いいんちょ、それも書くの?
暮れなずむ町のー。
鼻歌が聞こえる。私にその先を歌わせるつもりなのだ、この男。いかにも、誰もが知ってそうな歌をセレクトしてくる辺りが実に巧妙だ。そのくせ、私には興味なんてまるでないそぶりで、いかにも「私はクロスワードパズルの縦列に入れる単語は何なのか考えるのに専念しています」みたいなかんじに、雑誌を片手に机の上に腰かけている。
あのね、そんなふうに教室の机に座っちゃいけないんだぞ。
私は、思わず言いたくなる。大体、なんで私なのだ。数日前からその台詞をずっと言いたくて、時にはぶちまけて、でもずっとスルーされてきている。こいつは私に告白した。私は、それを断った。そこで終わる話ではないのか? なんで、こんなふうにつきまとわれなきゃいけないんだろう。
放課後の教室は、がらんとしていて、火の気が落ちたストーブみたいだった。実際、寒く感じる。人の熱がないからだろう。唯一の熱源は、私とこいつ。二人きり。日誌に今日起こった出来事を三行でどうまとめようか迷っている私(日直なのだ)と、鼻歌まじりにパズル雑誌と向き合っているこいつ。
もう、こいつは注意したら注意したで言うんだろうなあ。
え、別に、偶然いるだけだよ、みたいなこと。
ぬけぬけと、もう、すっごい軽そうに。私は、そういうのにすごく腹が立つのだ。こいつが軽そうだからではない。こいつが軽そうで、私が軽くないから。ギャップで距離が二倍になる。よけいに格差を意識する。つまり、私が圧倒的に貧乏くじをひいているということ。
「縦列、縦列に入る言葉」
「……」
「好きだよ。愛してる」
「あのね」
「あ、ただのパズルのキーワードだよ?」
だから、そう、ぬけぬけと。
本人、全然隠すつもりがない辺りが、よけいムカムカする。
「だからね。あたし、女の子が好きなの。男は無理。絶対」
「いや、まあ知ってるけどね。いいんちょ、完璧っぽいから」
「ぽい?」
「そういうのが絵になるってこと。エリートとイケメンは何着ても似合うみたいな話だよ」
「私、イケメンじゃないけど」
「あ、イケメンは俺の方ね」
「……」
ダメだ。つきあってられない。
「まあね。ごめん、もうちょっとかかる」
「……。何が」
「いや、全然おさまらなくて。今までこんな感情なくてさ。フラれたのわかってるけど。ますます好きになったっていうか」
「そういうの、漫画の世界だよ」
「今、目の前にあるでしょう?」
本当に、馬鹿な男だ。全く嫌になる。悪い気ばかりするわけではない辺りが特に。
私は日誌の三行を埋め始める。
今日もつきまとわれた。
あのバカ。
死ね。
「あ、それ、縦列ちょうど」
軽やかな笑い声と共に、彼のシャープペンシルは、パズル雑誌の最後の空欄を埋めにかかったようだった。