第四話 ~形だって大事である・中~
「オーナー曰く、ぜひ行ってこい、早く行ってこい、むしろこの機会を逃すな、と」
ルシアちゃんが、服装から大きな荷物まで遠征に必要な準備を整えて僕らのパーティホームに現れたのは、昼食での初顔合わせからすぐのこと。同日の夕食真っ最中のことだった。
聞けば、店を挙げて大忙しの大口の仕事とやらは適当に誤魔化せば二、三日は納期を送らせられるから、四の五の言わずにとっとと行ってこい、と大興奮した様子で言われたそうだ。
職人や、見習いでも複数抜けられるとどうしようもないらしいが、高ランクパーティにとって旨みの少ない虹色蜘蛛の糸の採取に、まさかのBランクパーティが乗り気なんて天変地異を見習い一人で起こせるなら、服飾職人としては一週間でも二週間でも迷わず送り出さねばならない! ――とオーナーやベテランの職人に熱く語られたのだとは、疲れ果てたルシアちゃんの弁。
実際、虹色蜘蛛の糸で作った製品はあればあるだけ飛ぶように売れるほどに品薄で、若手職人の修行用に使う素材も入手困難。次世代の職人育成なんかも考えれば多少の無理は当然だろうとは、師匠の見解である。
「で、あの、報酬のことですが……こちらとしては、式典から実戦まで使えるデザインでヤマト風の衣装一式を予備を含めて二セットの提供。代わりに、一匹分の糸の残りは無償で提供して欲しいんです」
「なんと!」
「あ! 分かってます! もちろん、これで相場分の報酬なのは、技術料に加えて店の利益なんかを上乗せした販売価格で、店側の財布の痛みが少ないですよね! でも、月末の支払いまでは余裕がなくて、ローンで――」
「夕飯のステーキ食ってる場合じゃない! 今すぐ出発だ!」
「……え?」
「え?」
なぜか、呆けた顔でこちらを見るルシアちゃん。
変なことでも言っただろうか?
「あ、あの、ここからの高度で苛烈な交渉は?」
「え、なにそれ? 必要あるの?」
「でも、ミゼルさん。利息を誤魔化そうとしたギルドに対して、それを見抜いた上、報復に相場の三倍の利息を払うように仕向けたんですよね?」
「え?」
「え?」
聞けば、書類に巧妙に仕組まれた複雑な罠を一目で看破したミゼル少年は、それと気付かれずにギルド職員を操って、ギルド業務を遂行不能に追い込む。その後、仲介の対価として、ギルドが支払う賠償金の利子に相場の三倍を吹っ掛けたあくどい野郎らしい。
……尾ひれが付きすぎだろ。
ってか、本当に三倍も吹っ掛けて飲ませたなら、宥めただけの俺じゃなくて、謎方言課長代理娘のポーラ嬢の執念が凄まじかったということだろうが。
どうして、こう、訳の分からない悪役エピソードに仕上がったのだろうか。
「その話の出所はどこだ!?」
「この話、噂好きなら大体知ってますよ。お義父さんの冤罪関係の話は、旬ですから」
そう言えば、『人の噂は七十五日』だっけか。
……それまで、僕の胃は持つかなぁ。
「ま、まぁ、報酬に不満はないから。えっと、とりあえずは夕飯の残りを食べて落ちつ……あれ?」
肉がない?
本日のメインディッシュ、まだ八割以上が残っていたはずのステーキが消えた!
