第四話 ~いざ、貧民街へ~
「で、君たち三人は貧民街に行ってくれ」
日が昇り、さっそくお仕事開始である。
帰ってきたリディとメアリーからも協力を取り付け、ブレイブハートのメンバーだけで、居間にて会議中である。
「貧民街……北の端にある、やけに活気がないところですか? 雰囲気的に怖くて、近くまで行っても入れなかったんですけど」
「そのミゼル君の本能は大切にすべきだね。何も知らずに入ったら、十中八九大騒ぎになってたよ」
曰く、様々な種類の非合法組織がそれぞれ拠点を構える無法地帯だが、無法地帯には無法地帯なりの秩序があるらしい。
その秩序についても色々とややこしいらしいのだが、結果、どこの組織もなめられないように気を張り続けることとなった。そんなところでよそ者がのん気に歩いていれば、まず確実にどこかに喧嘩を売られるらしい。
「多少怪しげでもいいから地味な格好で、端っこの方を歩くんだよ? 怪しいやつなんてどこにでも居るけど、派手なやつは確実に目を付けられるから」
そして、今、僕は目立たないように村から旅立った装束一式を着込み、いつもの装備のリディやメアリーと共にフード付きマントをかぶってスラムを歩いている。
武装せず、刀や鎧を脱いでいくべきかとも思ったが、師匠によると、武装してるだけならそこまで目を付けられはしないし、むしろどれだけ対策をしても荒事の危険が付きまとうところだから、三人一緒にフル装備で行けとのこと。
「はぁ、シケた町ね。ロクな目のやつが誰も居ないわ」
「なあ、リディ。流石に今は、考えなしにとりあえず口を開くのをやめてもらえると助かるんだけど?」
こんな感じで、メアリーはともかく、直情的なリディを連れてくるのには不安があった。
不安があったのだが、土地勘のない場所では敵を撒いて逃げやすい少数の利点は生かせないから、数と質に任せた強行突破の先陣に使ってやれ、とは師匠の言である。
つまり、よそ者は誰が行ってもどうせフクロにされるから、諦めて戦闘準備をせよ、ということだ。
……なんという魔窟。
それでも出来るだけ穏便に済ませるため、馬車が二台すれ違える程度の道幅はある貧民街の大通りの端っこを、怪しい露店や店舗に近付きすぎないようにしつつコソコソ進んでいるのだ。
「まぁまぁ~、声の届く範囲の誰も他人のことなんて気にする余裕もないみたいだしぃ~、お義姉ちゃんだって、お仕事の邪魔にならないように気を付けてるよぉ~」
「……そ、そうね! そうよミゼル! そうなんだから!」
……不安である。
並んで歩く僕ら二人の後ろに付いてくるメアリーの言葉を聞くまで、たぶん、戦争でもしに来たと思ってたんだろう。やけに拳を鳴らしていたのは、そういうことか。
まあ、僕らは本命じゃないし、失敗しても軽傷くらいまででそろって戻れれば合格点だろう。
アイラさんは仕事上の付き合いで裏で顔が利く分、別口で裏の有力者に面会して情報収集。
裏関係を敵に回す仕事をアイラさん経由で受けたときに顔と名前が売れた師匠は、アイラさんの護衛。
カルドラルさんは、今までも使ってた私的な情報源からの情報収集。
そして、冒険者界隈と一部役所以外にはまだ顔の売れていない僕ら三人が、貧民街を適当に回って目についたところを覚えておくだけの下調べ的な、何か掴めればラッキー的お仕事となった。
まあ、アイラさんの部下の精鋭たちをこんな不毛な仕事に従事させるのももったいないが、かといってどこに手掛かりがあるかは分からないからやらねばならないのだ。戦闘以外に役立ちそうな技能のない子ども三人に割り振るにはちょうど良いと思う。
そして、きっかけは大したことではなかった。
「おっ?」
「あ、ごめんなさい」
急に立ち止まった大男に、リディがぶつかってしまった。
リディも素直に謝り、それで終わるはずだったのだ。
「おい、ガキども。どこに行く気だ? あぁん?」
頭上から見下ろしつつ威圧してくる大男を気にする場合ではなかった。
これはやらかすに違いない! ――そう確信し、対処するための準備を整えて視線を動かした先にあったのは、拳を握りしめ全身を振るわせる少女の姿だった。
