間話 ~『大精霊』と『叡智の守護者』~
平成27年10月3日、3回目の投稿。
神に愛された少年を見送ったハーミットは、応接用のソファに座ったまま、一人残った執務室で思索にふける。
少年の振るうことのできる力は、間違いなく劇物だ。
果たして、帝国最初の至高の座についていた、自らの最初の親友が作ったこの国に仇なす存在となるのだろうか。
果たして、最初の親友の生き写しのような、彼女の子孫であって今代の帝位保持者である少女の助けになるのだろうか。
果たして、帝国どころか、世界を揺るがす特異点となるのだろうか。
「ハーミット、あの子を送り届けてきましたよ」
「ん? ああ、ご苦労じゃったな、エミリア。こっちの数が多くては緊張してしまうかと気を使ってお主を同席させなかったが、あの少年には無用の気遣いだったようじゃ」
ノックもせずに当然のように入ってきたメイド服の少女に、ハーミットは無礼を咎めることはない。
皇帝の相談に乗るか緊急時以外には所管する業務を持たない彼女にとって、仕事では一度も使われたことのない執務室への親友の来訪を歓迎しない理由はなかったからである。
「しかし、近衛軍七竜騎士団筆頭にして光竜騎士団長、戦略の天才にして百戦百勝の神将、エミリア・クラインツァーク殿をあごで使えるとは、光栄の極み」
「黙りなさい、年齢詐称のロリババア」
「お互い様じゃろ? 叡智を守護するエセ幼女」
そんなやり取りにも、とげとげしいものはない。
あいさつ代わりのやり取りをしながら、エミリアは自らの分のお茶とチーズケーキを広げて、ハーミットと向かい合ってソファに腰掛けた。
「で、一応聞くが、光の叡智はどうじゃ?」
「元々、古代文明の人々が神の領域に至るために作った知識の集積体ですからね。失伝した他の属性の叡智も含めて、神の領分の知識は入ってないですよ。その神様が来た時に一矢報いるくらいしか使えませんね」
「じゃろうな」
そのままハーミットは難しい顔で黙り込む。
一口、二口とチーズケーキを食べ進めたところで、エミリアがその沈黙を破った。
「で、あの少年への対応について、方針くらいは絞り込めましたか?」
「正直、どうするべきか全く分からん。わしの誘いを断られたとき、下手に手を出せば神の逆鱗に触れて大騒動になりかねんとも、野に放てば何をやらかすとも分からんとも思ってしまった。――神を追い返すくらいは出来ても、本気で暴れられればその間に国の二つや三つは滅びかねん。この件は、持て余しておる」
「まあ、わたしはしばらくバル君に任せておくつもりですよ。それで良いのでは?」
「黒竜騎士団長か……」
「奇跡も栄達も迷わず切り捨てて、目指す先は至高の斬撃。強さですらない。密偵は黒竜の領分ですし、一定の関係も築けている。もう少し状況が動いて、取るべき選択肢が絞られるまで様子見で良いでしょう」
「……まあ、あの黒竜の小僧ならば、下手なことはするまい」
見た目が十代前半の少女二人が、五十歳目前の男を君付けしたり小僧呼ばわりするお茶会は、その後、互いの近況を含めた世間話と言う名の情報交換に終始する。
そして、それはそう長く続かなかった。
「では、わたしはそろそろ光竜騎士団の詰所に帰りますね」
「まあ、そろそろ不在を誤魔化すのも限界じゃろうからな。まさか、自分たちの団長が、冒険者の少年を一目見るためだけに仕事を放り出してメイドに変装までしたなどとは思うまいて」
「わたしは『みんなの団長ちゃん』ですからね。それはそれは、騒然とするでしょう」
「騒然とはするじゃろうが、その珍妙な肩書とはまったく無関係じゃろうな」
そんな冗談めかしたやり取りをして、エミリアは退室する。
そしてハーミットは、これからどうするべきか、一人深い深い思考の海へと沈んでゆく。
次回より、第三章『水の癒し手』です。