平和な食卓、衆人環視の中、忽然と姿を消した至宝。
「な、なにが起きたんだ!?」
「どうしたの? あたしの焼いた肉を食ってる場合じゃない、夕食の席でバカ騒ぎをしてるおバカさん?」
そこで見せつけるようにリディの口に消えていった最後の一切れの肉を見て、真相を察した僕はちゃぶ台に突っ伏して悲しみに暮れた。
一方、ヤクサ家はそんなことお構いなしに会議を始める。
「さて、同行者はどうするかな」
「二人っきりはぁ~、ル~ちゃんが大変だもんねぇ~」
「男女二人旅以前の問題よね、アレは」
しばしの沈黙。
「俺は、五日後に高ランクパーティのリーダー会議があるから、今は無理だね。片道二日な上、虹色蜘蛛は生息地を一日探し回って一匹見つかるかだから」
「あのぉ~、虫系はちょっとぉ~……」
「仕方ない。じゃあ、あたしね。今のあのバカの処理を、かわいい義妹一人に押し付けるわけにもいかないし」
そんな絶望の食卓の翌朝、遠征組の僕ら三人は駅馬車に揺られて目的地に向かう。
そして、二日の旅程をこなし、夕方に到着した目的地の目の前にあるロイエン村で朝を待って現在。
「ついに来た、ロイエンの森! 待ってろよ、サムライ装備! 今行くぞ!」
「うわぁ……ミゼルさん、まだこのテンションが続いてるよ……」
「まさかとは思ったけど、まさか続くとは……」
ロイエン村の目の前にあるからロイエンの森な場所の入り口に、僕、リディ、ルシアちゃんの三人が並び立つ。
そのまま意気揚々と進むこと数時間。
そろそろ日がてっぺんに差し掛ろうという時間になっていた。
「虹色蜘蛛どころか、戦闘すら発生しないんだが」
「当然よ。この森の浅い部分は、駆け出し冒険者が薬草摘みをして生活費の足しにする場所。戦闘になるような危険な魔物は皆無だもの」
「前に来た時の記憶と今の歩く速度からして、昼食を食べて少し歩けば生息地です。そうすれば、虹色蜘蛛に出会うまでに他の魔物と嫌と言うほど戦闘になりますから」
そんな風に談笑しながら歩いていると、右手方向から何かが走りくるような音。
敵襲か、と僕とリディが前に出て待ち構える。
そして、茂みを突っ切ってソレは現れた。
「はぁはぁ……え? ひ、人だべぇ! やっと会えただ! ――じゃなくて……コホン。人だっ!」
現れたのは、剣と盾を持ち革製の鎧で急所を守る、前衛系の冒険者。
赤毛を肩の上あたりで切りそろえているのも、探索に必要なものが入っているのだろう鞄を背負っているのも、冒険者として何もおかしくない。
ただし、なぜかどろどろのボロボロである。
「ぼ、冒険者みたいだけど、こ、こんなところでどうしたの? 迷子?」
「いえ、僕たちは――」
「ああ、薬草摘みね。見たところ駆け出しみたいだし、貴重な収入よね。そんな頃もあったわ。まあ、もうすぐEランクの今は違うけど!」
どうやら、僕らの話を聞く気はないらしい。
「で、なんで僕らは駆け出し冒険者扱い?」
「まあ、普通は十五になって成人してからじゃないと、体が出来てないから使い物にならないもの。成長の遅いエルフなんかだともう少し遅いものだけど、あたしたちみたいにそれ以上に早く冒険者を始めるのはそういないわ」
「それでも、リディ義姉さんの鎧の使い込み具合からして、おかしいと気付きそうですけど。何かテンパってるみたいですね」
「ふふん! この大先輩、クレアさんが一緒に行ってあげるわ!」
「いえ、僕たちそう言うのは間に合ってます」
「え……そ、そうだ! 貴重な同行者――じゃなくて、薬草摘みなんて下積み仕事を頑張る後輩に、ここの奥の泉の近くの薬草の群生地を教えてあげる! なんたって、もうすぐEランクの先輩だもの! さあ、ついてきなさい! ハッハッハッハッ!」
なんだかついてくる気満々の不審者を前に、こちらの三人で円陣を組む。
「さっきから押してくるけど、もうすぐEランクってどうなんだ?」
「Dランク以上と違って、週一くらいのペースで薬草摘みをする程度の実績がある上で一年やってれば、誰でもEになるわ」
「リディ義姉さんやメアリー義姉さん、ミゼルさんみたいに自動昇進を使わずになるなら自慢になりますけど。もうすぐなるって分かるのは、期間経過での昇進だと思います」
つまり、経験一年未満の新人。
足手まとい以外の何物にもならないだろう存在。
「とは言え、整備まではされてなくても道があるところで茂みから現れる人なんだよな」
「戦闘が起こりようもないところでどろどろのボロボロなのよね」
「い、一応、奥の泉なら、こっちの目的地である虹色蜘蛛の生息地のあたりですよ」
「事情を話そうにも、まともに話にならなそうだよな」
「まあ、あのテンパり具合じゃね。信じてもらえなかったら無駄に長引きそう」
「少なくとも、悪い人じゃなさそうです」
「「「……ほっといたら大変なことになりそうで寝覚めが悪いし、一緒に行こう」」」
「ほらほら、早くいくよ、後輩たち!」
そうして僕らは、『大先輩』に続いて森の奥へと進んでいった。




