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第三章第一話 ~帰郷~

 澄み渡るような青空の下、僕は一人、行商馬車に揺られていた。


 手掛かりを得たからと、そう都合良くするすると事態が華麗に収まってくれはしない。

 悩み続ける僕に、師匠から、気分転換を兼ねて実家に現状を報告するように申し付けられた。

 師匠や、それが忙しいにしてもリディが代理であいさつしについて来たりしないのは、月一の修行のころからお互いを知っているからだけではなく、剣のことを出来るだけ考えるなとの気遣いでもあるのだろう。


 そして手早く手紙で実家に連絡し、お土産と、師匠から預かった両親宛のずっしりと重い僕の支度金を持って旅路を行くこと数日。時たま現れる魔物を狩りつつ過ごした日々も、そろそろ終わりが見えていた。


「あ! おーい! おにーちゃーん!」


 見慣れた景色に懐かしくなって荷台から周囲を見渡していると、村の入り口に立つ小さな人影。

 僕と同じ茶髪青眼のセミロングで、四つ下の十歳である少女は、普段着であるロングスカートにシャツを着て、全身を使って大きく手を振っている。


「ニーナ! 久しぶりだな!」


 成長期真っ盛りとは言っても、流石に期間が短すぎて見違えるほどには変わらない少女。我が妹、ニーナが一人で出迎えてくれている。

 真っ昼間まっぴるまだし、仕事がある大人や、飽きっぽくて遊びたい盛りの子どもたちの出迎えまでは期待できないだろう。

 むしろ、いつ来るのか大雑把にしか分からないのに待っていたニーナに感謝するべきだろう。


「お兄ちゃん、その素敵な服どうしたの?」

「おおっ! そうか、ニーナにも羽織袴の素晴らしさが分かるか!」


 流石は僕の妹、良い審美眼を持っている。

 ニコニコと楽しそうに相槌あいづちを打つニーナに羽織袴について語りつつ歩くと、すぐに住み慣れた我が家が見えてきた。


「母さん、ただいま」

「おや、おかえり……あんた、何やらかしたんだい?」


 家の扉を開けると、いきなり深刻そうな母親に出迎えられた。


「え? べ、別に、特にはない……と思う、けど?」


 なんか国家事業クラスの敵を倒したり、ギルド相手に交渉的な意味で無意識に会心の一撃を出したり、帝国の重鎮と密会したり……果たしてどれだろうか?


「はぁ、強がらなくても良いさ。何をやらかして追い出されたのか知らないけど、しばらくゆっくりしなよ」

「……いやいやいやいや、違うから。立派にCランク冒険者だよ。ただの里帰りだから」

「あのねぇ。嘘を吐くにしても、それは出来が悪すぎるよ。どこの世界に、成人前にCランク冒険者になれる天才がいるんだい? 冒険者たちに失礼だよ」

「本当だって! この服も、僕と、師匠が最初に村に来た時にいたリディで魔物を狩って素材を集めたんだよ! それにほら、追い出されたんだったら、こんなたくさんの支度金を――」

