第一章最終話 ~新たなる日々へ~
開け放たれた縁側から月明かりが差し込む部屋。
畳の上に敷かれた布団の上、僕は上半身を起こしていた。
「あの……リディエラさん?」
「ふんっ!」
なぜかご機嫌斜めな姉弟子に頭を痛めながら。
「そろそろ状況を教えていただけたらなぁ、って思うんですが……聞いてますか、リディエラさん?」
「ふんっ!」
さっきからこの調子で、ずっとそっぽを向かれ続けていた。
流石に和風な内装を見れば、ここがパーティホームであることは分かる。
でも、あの戦いの夜からどれくらい時間が経ったのかや、あの後どうなったかなど、分からないことの方が圧倒的に多いのだ。
何とか情報を得るためにもどうしようかと首をひねっていたときだった。
「……リディ」
「え?」
「だから! リディで良いって言ったんだから、『リディエラさん』は禁止! 分かった!?」
「は、はい!」
正座したまま顔を真っ赤にしてまで怒鳴るリディエラさんの剣幕に、つい返事をしてしまったが、いつの間にそんなお許しが出たのか見当もつかない。
まあでも、これで解決の道筋は立った。
「えっと、リディ――これで良いですか?」
「だめ」
「……え?」
「そ、その、同い年だし。それに、あたしが姉弟子って言っても、あんまり弟子入りの時期も違わないし……とにかく! その他人行儀な敬語もやめなさい!」
犬耳やしっぽまで逆立ててのお怒り。
……意識がない間に、誰かが僕の体を乗っ取ってリディエ……リディの逆鱗にでも触れたのではないか、とまで思える勢いだ。
「リディ、これで良いで……か?」
「まあまあね」
真っ赤な顔で腕を組み、しっぽをブンブン振って満足そうなリディ。
何が何やらだけど、とにかくこれで、やっと話を聞ける。
「もしもーし。お二方、イチャついてるところ悪いんだけど、そろそろおねーさんたちも話に混ぜてもらって良いかしら?」
「だ、誰と誰がイチャついてるですって!?」
そんな、一言目でリディを怒り狂わせながら現れたのはアイラさん。
縁側の障子から顔だけ出してこちらを覗いている。
「誰と誰って、この部屋には二人しかいなかったでしょ?」
「うぅ~……勝手に人の家に上がり込んで変なこと言ってんな! 出てけ、ストーカー女!」
見事に燃え盛る狂犬の怒りを前に、アイラさんは余裕な様子。
何でもいいから、消火だけはしていって欲しいものである。
「ほう? おねーさん『たち』に出ていけと?」
「そうよ! あんたたち……『たち』?」
ふと気づけば、障子に映る影。
月明かりに浮かび上がる人影に、まさかとの思いがこみ上げる。
「えっと、かなり苦労させたみたいだね。二人とも、ありがとう」
あはは、なんてぎこちない笑みと共にバツが悪そうに現れたのは、会いたいと思い、思い続けて求め続けた剣士だった。
少しばかり痩せた気がするけど、割と元気そうな様子である。
「師匠! 良かっ――」
「ぱ、パパー!」
疾風のように飛び込む犬耳娘が一人。
普段の先生呼びも忘れ、親を探し求める幼子のように大泣きするリディを見ては、発言を遮られた程度のことを指摘する気も失せた。
発言を遮られた僕に対して、片手で義娘を抱きしめながら手を振る師匠に、とりあえず振り返しておく。
師匠がいない間、僕なんかよりもずっと苦労してきたわけだし、義父娘の感動の再会に水を差すこともなかろう。
「ミゼル君も起きたのね。だいたい丸一日だから、魔力切れにしては結構長く寝てたわね」
いつの間にか枕元で正座しているアイラさん。初めて会った時と同じ、白ブラウスに
そして、その発言によって、やっと今がいつなのかを知ることができた。
「アイラさん、師匠がここにいるってことは、そっちもうまくやってくれたみたいですね。ありがとうございました」
「いやいや。ブレイブハートのお蔭で軍はボロ儲けだもの。軍務大臣が直々に動いて、迅速な仕事をさせてもらったわ」
「ボロ儲け? 無差別連続殺人事件が終わったからって、軍がそこまで得をするんですか?」
ああ、なんでそんなステキな笑顔なんですかね……。
