第二話 ~Bランク昇格試験~
「よーし、オレの引率はここまでだ。後は後ろから黙って見届けるから、お前ら四人で頑張れ」
「「「はーい」」」
「……はぃ」
帝都から馬車で移動すること十日以上。帝国の辺境ナマール地方の中心地にあるナマール山のふもとに広がる森の前に、僕らは居た。
最初に発言したのが試験官であり見届け人のアジュラさんというドワーフの男性だ。ヒゲもじゃ顔に小さな体、そして身の丈よりもずっと大きな戦斧を軽々と振り回す怪力の持ち主である。
そして、反応した四人が、僕、リディ、メアリー、ルーテリッツさんの、今回昇格試験を受けるブレイブハートの若手たちである。
「じゃあ、規則通り、ここで再度説明だ。お前たちには、この森のどこかに居るサイクロプスを一体狩ってもらう。オレの若いころはここらで希少な野草がいくつか取れるってんでしょっちゅう冒険者たちが来て魔物を間引いてたが、取り尽くされてからはほとんど誰も入ってねぇ。つまり、目標以外の魔物もたくさん居るんだって肝に命じとけよ」
今はパーティを抜けてギルドに直接雇われているらしいが、Aランク冒険者として前線で長く戦ってたらしいだけあって、昔の事情が若い頃の実体験ときた。
まあ、Bランク冒険者になろうって連中について危険地帯に行くんだから、これくらいの実力持ちじゃないと引率出来ないんだろう。
そうして最後の説明を聞いた僕らは、森の中へと入っていく。
入口辺りの浅い部分を歩いてる今は、一般的な魔物生息地の傾向通りにまだ攻撃的な魔物に出会うこともなく、空気も明るい。
「ほら、ルーティ! スマーイル!」
「ほぎゃぎゃほぎょ」
「ほっぺたムニムニはやめてあげなよぉ~」
ガールズトークの果てに、何だか緊張感がどっかに行ってしまったようにも見えるが、実際はそうでもなかったりする。
その立ち姿に隙は見当たらないし、敵の気配がないからこそのリラックスムードだ。
まあ、約一名、某魔女っ子については本気であたふたしてるようにしか見えないが。
ずっと気を張ってることも出来ないし、場合によっては数日掛かりの狩りの中で、こうして周りに気配がない時にこそ――ん?
「あの、アジュラさん?」
「……え? あ、うむ。何だ? 先に言っておくが、余程のことでなければ答えられんぞ」
他に気を取られていた様子からして、アジュラさんも同じことが気になってたのかもしれない。
「攻撃的な魔物どころか、そもそも生き物の気配がまったくしないんですけど、いつもこうなんですか?」
「……ノーコメント」
直接の答えがなくとも、何かを言い澱んだ上でのこの反応は、僕の問いに対して肯定してるようなものだ。
これが良いことなのか悪いことなのか分からないけど、具体的にまだ何かが起きたわけじゃない。試験を中止しろってのには弱すぎるし、気を付けて進むようにしよう。
そう覚悟して奥へと進むも、特に何もなく一夜が明けた。
相変わらず生き物の気配がないお蔭で随分と静かな森の中を、日の出から歩き始める。
メアリーや、感覚派のリディですら流石におかしいと気付いたのか口数が減っている。
これで、本物の超感覚を持つルーテリッツさんが反応したらヤバいかな、と思いながら進んでいる時のことだ。
「!?」
「ルーテリッツさん?」
「あの、何か居る……でも、何か違う……?」
要領を得ない返答の意味を考える間もなく、地響きが鳴り始める。
何度も続くそれは、段々と近づいてきていて、巨体から生み出される足音の様だ。
「みんな、戦闘準備――は出来てるか。あたしとミゼルで前衛するから、残り二人で援護。打ち合わせ通りでいいわよね?」
沈黙でもって全員が肯定の意思を示し、後衛の二人が下がって足音の方に構えたころ、木々を派手になぎ倒して、それは現れた。
「サイクロプス……」
素がちょっとばかり覗いているメアリーのつぶやきの通り、どうやら僕らの獲物が向こうから出てきたらしい。