「何だ? ビビって何も言えねぇってか? なんか言えや!」
「……ご、ごめんなさい」
頑張った。
リディは頑張った。
「あのなぁ、坊主。悪いって思ってんなら『誠意』ってやつを――」
フード付きマントで全身を隠す相手が少女だか少年だか分からなくたって、悪くはない。
何が悪かったって――
「どっせい!」
「うぼぅぁ!?」
ロリ扱いのせいで女体の中の某ふたこぶな山脈について過敏気味の直情少女を、よりにもよって男扱いしてしまった運の悪さである。
誰の運だか知らないけれど。
「なんじゃワレェ!」
「おう、ウチのモンに腹パンやと!? 何しくさっとんのじゃ!」
「オルァ! 裏来いや!」
「ガタガタ言ってないで、さっさと掛かってこいやぁ! 纏めて相手したらぁ!」
こんな感じで、あれよあれよと乱闘である。
しかし、ついさっき何だか地元民にやけに馴染む口調で喋っていた気がしないでもないウチのブチギレ狼さんが、その辺のチンピラごときに遅れを取るわけもない。
「ハァッ!」
「ギャホゥッ!?」
みぞおちに前蹴りを叩き込まれたひょろっとした男が、その勢いのまま道を横断し、反対側の店に飛び込んでいく。
「オラァ! ワレェ、こっちのシマの店に何してくれとんじゃ!」
「黙らんかい! お前らは関係ないんじゃオラァ!」
と、全く関係ないところで始まる新たな喧嘩。
「すごいねぇ~」
「ああ、うん。視界全部が敵味方の区別すらつかない乱闘騒ぎだからね。凄い迫力だね」
状況は、言葉のままである。
情報収集だとか下調べだとか、そんなことは夢のまた夢となり果てた。
「ねぇ~、このままで良いのぉ~?」
「……ダメに決まってるさ。メアリー、ニーナのためにも時間がないし、一緒に――」
「え、なんで?」
突然の冷たい空気に驚いてそちらを見るが、そこには変わらぬ笑みと温かさがあるだけ。
「わたしはか弱いからねぇ~。ミゼルさんは強いしぃ~、わたしの身の安全とお義姉ちゃんのことぉ~、どっちもなんとかしてねぇ~。まぁ~、しばらく待ってればぁ~、お義姉ちゃんも帰ってくるよぉ~」
「か弱いDランク冒険者……?」
「んふふぅ~」
まあ、経験は向こうがあっても、後衛型のメアリーに、武器と魔法がないだけマシな乱闘地獄に飛び込めとは言えない。
確かに、か弱いと言えばか弱いか。
「ちょっと行ってくる。待ってて」
「うん~、がんばってねぇ~」
有象無象をかわしながら進み、たどり着いたのは戦いの中心部。
「ハーッハッハッハッ! 殲滅だー!」
両脇に意識を失った女性たちを抱え、敗者たちで積み上げられた山の頂上に君臨する女王。
「いやいや、ねぇよ」
一息に駆け上り、その後頭部に跳び蹴りをかまして一緒に地上に降り立つ。
「痛ったぁ! 顔面から落ちた! 敵か!?」
「落ち着け、リディ」
言った瞬間、臨戦態勢で振り向いたリディの動きが止まる。
「うん。目的、覚えてる?」
「……はい」
「行こうか」
「……はい」
するするとメアリーの元まで戻り、三人で混乱の中を裏道を通って逃げ出す。
そして、貧民街の外れまでやってきて一息つく。
「ごめんなさい……」
「まぁ、あれは仕方ないよぉ~」
「こっちは本命じゃないし、師匠も乱闘前提っぽかったから、あまり気にしなくて良いよ」
とはいえ、これでやることがなくなった。
道端で消沈するリディを眺めながらどうするか考えていると、すぐそばを一台の馬車が貧民街から外へと駆け抜ける。
貧民街で一台も見かけなかったが、馬車がすれ違えない狭い道を、随分と良い造りの幌馬車が走ってるなぁと見送る。
「ん? ……んん?」
だが、リディには何か引っかかるところがあるらしい。
「おい、リディ。どうかしたか?」
「いや、まさか。でも、この香りは確かに……」
返事もせずに考え込んでいたリディが駆け出したのは、突然のことだった。
「おい!」
「説明は後! 二人はあたしを見失うんじゃないわよ! 先行して馬車を追うわ!」
それだけ言って行動を起こしたリディに対して、何が何だか分からないままに二人で必死に追いかける。




