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1話

 近ごろ、ドングリの進撃が深刻化している。

 可愛らしい茶色の堅果なぞ、思い浮かべてもらっては困る。

 あれは人を殺める、いわばバイオ兵器だ。

 大群をなして空を覆い、人間に襲いかかる。眼にねじ入って鼓膜を突き破り、鼻を突きぬけ脳をえぐる。口腔内を内臓まで埋め尽くした後には、人体をただの赤い物体へと変えてしまう。

 対策本部に召集されたドングリ研究の権威、片井 粒一(かたい りゅういち)教授は、まだ資料を整える音がやまぬうちに、一つ咳払いを挟んで発言した。

「我々はドングリに抗わねばならない。でなければ近いうち破滅するだろう。ゆえに結構必死こいて造ってみたのだ、ドングリに限界突破ダメージを与える兵器をな。きゃつ等は特殊性周波Dgrを8Lv以上で浴びせると破砕することがわかっている。今回はこれを応用した。奴らに一泡吹かせる秘策となるはずだ。あとはぶっ放せばいい」

 黒スーツ&サングラス、でも丈が半袖短パンの対策本部長アツガリはメガネを輝かせた。

「すごい勝算だな。だったらすぐにでも――」

 発射しろ、という声に、いや、と教授が重ねた。教授の面持は険しいままだ。やがて首をよこに振った。

「問題はそのDgrの有効範囲でな」

「……なんだ。せまいのか?」

「ああ、うんとせまい。20センチだ」

 その答えを聞いて、しばらく会議室は沈黙に打ち沈んだ。

「蚊を落とすスプレーじゃあるまいし、ものっそいちびちびしか効かないじゃないか!」

 あわや長テーブルをひっくり返すほど、アツガリが拳を叩きつけた。

「だから問題といったろう? しかし望みはある。ドングリたちは母体であるドン・クィーンの存在が示唆されてる。大ボスを叩けば奴らは司令塔を失い、戦闘不能になるかもだろう?」

「ドン・クィーン? 示唆? かも? そんな不確かな情報で――」

 アツガリはサングラスを取った。顔面に走る傷痕は、別段ドングリにやられたわけではないが、この場では何よりも凄みがある。

「どうにかできる相手じゃないんだぞ! どれほどの死人が出たと思ってる! 今もなお人々がドングリにえぐられている! のんきなことを言っていては奴らの侵攻は阻止できない!」

「落ち着きたまえ」

 興奮するアツガリ本部長に、片井教授はメガネをくいと押しあげて冷静に続けた。

「これを見てくれ」

 ヴヴーンと降りてきたスクリーンに、ざらざらノイズの混じる暗闇が映し出された。

「知ってのとおり先日、ドングリの拠点とみられる北太平洋上の飛行物体、通称『ドングリア』に、ヒューマノイド部隊による奇襲作戦が行われた。あわよくば内部の制御システムを破壊する算段だったが、ヒューマノイドからの通信は途絶。今もなお音信不通だ。しかし、それまでに送られてきた内部の映像だけはデータが取れている。これはその時のものだ」

「……ずいぶん乱れているな。よく見えないぞ」

 教授はざらざらの映像を静止画に変え、一点をフォーカスした。映し出されたのは、見るもおぞましい、ドングリの大群だった。

 アツガリはごくりと唾を呑んだ。

「なんて数だ……」

 ドングリで埋め尽くされた圧倒的な世界に、対策本部は凍りついた。

 教授は続けた。

「きゃつ等のパワーが、我々の想像をぶっ超えていることはすでに承知のとおりだ。遠方射撃はあの馬鹿げた数によってねじ伏せられる。下手に高威力のミサイルなど撃てばこちらがヒドイ目を見るだろう。近接戦闘では送り込んだ最新鋭のヒューマノイドがことごとく破壊されてしまっている。まさにお手上げ状態だ。得られぬ戦果に、さすがに焦りもあったが……、ようやっと一矢報いたというところか。ドングリアの深部で、部隊はこんな映像を届けてくれた」

 教授が言うと、再開されたスクリーン映像が一瞬だけ明るんだ。……が、それだけだった。ただざらざらとドングリたちのノイズが映り続けるだけで、何が映ったのかさっぱり視認できない。

「なんだ、何が映ったという?」

 アツガリほか、対策本部メンバー皆が目をこらした。

 映像は再度繰り返されたが、再び一瞬明るむだけで、やはり何があるのかわからない。

 徐々にスローにされていく。

 やがて、明るんだその一瞬が、一枚の静止画となった。

 多量のドングリに埋め尽くされた世界にあって、なお増して、その存在感は圧倒的だった。

 見る者の毛を総立たせる、巨大なるバケモノ。

 人知を超える、まさにギガティック・ドングリ。

 というより、もはやドングリという形容がバカらしくなるほどの威容だ。

「こ、これが、その?」

「そうだ。これが、」


 ――ドン・クィーンだ。


「ドングリの動きは各地で統制されている。つまり、」

 教授は自分のこめかみをつんつんした。

「ブレインが存在する可能性は大いにある。そして部隊が遺してくれたこの映像には、まさしくドングリの親玉にふさわしきバケモノが映されていた。ならば我々は、念願の開発にこぎつけたドングリキラーである対ドングリ用兵器Dgr8、通称『ドングリ・ジェノサイド』を駆使し、このドン・クィーンなる存在をぶっ叩きのめして、人類の起死回生を最優先に考えるべきだろう」

 背もたれに頭を預けて、アツガリは深く息をついた。

「……簡単に言ってくれる。単純な武力のぶつかり合いに勝っていたのなら、こんなドングリのための会議など開いていないのだぞ。一体どうやって、そのドン・クィーンの懐までジェノサイドを運ぶというのだ」

 アツガリの指摘どおり、億万のドングリ軍団に歯が立たないからこそ、人類は危機に瀕しているのだ。会議室は再び沈黙に包まれてしまった。

 だが突然、それまで押し黙って話を聞いていた長身のスーツ男が、扉のわきからすっと前に出てきた。

「なんだね、小田川君」

 片井教授が小田川と呼んだその男は、皆の前に出ると、すうっと背筋をのばした。

「ドングリ・ジェノサイド移送の件、一人適任を知っています。この仕事、私にお任せいただけないでしょうか?」

「適任だと? バカな。最新鋭のヒューマノイド部隊が壊滅したのだ。そんなヤツいるはずない」

 アツガリの怪訝な表情を一瞥して、小田川はにっこり笑った。

「とっておきの最終兵器(かくしだま)がいるんですよ。この日本にね」

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