3話
大量にやっつけたそばから再び、あの耳ざわりなドングリたちの飛翔音が聞こえてくる。
もうしばらく休んでいたいところが、うかうかしていたらまた取り囲まれて、今度こそバッドエンドだ。連弾でチートスキルをぶっかましてやりたいが、激痛の反動はもとより、がっつり使用制限がある。博士いわく「人間の排泄(はいせつ)だってさすがに日に限りがあるだろう。な?」とか。
「リアルくそかよ!」
もっとちゃんとチート化してくれなかったマッシュ・マロリータ博士への恨みを込めて、ドゴン! 母艦ドングリアの床を蹴りだし、べこりと凹ませる。みごとに跳躍した宙空で身をひるがえし、ジェット加速に点火する。人間の視覚ではその場から姿を消したと見まがうほどの豪速で、ドングリアの深部に向けてぶっ飛びはじめた。
§§§§§
――肉体の損傷が70%を超えました。危険域です。
システムチックな音声が脳内に垂れ流される。レイジの体調についてわざわざ教えてくれる自動アナウンスに、イライラしながら答える。
「……おいおい。自分の体だぞ、んなもん言われずともわかってんだよ」
肩口からはじけ飛んだ左腕を自分でくっつけてみようとしたが、やっぱりダメだった。
あきらめてポイ捨てする。
口中がオイルでぐちゃぐちゃになっており、大量にブッ吐き出す。
「――ハア、ハア」
切れる息を整えながら、ようやっとたどり着いたドングリたちの玉座の間を見まわした。
だだ広い暗がりの空間は、通ってきたほかのエリアよりも気温が一回り低かった。
足元を白い冷気が漂っている。
そこかしこに管が走っており、どれもが中心に向かっていく。
管の寄り集まる玉座の中心には、いかにもボス格のドングリがそびえ立っていた。
「やっとお目見えできたぜ。……おまえが、そうなんだろう?」
あまりにもドデカい風格。
まるで語らずとも『出ていけ』と怒鳴られているかのようだ。
その威風は、もはやドングリのそれではない。
ドングリの肝っ玉母ちゃん。
――ドン・クィーン。
しばらく巨大ドングリと見つめ合っていると、突如、小田川からの緊急通信が入った。
【レイジ君、いよいよ大変だ!】
「ああ知ってるよ、まさに世紀最大のドングリ祭りだな」
【ちがう! ドングリたちの行動が急変したのだ! 奴ら、各地の原子炉を一斉にぶっ潰すつもりだ!】
「……マジかよ」
【一刻も早くドン・クィーンを止めろ! でなければ取り返しがつかなくなるぞ!】
「急かされたって状況は変わんねえよ! なんせ、こちとらとっくに、」
――戦(はじま)ってる!
ゴゴゴ! とドン・クィーン本体からぶったまげるほど大量のドングリたちが散布された。全空間を埋め尽くして、空中で一斉にぴたりと停止する。そしてこれも一斉に、まるでレイジを睨み付けるかのようにくるっと向きを変えた。
「ははは、こりゃまじで死ぬ(スクラップ)かもな」
たちまちドングリたちがレイジに向かってぶっ飛んできた。
弾丸じみた速度で襲いくるドングリ軍団をにらみつけて、胸板をカパッと開く。内部に備えられた光化学兵器のミラー板を輝かせる。
コオオォォォ――ン! とエネルギーを収束して、ドングリに囲まれる寸前を見計らい、一気にぶっ放した。高濃度のエネルギー波が放射状に拡散して、ドングリを焼き払っていく。が、すべてはカバーし切れない。とらえ損ねた幾つかのドングリ弾が、レイジの肉体に衝突して残りわずかな体力ゲージをガリガリ削っていく。
「――くそったれが!」
大声を張り、ジェット加速に点火した。
玉座を豪速で迂回し、ドングリの雨あられを回避する。
だが、ドングリの猛攻は容赦なかった。
「な、に!?」
今度はみずからが母艦の床までも貫いて、下からドングリがあふれ出てきたのだ。不意打ちじみた下方からの攻撃になすすべなく、肉体が上方へおもいきり撃ち飛ばされる。
やばい、これは終わったかもしれない。
巨大ドングリの頭上、たかく宙へ舞い上げられながら、そんな弱音を脳裏に浮かべた。
空中で力なくぶらーんとする肉体が、ドングリたちの格好の的となる。
そら行けトドメを刺せ! と言わんばかりに、全方位から猛然とドングリたちが飛んでくる。
意識のプツプツと遮断するさなかでレイジは、まだかろうじて機能する片目をギロリと動かした。
ドン・クィーンを視界にとらえて、ぼそりと告げる。
「……う○こだって、ふんばれば日に二回ぐらい、出るだろ……?」
手のひらを解放して、片手だけで黒いオーラを生み出す。
バチバチと総毛が逆立ち、これが最後だとばかりに全神経を集中させた。
「くたばれ」
――ブラック・ホール・ダウン。
ガンガンとまとわりついてくるドングリの大群ごと、肉体を大ボスのドン・クィーンに向けてジェット加速する。まさにドングリの切っ先、あのちょこんとした頭に、黒いオーラをぶっ叩きつけた。けたたましい爆音を伴ってレイジ最強のチートスキルが、玉座を包んでゆく。
これでやっと終われる、そう思った瞬間だった。
ドン・クィーンの巨体が、突如真っ白に輝き始めた。
そしてドングリの内部から、高らかに女性の声がした。
――ドングリ・オーバー・フラッシュ。