2話
緊急事態宣言が出されてから一週間、今もなお世界各地で死者が続出している。
対応を協議しようにもドングリたちはとても利巧で、真っ先にヤられたのは通信手段だった。襲撃の初日、各国首脳周辺で次々と接続障害が起きたのは、ドングリたちが情報インフラをターゲットにしたせいだ。
被害は刻々と拡大している。
しかし、そんな世の中の騒ぎなど微塵も興味はなかった。
次世代型ヒューマノイド試作3号機Reiji(レイジ)は、高度な生体システムを介して見事に酔っぱらっていた。日本は四国、香川県の高松市にある風俗街の一角で、昼間から二人の美嬢を相手に酒を飲みまくっている。右隣の可愛い子ちゃんの首筋にぶちゅーっとキスをかますと、左隣の可愛い子ちゃんが「えー、ずるいー」とおねだりが始まり、ぶっかますとまた右隣の可愛い子ちゃんが抱きついてきて……、
「おいおい、きりがねえぜ~」
と、バカ騒ぎも極まる。
そんな時だ。
マジでやばい案件に関する時だけ鳴らすことの許されたエマージェンシークリムゾン(EC)のコール音が、左耳の毒蛇型レッドピアスからガンガンに響き渡った。ECは、レイジの生みの親であるマッシュ・マロリータ博士がレイジに課したプログラムの一つで、どんなに嫌でも逆らえない。
ロックでイカした大音量ミュージックに、「あん?」と不機嫌になりながらピアスをつまむ。
「レイちゃんなになに~それえ」「おもしろ~、なんか鳴ってるよお?」
とやかましくのぞき込んでくる美嬢の顔面をおしやって、コールに出る。
【やあ、レイジ君。久しぶりだね】
と、初っ端からなめた口の美声に、酔いもぶっ醒めるほどイラッとする。名乗らずとも、そのいけ好かない声を聞いただけでわかるのだ。レイジに度々難題を突き付けてくる、狡猾な男――内閣府大臣政務官の小田川徹だ。
「……てめえ、休暇中に何の用だ」
【相変わらずこわいねえ。そんな邪険にしなくともいいだろう、我々は良きパートナーのはずだ。……こんな時なのだから、察しもつくはず。きみだって知らないわけじゃないだろう? 世の中がどんな状況なのか。世紀最大のドングリ祭りだ】
「おいおいおい、ふざけるな。まさか、ドングリって言ったのか? ごめんだぜ。俺のような善良な民間人が係るような案件じゃねえ、ドングリの退治なんざ政府がやれ」
【ハハハ、君が善良? おもしろいジョークだ。……しかし、まあ、認めよう。これはそう、まさに政府が負うべき国際レベルの仕事だ。そして、その政府がお手上げした難題でもある。だからこそ、きみに協力してほしいんだよ】
――ドングリの掃討作戦にね。
【もちろん報酬はいつも以上にはずむさ。きみだって、ずっとハーレム暮らしを続けていたいだろう? ドングリどもに女の子たちを殺されたら、それはそれでヤバイんじゃないのかい】
「人聞きの悪りぃ、まるで俺が女ったらしみてえな言い方じゃねえか」
【違ったのかい?】
「厳密には、可愛い子ちゃん限定の女ったらしだな」
【覚えておこう。――で、答えを聞きたいんだが】
「すかしやがって。断れねえの知ってんだろう。ほかに言うことねえなら、さっさと指示を出しやがれ」
【助かる。具体的なことは対策本部で伝えよう。至急だ】
ブツッ! と切れた通信にいや増してイラッとする。
すっと立ち上がると「えー、もお行っちゃうのお」「もっと遊んできなよ~」と絡んでくる美嬢に再びチュッチュ交わしあうと「また来るぜ」と店を後にした。
§§§§
ドングリ掃討作戦の内容を聞いて、レイジは飲んでいた温州ミカンジュース100%の缶を握り潰した。ポイッと口に放り込んでガギンゴギン! と噛み砕いてゆく。
「要はだ、俺がさくさくドングリの親玉のところへ行って、このチ○コをぶっこめばいいんだろ?」
あごで、机上の『黒い棒』をさす。
「下品だぞ。それにこれはチ○コではなくDgr8、通称ドングリ・ジェノサイドだ」
「くそ長ったらしい、チ○コでいいよ」
「……使うのはきみだからな、呼び名は勝手にしたまえ。だが言っておくぞ、奴は強烈なドングリだ」
「そこだけ録音して全国放送してやりてえな。言ってて恥ずかしくねえのか? たかがドングリごときに」
「最初はみんなそう思うのだ。実際にドングリを目の当たりして、ひきつる君の顔が拝めないのが実に残念だよ」
「言っとけ」
小田川は神妙な面持ちで手を伸ばしてきた。
「今回ばかりは……本気できみの幸運を祈らせてもらおう。いや、絶対に成功させてもらわねばならない」
差し出された手をパン! と叩きかえしてニイッと歯をみせる。
「わーってるよ。俺を誰だと思ってるんだ。天下のスーパーヒューマノイドだぞ? さくっと終わらせてくっから、あんたは大船に乗ったつもりで大の字に昼寝こいてろよ、あはは」
§§§§§
「くっそおおおぉぉぉぉぉ―――――!」
爆発音がそこかしこに響き渡る。
全身に備えた武器を全方位発射、ドングリの大群に向かってぶっ放ち続けているのだ。
視界に映る残弾ゲージがみるみる減り、もう残り半分を切ってしまった。
お得意のジェット加速をぶっかまし、勢いよく母艦ドングリアに侵入したまでは良い。だがなんだ、このおぞましきドングリの数は。降りそそぐドングリを防ぐだけで手一杯、まさに防戦一方だ。前進すらままならないではないか。
耳に取りつけたイヤホン型通信機器に怒鳴りつける。
「バカ野郎! 話が違うじゃねか!」
【バカはきみだ! まえもって話した通りだろうが! ドングリの脅威はすべて説明してある! きみが鼻をほじりながら『よゆーよゆー、ひゅー♪』とか言っているのがいけないんだ!】
「あーあー! 聞こえねえこりゃ機器の不調かなあ!? これにて通信しゅーりょー!」
こら待ちたまえ、の声をブッち切って、レイジは全視界を豪速でサーチした。
ピピピピピピッ! とターゲットのロックマークが瞬く間に視界を埋め尽くす。
「くそが、こんなしょっぱなからボス戦用のチートスキルを解放するだなんて」
もろ手を前に出す。
重ね合わせた手のひらを離すと、あいだに黒いオーラが生まれた。
バチバチと毛が逆立って、すぐ目前まで迫っていた一匹のドングリを、ギラつく瞳で見つめ返した。心から黙とう。
「うらむなよ」
――ブラック・ホール・ダウン。
ズバーン! と急激に超大化した黒いオーラが億万のドングリたちを、ワンフロアごと呑みこんだ。
あとには何も、ドングリ一つ残らない。
脇腹から飛び出た薬きょうが、がっこんがっこん、床にはねる。
その場にうずくまり、しばらく動けない。ポケ○ンの「はかいこうせん」てきなヤツだ。
口からオイルがだらだらと流れ、目からは壮絶な痛みに耐える涙があふれる。
ゼエ、ゼエ、ハア、ハア息を切らして耐える。
マッシュ・マロリータ博士は、レイジを造りだす際に強力なパワーを与えてくれた。だが同時に、高度なシステムによってヒトと同じ苦しみがわかるよう痛覚を備えさせたのだ。
「……ほんと、くそだ」
これさえ無ければもっと強くなれたろうにと、いつも悔しく思う。