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異世界白刃録 ~転生先で至高の斬撃を目指す~  作者: U字
第一章 そして白刃に魅入られる
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第一話 ~白刃を振るう~

「じゃあ、言ったとおりにやってみて。それを見ながら修正するから」

「はい、師匠」


 助けられたその日、昼食を挟んで自宅前で木刀を構えていた。


 本来オークは群れることが多いらしいが、僕を襲ったのは『はぐれ』であったらしい。

 師匠――僕を助けてくれたイサミ・ヤクサさんによると、毛皮が傷だらけであることから、主導権争いに負けて群れを抜けてきたのではないかと言うことだ。


 そんなオークの襲撃はそれはもう大騒ぎになっていて、僕はもう死んだものと思われていたらしい。

 村人みんなで仕事を投げだして村長宅前の広場で緊急集会を開いているところに僕がひょっこり現れたときには、祖父母も両親も兄も恥も外聞もなく泣きわめいて喜んでくれた。村の中で遊んでいて何が何だかよく分かっていない四歳下の妹だけがコテンと首をかしげながら落ち着いていたのには、ほっこりさせられたものだ。


 その後の話し合いで、お礼として僕の家で師匠とその連れの方に明後日の朝まで滞在していただき、その間だけ剣術を教わることになった。

 何でも、ギルドに所属する冒険者である師匠は、行商馬車に同乗して帝都に帰る途中だったらしい。ところが、馬車が壊れて立ち往生しているところに悲鳴を聞きつけて助けて下さったのだとか。

 こっちもお礼として村が修理することになった馬車が明日中には直るとのことを踏まえて、僕の熱心な説得もあり、現在の条件で話がついたのだ。


 だが、すべてが順風満帆とは行かなかった。


「ほら、リディ。君も一緒に構えるんだ」

「ガルルルル――」


 師匠に横から抱き付き首をこちらに向けて唸り声を挙げるのは、リディエラ・ヤクサさん。銀髪犬耳しっぽ付きの僕の姉弟子にして、師匠の弟子一号だそうだ。

 最初は胡散臭そうに僕のことを見ていただけだったのだが、


「よろしくお願いしますね、リディエラさん」

「いやいや、ミゼル君。君たちは同い年なんだから、そんなにかしこまらなくてもいいよ」

「でも、師匠。短い間とはいえ姉弟子なんですから、敬意は払うべきでは?」

「え……? あ、うん。そうだけどね。八歳にしてそれだけ考えられるなんて、大したもんだ」


 それからずっと、この調子である。

 僕が師匠に褒められてからだから、嫉妬あたりだろうか。

 もう少し年相応に見えるように気遣うべきかとも思ったが、他ならいざ知らず、これと決めた道で手を抜く気にはならなかった。必要経費として諦めよう。


「リディ?」

「う~……はい、分かりました、先生」


 話はついたらしい。

 ……にしても、この人間と獣人の二人。苗字が同じ割に、親子にしては種族も違えば顔立ちも違いすぎる。遠縁の親戚とかなら良いのだが、初対面で聞くには重い事情があったら面倒だ。気にはなるが、今は修行に集中する。


「じゃあ、始め」


 その声を合図に、雑念を排除する。――そう。隣に並んでしっぽとショートヘアを逆立てて睨みつけてくる姉弟子なんてものは、思考の外に置くのだ。


 目を閉じて大きく深呼吸を一つ。

 目に焼き付けた光景を思い返す。

 今の僕にはとても手が届かないだろうけど、いずれはたどり着いてみせるいただき

 目を開き、大きく上段に構え、一閃!


「ふぎゃ!」


 そして星が飛んだ。


「師匠! 拳骨ものなほどに酷かったのですか!?」

「いや、初めてにしては上手だったと思う」

「じゃあ、なぜ!?」

「俺が教えたの、基本の中段だからね。色々すっ飛ばして上段に行かないの。基本は大事だよ」


 正論である。

 リディエラさんも、機嫌良さそうにしっぽを揺らしながらクスクス笑っている。


 この日は、そのまま素振りで終わった。

 ポカもあったが、お蔭で姉弟子の警戒も随分と緩んだ。結果オーライってやつである。

 夕食後には、今日一日でかなり打ち解けたリディエラさん直々に、下半身を鍛えることの重要性をご教授下さった。銀髪犬耳娘が茶髪青眼小僧に和風っぽい剣術の講釈を垂れるのも変な感じがしたが、先達の言葉としてありがたく聞いておいた。

