帝都に来るまでの三日間の稼ぎとして多いのか少ないのか。
帝都まで同乗させてくれた行商のおっちゃんによると、戦争や大規模な魔物の群れの討伐作戦が多いことから最近は頻度が減っているが、街道沿いは軍が定期的に『お掃除』してくれるから、危険な魔物に出会う回数も規模もかなり少ないらしい。だから、同じ時間でももっと稼ぐことは可能だろう。
でも、同じくおっちゃん曰く、二度の襲撃を一人で楽々返り討ちにした僕の強さはかなりのものらしい。
一般冒険者なら、ゴブリン八匹に二~三人、オーク七匹なら五人くらいが討伐するための最低人数だそうだ。僕は師匠以外の冒険者の実力を見たことがないから真偽不明だが、事実だとすると、討伐しても分配することになって、そこから生活費や装備代などを出すわけで……。
冒険者も、なかなか大変な職業らしい。
そんな考察をしながらやってきたのは、二階である。
目指す場所は、『登録パーティ情報照会窓口』。
師匠のパーティの本拠地である『パーティホーム』の位置を知らなければ、訪問も何もないのである。
「すいません。パーティホームの位置を知りたいんですけど」
「はい。では、パーティランクやパーティ登録名・代表者などの、特定するための情報をお願いします」
お姉さんの完璧な営業スマイルに感心しながら考える。
パーティランクはAからFの六つあって、確か師匠は上から二つ目と言っていたから――
「Bランクパーティ『ブレイブハート』。代表者はイサミ・ヤクサです」
「……え?」
営業スマイルが凍る。
いや、さっきまではあった周囲のざわざわとした静かな喧騒もなくなっている。
見渡せば、みんなが僕の方を見ていた。
「えっと、聞こえませんでしたか? Bランクパーティの――」
「い、いえ、大丈夫です! 情報を照会してまいりますので、少々お待ちください!」
居心地の悪さに周囲の視線を無視して話を進めたのだが、慌てて奥に駆け込んでしまった。
周囲がこっちを見ながらコソコソ何か噂しているのにしばらく耐え続け心が折れかけたころ、奥からお姉さんが帰ってきた。
そうして教えてもらった場所に向かって石造りの西洋風の街並みを進む。
たどり着いた場所は、表通りから一本外れた閑静な通り。帝都の中心部にほど近い好物件。
ただ、外観が独特と言うか、浮いていると言うか――
「武家屋敷じゃねえか」
師匠の服装からしてまさかとは思っていたが、想像以上に立派な物件が出てきた。
とりあえず、目の前にある大きな門を何度か叩いてみたが――反応がない。
「たのもー!」
……反応がない。
困り果てて脇にあった通用門を押してみると、本当に開いてしまった。
「失礼しまーす!」
またもや反応なし。
勝手に入るのはどうかとも思ったが、そもそもが師匠は音信不通になるような場合であって、緊急事態だからと言い聞かせて入る。
随分と立派な建物を横目に庭へと回ってみた。
今更とも思うが、流石にいきなり居住空間に侵入する度胸はなかったのだ。
そうして着いた庭は、見事なものだったのだろう。
木々や草木が青々と生い茂っているが、各々が好き勝手に伸びている。荒れているとまでは言えないが、明らかに最近は手入れがなされていない。
そんな中、池に架かる石造りの橋の上に、一人の少女がしゃがみこんでいる。
しばらく見ていると、向こうもこちらに気付き、立ち上がった。
「何か用?」
銀髪は肩のあたりまで伸びているが、犬耳としっぽのついた剣士。鎧は着けていないが、動きやすさを重視したであろう洋服を身にまとっている。
あの日から一度もあっていないから六年ぶり。……ごく一部を除いて大人びてきているが、間違いない。
「リディエラさん!」
「聞こえなかった? ――あたしは、何か用かって聞いたの!」
瞬間、十五マルトはあった距離が一気に詰められる。
後から考えれば、殺気がなかったことから警告のために刃を突きつけるくらいのつもりだったんだろうが、考える間もなく僕の体は抜打ちによる迎撃を選んだ。
白刃がぶつかり合い、その甲高い音と共にリディエラさんは素早く後退。
双方が中段の構えのまま、互いの間合いの一歩外で睨みあう。
「あの、ミゼルです! 弟弟子のミゼルであって、怪しいものじゃないです!」
「知ってる。臭いで分かる」
「えっと、あの、師匠が連絡もなく二回も来なかったもので、心配になっただけでですね。もちろん十五になったらって約束も覚えてますけど、緊急事態だったって言うか、ノックしても呼びかけても返事がないから思わず入ったと言うか――」
「そう。気付かなくてごめんなさい。あと、やりすぎたわ」
そう言って、あっさり刀を納めた。
かなり昔と印象が違う。大人しくなった……いや、『弱く』なっている。
そうだ。剣のキレこそ別人のように鋭くなっているが、雰囲気が弱々しい。よく見れば、耳やしっぽも元気なく垂れ下がっている。
そして、沈黙。
向こうは何も動く気がないし、こっちもあまりの変わりようにどう声を掛けたものか分からない。
だが、いつまでもこのままとはいかないので、意を決して本題に入る。
「あの、ところで、師匠はどうなされたんですか?」
リディエラさんの体がビクッと震え、そのまま下を向いてしまった。
どうしたものかと考えていると、すっと目が合った。
そして、泣きそうな目で何かを訴えかけてきながら、答えを告げる。
「先生は、逮捕されてるの。最後にあんたに稽古をつけて帰ってきた次の日、無差別連続殺人事件を起こしている一味の一人だって、現行犯で捕まったの」
……うん?
いや、だって、あの師匠が?
そりゃ、やれるだろうけど……え?
あまりにあんまりな状況に思考が止まったまま、無言で手招きだけして屋敷に入っていくリディエラさんについていくことしかできなかった。