「あんた、金の持ち逃げまでしたのかい!? あぁ、なんてことを……」

「だから――」

「恩知らず! もう、次の行商馬車に乗って、イサミさんのところに謝りに行くよ。まったく、あれだけ目を掛けてもらいながら、情けない……」


 話が思わぬ方向に転がっていった。

 結局まったく信じてもらえないまま、荷物一式を自分の部屋だった場所に置いて逃げるように家を飛び出す。


 最悪、帝都に行けば誤解は解けるのだ。

 そう考えながら、心配そうな妹を引きつれて村中を回る。

 回ったのだが――


「何だ、やけにお早いお帰りだな。え、Cランク冒険者? ハハハ、おもしれー冗談だ!」

「Cランク冒険者って……そうか、都会に行って大変だったんだな。うん、今は休め……」

「ほう、『しーらんく』かえ。で、それは美味うまいのかのう?」


 と、そんな感じの反応ばかり。

 夕食の席で久々に家族勢ぞろいしてみれば、


「ミゼルや、品行方正に生きろとは言わんがねぇ、義理は通さないとだめだよ」


 なんて祖母の慈愛の笑顔に始まり、腫れ物はれもの扱い。

 ニーナに至っては、心配そうな様子で、冷や汗までかいている。不要な心労を負わせることになって、申し訳ない限りだ。


 というような状況が動いたのは、帰郷した翌日の昼過ぎのことだった。


「いやあ、流石は史上最年少でCランク冒険者になった『ブレイブハートの双璧』とたたえられるお方! 普段の立ち振る舞いからして隙が無い!」


 実家において、見たことのないおばあさんに、聞いたことのない称号で褒めたたえられている僕。

 自称、このあたりのギルド支部長。

 少なくとも、その顔を見て慌ててあいさつしていた村長を始めとした大人たちを見る限り、本物のようだ。


 わずかな供回りと共に支部長さんの帰った後の、家族を含めた村人の反応はと言えば、十人十色で面白かったとだけ言っておこう。

 あと、ニーナが我がことのように喜んでくれて良かった。一番心配してくれていたしな。


「あの女が、わざわざ支部のある街から往復で半日つぶれるこんな村まで来た理由? ああ、簡単なことじゃよ」


 色々と解決した日の夕食の席、なぜか一人だけ支部長さんとタメ口だった祖父に話を聞く。

 曰く、Cランク以上の冒険者がいるパーティは、家賃などが高いことを差し引いても大口の仕事がある大都市に本拠地を置き、地方都市には情報収集と仕事で来た時用の小さな拠点を置くだけ。すると、中堅以上の魔物を狩るのは一苦労な低ランクの奴らばかりが残り、安定して中堅以上の魔物を間引ける戦力が不足して治安上も大変。

 そこで、将来、僕が独立してパーティを作って戻ってきてほしく、その顔合わせだろうとのこと。


「この近隣の村周辺で修行だって毎日魔物狩りをしていたミゼルがいなくなってから、行商馬車への魔物の襲撃が増えてきて村長が頭を抱えている。お前の活動圏外だった場所では、魔物が出て危険だからと行商馬車の来る回数がこのあたりの村々の半分以下。むしろ、たどり着けないことも少なくない。この辺の魔物の数が戻ればこのあたりもそうなるだろうと、周辺の村長たちも交えてよく会議をしている」


 そんな父の言葉に、自活できない物資を運んでくる行商馬車の安全の問題に結び付けて考えて納得する。

 要は、流通経路が破壊されないように魔物を狩ってもらわなければ困るのに、実力が付けば大都市に流れてしまって常に戦力不足なんだろう。

 いくら全体からすれば中堅程度の敵でも、このあたりの冒険者で対処できない魔物なら、護衛は遠くから呼ぶ必要がある。

 だが、遠くから呼べばそれだけ報酬もはね上がり、普通の村人相手の行商ではまず利益が上がらなくなるだろう。

 結果、成功しても大して利益の出ない『危険地帯』に突っ込むしかない駆け出し行商人のうち、運の良かった奴らだけが村々のアテになる。

 もちろん、定期的に軍も魔物掃討そうとうに動くだろうが、予算などの都合でしょっちゅう動けるわけでもない以上、その効果は完全ではない。しかも、ド田舎で相対的に利用者も少ないとくれば、主要街道ほど力を入れてもらえるわけでもない。

 そりゃ、魔物討伐を管轄するギルドに突き上げが来るだろうし、それにこたえようとダメ元でも高ランク冒険者のご機嫌取りもしようものだ。


「流石はお兄ちゃん! なんだか凄いね!」

「いやぁ、それほどでも」

「まったく、このは調子が良いんだから……そんなに帝都に行きたいのかい?」


 母の言葉を聞いて、反射的にニーナの顔を見る。

 「てへっ!」なんてかわいらしく言いながら、星でも飛ばしそうなウインクをしているのを見て気付いた。


――あ、こいつ。我がことの『ように』じゃなくて、我がこと『だから』なのか。


 そりゃ、田舎者が帝都に行く伝手つては多くない。

 実の兄なんて恵まれたもの、失いたくはないだろう。


「正直、あんたも人の面倒なんか見てる場合じゃないだろうし、反対だったんだよ。でも、Cランク冒険者だからねぇ。あんたが面倒みてくれるなら、許そうと思うんだ」


 母の言葉を聞いて周囲を見れば、祖父母も反対してる感じではなく、父は無表情で読めず、兄は「仕方ないなぁ」と言いたそうな困った笑みを浮かべているだけ。


「ね~え~――ダメ?」


 妹にかわいらしくお願いされて、返事は迷わなかった。


「えっと、……二、三日したら帰ってくる行商馬車に乗せてもらうことになってる。荷造りは早めにな」


 分かってたって、妹にキラキラ輝く目で真っ直ぐ見られて、断れないよなぁ……。





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