最終話
ドン・クィーンが生み出した眩(まばゆ)い光に、さすがに驚愕する。
「なにいぃぃ!?」
レイジが発生させた漆黒の闇と、ドングリが放つ純白の光とが、互いに侵食をしあって拮抗する。
どちらもゆずらない正と負のエネルギーが、やがて母艦の大半を巻き込んで爆発した。
視界は白とも黒ともどっちつかずの灰色で満たされていく。
やがてはじき飛ばされたレイジが宙に舞った。思考回路が、ジージジジと妙な音を立てて、頭部から煙がくすぶりはじめる。意識が定められず受け身も取れないままガッシャーン! と落下した。
――損傷が98%を超えました。稼働不可能域です。
こんな時でもご丁寧に体調を教えてくれる自動アナウンスに、ちょっと苦笑する。
体はもはやピクリとも動かせない。仕方なく、かすかに反応できる片目でドン・クィーンを見やった。まさかとは思っていたが、そのまさかだった。
ドン・クィーンは無傷だ。
もう、盛大に苦笑するしかない。
さんざんバカにしてきたドングリに、勝てなかった。
「まいったぜ……」
自分の判断を悔やむ。自慢のチートスキルで、すべて解決できると思った。小田川に渡された兵器を使っていれば、最後の最後、あの20センチの距離をドン・クィーンに肉薄した瞬間に、終わらせることができたかもしれないのだ。
自分のミスだと目を伏せた、その時だった。
パキパキと、妙な音がひびいた。
「…………?」
もう一度ドン・クィーンを見やると、巨大ドングリの表面に、かすかにヒビが入っていた。しかも亀裂がみるみる広がってゆき、やがて大きな音を立てて瓦解しだす。
割れたドングリの裂け目から、にうっと影がのぞいた。
その内部の、あまりにもシュールすぎる光景に、もともとネジのイカれていたアゴがかっくんと外れる。
「……な、何なんだ、おまえは」
信じられないモノを視界に収めてしまったせいで、すでにままならない思考がますますままならない。ドングリの内部から現れたのは、なんと人間だったのだ。
「よいしょ」
と欠けたドングリをまたいで降りてくる。
肩から、さらりと長髪の一束が落ちて、すっ裸の肌にかかった。
外見は、まるで女の子だ。
ドングリの内部から現れた少女は、場違いなほど美しく笑みをうかべて、
「ドングリは、お好きですか?」
と、正気とは思えない発言をしだした。
「はあ?」
ドングリから出てきた少女に、果たして言葉をかえすべきかどうか、しばし迷う。
けれど考えているうちにバカらしくなってきて、どうでもよくなった。
「んな趣味ねえよ。それよか、そのハダカの方がよっぽど興味があるぜ」
そう答えると、ドングリ少女はちょっと残念そうに、
「……そうですか」
と目をふせた。
そして再びレイジを見つめ、
「引いてはくれませんか?」
とか言い出す。
「いやいや、ちょっと待てよ。もとはあんたらドングリが始めたことだろうが!」
なのにまるで不思議そうに、少女はきょとんとした。
「これは人間が始めたことです」
「……何を言ってんだ、明らかにドングリから襲撃してきたろうが」
「そうでしょうか? 人間は何もしていないと?」
「当たり前だ、どう考えたって」
「そうですか。やはり、互いに理解し合うことは難しいのですね」
と、ドングリ少女の眼の色が鋭く変わった。
赤の眼差しが、まっすぐにレイジを照射する。
「ならばもう言うことはありません。潔くここで死んでください」
「いくら可愛い子ちゃんのお願いでも、それだけは聞きたくねえよ」
レイジは対ドングリ用兵器を腹部から取り出だし、ぐっと握りしめた。
「終わりにしようぜ、そろそろ時間も、体力も限界なんだよ。一発勝負だ。この戦いに、文字通り人類とドングリの命運をかける」
「…………」
少女は、目をつむり、すこし上をむいた。
「なんて傲慢なひと」
そうつぶやき、続けた。
「いいでしょう。決着をつけましょう」
すたすたと歩いてくるドングリ少女は、ドングリを一粒だけ浮かせた。
まるでそれを弾丸とするかのように、人差し指の先っぽに装填する。
レイジの頭蓋に、すっと標準を合わせた。
「そんなボロボロのあなたに、一体何ができるというのでしょう?」
「世界を救える。あんたを倒せるよ」
少女は笑った。
「ならばやってみせて、このドングリの一撃を、」
――防げるならね。
ダンッ! と、弾丸速度で放たれたドングリ・ブレッドが、レイジの頭を貫く軌道をつっ走る。
しかし、眉間のほんのわずか手前で、ドングリはぴたりと止まってしまった。
「…………?」
不思議そうな表情で、それを見つめるドングリ少女は、次いで違和を感じた自分の腹部を見おろした。そして、みごとに貫通した黒い棒を眺める。自分の背後から、もぎ取れていたレイジのもう片方の腕が刺したのだと理解する。
「ずるいひとね」
「俺はスーパーヒューマノイドだから」
少女はゆっくり粒子となって、やがて完全に消失した。
ドン・クィーンを破壊すると、世界各地に飛んでいたすべてのドングリが粒子となって消え去った。
ドン・クィーンのあった場所には、ころりと一つだけ、ドングリが転がっていた。体力ゲージが残り2%を切ったボロボロの肉体をなんとか立ち上がらせると、もう主張することのない美しい堅果を、そっと拾いあげた。
「まったく。……とんでもねえ、ドングリだったぜ」
END