 そして、リディエラさんがお言葉を述べるためにリビングで椅子の上に立ち、きっと意味が分かっていないであろう我が妹の拍手喝采でどんどん胸の反り具合が大きくなって高笑いまで始める様は、当の二人以外の全員で温かく見守らせていただいた。


 そして翌朝。


「俺も修行中の身だから、あまり偉そうには言えないんだけどね。『ヤクサ流』の理念は、『正面から奇襲する』って言葉に集約されているんだ」

「『正面から奇襲』……? 奇襲と言うことは、相手の意表を突くんですよね。何かしらの行動で相手の意識を誘導して裏をかく。それとも、相手が認識するよりも早く斬り捨てるってところですか?」

「え……? あ、うん。だいたいそうだね。前者の技法が一般的だけど、正面で向き合いながら相手の認識しきれない領域を侵して一撃で葬るのが理想だとは言われているよ。――ところで、君は八歳なんだよね?」

「? そうですよ」


 で、結果。


「またかい? ほら、リディ。君も一緒に構えるんだ」

「ガルルルル――」


 このざまである。

 よく考えれば、自重を捨てて師匠の言葉に答えてしまえば、こうなるのは目に見えていた。


 師匠の説得のお蔭で始まった午前の素振りは、五回に一度「集中しなさい」「ふぎゃ!」とのBGMが流れることを除けば、極めて有意義だった。


 午後は、師匠やリディエラさん相手にとにかく打ち込み続けた。

 体力を最後の一絞りまで絞り尽くされてヘトヘトだが、一撃ごとに自らの目指すものが少しずつ形になるのは、とても楽しかった。

 ――リディエラさんに打ち込んだとき、濃密な殺気を感じたのは気のせいだったはずだ。


 そして、あっという間に出立の朝になった。


 正直、まだまだ教わり足りない。

それでも、引き止めるすべがないのも事実。

 今後の訓練用にとプレゼントされた木刀を眺めながらこれからのことを考えていると、それは起こった。


「襲撃だ! 魔物の襲撃だーっ!」


 緊急事態を告げる鐘の音と共に聞こえてきた声に、木刀を掴んで二階の自室の窓から飛び出す。

 目の前の屋根に一度降りてから地面に飛び、周囲を見渡すと、村の入り口のあたりにリディエラさんが見えたので駆け寄る。


「リディエラさん!」

「バカ! あの声が聞こえないの!? 危ないから、家でガタガタ震えてなさい!」

「本当に魔物なんですか? 今までそんなことなかったのに……」

「今までがどうとか知らないわよ。来たのはオークの群れ。たぶん、あんたを襲ったはぐれがいた群れだと思う。先生なら負けはしないけど、少なくとも十匹以上いるから一匹くらいすり抜けてくるかもしれないから、さっさと――」