「ギルドの最終意思決定をする最高幹部会って、ギルド生え抜き五、軍務省出向三、警察省出向三、商務省出向二の十三人構成なの。でも、ギルドは警察省の言いなりになってイサミを守ろうとしなかったことで大手パーティからの突き上げが凄いことになって、内々に総辞職が決まったのよ。――ここまでは良いかしら?」
「はい。話の流れ上、そのギルドの後任人事が軍部にとってありがたいってところですか?」
「まさに! ギルドへの影響力は軍と警察が同じくらいで牽制し合ってたから、警察が不祥事を起こして動けなくなれば、ギルドは軍の言うことを無視できなくなる。商務省にとってはギルドと関わってもうま味はそう多くないから、他の官庁を敵に回してまでは守らないのよ」
「だから、軍にとって使いやすい手駒が増えてくれて、事実上は軍の組織である近衛軍のアイラさんも嬉しいということですか」
「ええ!」
これは、政治の恐ろしさに顔を青くさせるべきか、それともパーティの元請けになる組織の利益に素直に喜ぶべきだろうか。
「ギルドの後任人事も、生え抜き枠だって中立派じゃなくて軍部寄りを選ぶしかないでしょうし、警察省の出向枠の一つや二つは取れるでしょうからね。治安維持のために高位冒険者を帝都に置いておきたくて魔物討伐に大規模動員するのに消極的な警察省と、揉めなくてもよくなるわ。ギルドの金で冒険者を使って魔物を討伐して浮く軍の遠征費、半分くらいは軍が自由に使えるでしょうし。そうすれば増えた予算で装備更新も前倒しになって、黒竜騎士団にも前々から申請してた装備が……むっふっふ」
……僕は、何も見なかったし、聞かなかった。
ましてや、悪役張りの真っ黒な笑顔の美女なんて見ていないのだ。
「あー、アイラ。子どもにあんまり黒い話をしないでくれるかな。俺の弟子の教育上、望ましくないんだよ」
「あら、そうかしら? 同じ年頃の普通の子は、そもそも理解すらできないもの。スラスラ理解する時点で、聞く資格はあると思うけど」
そうして話に入ってきた師匠がアイラさんの隣にあぐらを掻き、その隣には、まだしゃくり上げながらも多少は落ち着いた様子のリディが正座する。
「なまじ理解するから心配なんだけど……」
「才は、生かすためにあるのよ。それに、あなたもリディちゃんも出会稼ぎ中のもう一人だって、こんな話はさっぱりじゃない。上位パーティなら、一人くらいは政治の分かる人材だって必要よ?」
「パーティ……あぁー」
そんなつぶやきのあと、師匠は姿勢を整え、真剣な顔で正座して僕と向き合う。
少し考えてピンときた僕も、慌てて正座をして向かい合った。
旅館の浴衣のような寝間着姿なのに気付いたけど、緊迫した空気を霧散させることを選ばず、そのまま向き合い続ける。
「まあ、俺のパーティ加入許可を出すって言った約束の十五歳まであと一年弱あるんだけど。君は、なんて言われて出てきたんだい?」
「帝都までの片道の旅費と、独り立ちの餞別だと、祖父から短剣を。そして、頑張れ、と」
「家族は公認か……――君の戦果は、その辺の大人すら超えるとんでもないものだ。成人してないからと、子ども扱いは失礼だろう」
「はい。ありがとうございます」
「うん。じゃあ、一つ問う。この先の人生、剣に生きる覚悟は決まったかい?」
そんなこと、問われるまでもない。
「先生に救われたあの幼き日、すでに覚悟は決めています」
それを聞いた師匠は、呆れたような笑みと共に黙って頷きを一つした。
「歓迎するよ、ミゼル・アストール。君は今日から、ブレイブハートの一員だ」
これで、僕もブレイブハートの一員。
師匠と同じパーティの構成員。
そして、あこがれ続けた斬撃を放つため、本格的な修行の日々の始まり。
「師匠、リディ、これからよろしくお願いします!」
待ち望んだ日が来たことに感極まり、涙がこぼれそうになる中、これから共に研鑽を積む二人に対して自然と頭が下がる。
こうして、僕の帝都における新たな日々が始まることとなった。
次話より、第二章『帝都での日々』となります。