単眼で、僕の十倍は超えているだろう巨体。右手には、棍棒というには素材そのまますぎる丸太状の武器が握られていた。
その黒い肌の巨人は、こちらと目が合った瞬間、にやりと笑ったような気がした。
「試験は中断! お前らは下がってろ!」
どうしてやろうかと考え始めたところで、アジュラさんがそう言って一人で突っ込んでいく。
簡単に足元にもぐりこんだ彼は、大きく振りかぶった一撃を叩き込み――そして、全く歯が立たずに弾き返された。
「きゃっ!?」
同時に、後ろからの悲鳴。
見れば、後方からいつの間にか距離を詰めていた五匹のコボルトたちが、恐らくは攻撃に気付いて反射的に放たれた炎によって黒焦げになっていた。
「チッ! ありゃ、特異個体か!」
サイクロプスによる踏みつけをかわしてこっちまで下がってきたアジュラさんは、ルーテリッツさんの異常技能である無詠唱魔法に気付いた様子もなく、サイクロプスを睨みつけている。
「後ろ、何かあったか?」
「奇襲です。対処は間に合ったんで、損害なし」
「そうか」
僕が報告をして返事が来たところで、サイクロプスが右手の丸太で大きく薙ぎ払いを仕掛けてきた。
ルーテリッツさんの一番近くに居た僕が彼女を抱えて飛び退き、残り三人は自力で回避する。
そこに計ったように仕掛けられた様々な種類の魔物たちの奇襲を斬り払って、再び警戒態勢に。
ルーテリッツさんを抱えたままの僕を含めた四人で背中を向け合って、全方位に意識を向けておく。
「アジュラさん! 特異個体って、間違いないですか!?」
「サイクロプスは体は大きいが、足回りを狙えば、実力と経験と知識があれば一人でも倒せる。間違っても、まともに当たった攻撃を跳ね返せるような防御はねぇ。特異個体しか考えられんな」
そんなやり取りをする間に、もう隠れる意味もないと、魔物たちが姿を現していく。
「試験中止! 異常事態だ。近くの町まで逃げ込んで、ギルドに報告する。オレが道は作ってやるから、自力でついてこい!」
本来ならば強敵は斬撃を鍛えるのに最適なので歓迎だが、今回は味方の頭数に比べて明らかに横槍が多すぎる。
走り出したアジュラさんに、何も言わずにルーテリッツさんを抱えてついて行くのに、迷いはなかった。
「ルーテリッツさん、今回、なんで特異個体に気付かなかったと思う?」
最初の時は遠くから居場所が何となくでも分かるくらいに感知し、先のスライムの特異個体らしき敵の時も、『どこかに居る』ってことそのものは分かっていた。
なのに、今回は直前まで感知できなかったし、僕らも伏兵の気配がまったく分からなかった。
「あの、落ち着いて、る……? いや、なじん、でる……?」
「それ、あのサイクロプスのこと?」
「う、うん……。今は分かるけど、でも、やっぱり、前より、怖くはない……」
確か、最初の特異個体と戦った時、居場所に気付いたのは『怖いのが来る』とか何とか言いながら。
心の動きを読んで分かったなら、今回は狙って待ち伏せてた?
伏兵の方もさっぱり気配がなかったところを見ると、最初に生き物の気配が感じられなかったときから、ずっと狙われてたって可能性もある。
最初の特異個体を退治した後、Aランクパーティ『ブラックウルブス』のトップで、討伐隊の中の高ランク冒険者のまとめ役だったゲイルさんが言ってただろう。
突っ込むしかしてこなかったはずの特異個体に率いられた群れが、拙いながらも策を使うなんて『ありえないこと』をしたって。
「ルーテリッツさんは、打ち合わせ通り、ダミーの詠唱を出来るだけ使って、アジュラさんに無詠唱を気付かれないでください。ただし、安全優先で」
それだけ一方的に伝え、いつの間にかこちらを包囲するように動いていた魔物たちを突破する作業に戻る。
警戒し、戦闘用に余力も残し、と色々と気を遣った行き道よりは、ずっと早く脱出できるはず。
ただ、森から出られたとして、そこで終わる保証はない。
今はただ、これ以上の大事になりませんように、と祈りながら森を駆け抜けることしかできなかった。