「あー、リディエラさん。ちょっと遅かったみたいです」


 僕の視線の先には、一匹のオーク。

 興奮している様子で、その目には、おとといの個体に比べて狂気が宿っているように感じられた。


「先生が無双して、破れかぶれになって逃げてこっちに来たんだわ。――あんたは逃げなさい。あいつらの皮膚ひふって頑丈なんだから、木刀なんかじゃ通らないわよ」

「でも、リディエラさんが――」

「うっさいわね! あたしが時間を稼ぐって言ってんの! たった一日二日くらいしか訓練してないやつなんて邪魔だから、ガタガタ言わずにさっさと逃げろ!」


 そう言うと、リディエラさんに合わせて用意されただろう脇差しと思われる短めの刀を抜き放ち、雄叫びと共に突撃していく。

 一方の僕は、動けないでいた。

 確かに、武器もなく十分な訓練を受けていない僕は邪魔だろう。

 ――けど、足を震わせて虚勢を張る女の子を見捨てて逃げるなんて、そんな決心はできなかった。


 かと言って、できることは何もない。

 そうして見守っているだけでは、結末は決まりきっていた。


「キャァっ!」

「プギャアアァァァァ!」

「リディエラさん!」


 オークの初撃をかわしきれず、リディエラさんは正面から吹き飛ばされ、僕の目の前まで転がってきた。


「肩を貸します! すぐに逃げましょう!」

「バカ……無理に、決まってる……。逃げろ、先生がくるまで……」


 そこで、オークが突っ込んでくる。

 もう、選択肢はない。


 思い出す。

 のサムライはどう動いたか。


 リディエラさんのそばに落ちていた脇差しを拾うと、迷わずオークに向けて駆け出す。

 向こうもすぐに迎撃態勢に入り、大きく棍棒を振り上げた瞬間を狙い――急転換して右に曲がる。

 そして、程よい位置で立ち止まると、『十マルト』ほどの距離を開けて対峙する。


 オークがこちらに突っ込んでくる。

 ――まだだ。

 もうすぐ向こうの間合いに入る。

 ――上段に構える。

 棍棒が振り下ろされた。

 ――踏み込め! 放て! 銀線を結べ!


 交錯は一瞬だった。


「プギャアアァァァァ!」


 失敗した。

 棍棒を持つ右手の甲に傷があり出血しているが、武器を取り落とさせることすらさせられなかった。

 それでも、もう一度上段に構える。

 僕が諦めれば、リディエラさんも危なくなる。

 覚悟を決めて再び対峙したそのときだった。


「ミゼル君。勇気と蛮勇は似て非なるものだよ。そこの一番弟子共々、しっかり心に刻み込んでおくと良い」


 オークの首が落ち、巨体が崩れ落ちる。

 その陰には、厳しい表情の師匠がいた。


 威圧されて何も言えない僕の横を通り過ぎ、師匠はリディエラさんのところへ行く。


「体は?」

「う……何とか、動きます……」

「そうか。で、オークに突っ込んだな。回避優先で時間を稼げと言っただろう?」

「はい……」

「違うんです、師匠。僕が飛び出したから――」

「俺は、リディと話しているんだ。君は後」


 泣きそうなリディエラさんをフォローしようとすると、氷のような目を師匠に向けられ、思わず黙り込む。


「で、君は命がけで救われたんだ。やるべきことは分かるね?」

「はい……」


 そう言うと、リディエラさんが体を引きずるようにこちらにくる。


「ありがとう、ございました……」

「いえ、その。最初に救われたのは僕です。こちらこそ、ありがとうございました」

「……うん」


 お互いに頭を下げ合っていたが、自然に双方が頭をあげてぎこちない笑みを向け合っていると、その言葉が投下される。


「じゃあ、次はミゼル君だね」


 そうだ。まだ僕のお小言が残っていた。


「本当にこのたびは申し訳――」

「確認だけど、このオークの手の甲の傷は君だよね?」

「え? そうですけど……」


 お説教の流れかと思っていたのに違っていて困惑する僕を置き去りに、師匠の言葉は進む。


「今まで、戦闘技法を習ったことは?」

「えっと、師匠からしか習ったことがありませんけど」

「じゃあ、まぐれ……? たった二日の訓練でまともな攻撃をできるものか……?」


 何かをぶつぶつとしばらく言っていた師匠は、突然、僕の目を見た。

 何か、覚悟を決めるように大きく息を吐いてから、話し始める。


「まだ、剣を続ける気はあるかい?」

「! それはもちろんです!」

「そうか。でも、君は子どもで、帰る場所もある。人生を決めるには早すぎる」

「そ、それはそうですけど、でも僕は――!」

「だから、毎日素振りをしろ。来月また来る。その次も、その次の次も、その先もこの村に来るから」


 思わぬ話の流れに、言葉が出ない。

 弟子入りの機会が潰えたかと思える流れからの言葉に、思わず頬をつねり、師匠が失笑をこぼした。


「十五になって成人した時、それでも剣に生きると決めたなら、帝都の俺のもとに来なさい。その時には、ヤクサの技のすべてを授けよう」


 俺もまだまだ修行中なんだけど、と笑みを浮かべながら腰の刀を僕に差し出してくれた瞬間、固まっていたリディエラさんが起動した。


「先生! いきなり何を言ってるんですか!?」

「問題あるかい? 刀は、帰りくらいなら荷物に入れてある予備の脇差しで十分だし、俺もそこそこは魔法も使えるんだ。それに、彼の才能的には期待大だし、今のところは人格的にも問題は見当たらないだろう?」

「うぅ~……」

「うん。これでこっちは片が付いたわけだけど、君はどうする? 受けるかい?」


 そんなの決まっている。


「お願いします、師匠!」


 こうして、僕は正式に師匠を得ることとなった。





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