(おまけ)ハジメからの報告
店の棚に並べられた商品を見ながらきゃいきゃいと話をしている客を見ながら、パティは盛大にため息を吐いた。
「五回目です」
そんなパティを見て、横にいたシエラが謎の数字を言って来た。
「? なんやそれ?」
「パティ様が今日この店に入ってからついたため息の数です」
「そんなん数えるな!」
反射的に突込みを入れたパティだったが、続くシエラの言葉にグッと詰まってしまった。
「そんなに会いたいのであれば、自分から行けばいいではありませんか」
誰に会いたいのかは言うまでもない。
あえて主語を省かれたその台詞に、パティはそっぽを向くのであった。
パティとしても、ハジメが運営からの依頼のアイテムを作るのに忙しくしているのは分かっている。
しかもきちんと消耗品の類は店に卸してくれているのだ、文句など言えるはずもない。
だからといって、直接会いたいという気持ちは押えられなかった。
結果として、シエラが数えることとなるため息の数が増えていくのだ。
いっそのこと、シエラが言った通り、本気でハジメの拠点に行くこうか、などとこれまでも何度も考えては泡と消えた考えが浮かんできた。
そんなことを考えていたパティだったが、ついに待ち人が現れた。
その場にいた誰よりも早く、ハジメの入店に気が付いたパティは、思わず駆け寄ろうとして、すぐに内心で首を傾げた。
(なんや、ずいぶんと機嫌が良さげやな?)
ハジメの表情から何かあったと察したパティは、彼が何か言うよりも早くちょいちょいと手招きをして、裏へと招き入れた。
「さあ、さっさと何があったか吐こうや!」
(し、しまった。つい喧嘩腰に!)
そんなことを考えたパティを見て、一緒に付いてきたシエラが呆れたような表情をしたが、幸いにしてハジメは気づいていなかった。
「なんなんだ、突然。まあ、ここの方が都合がいいからいいが」
その言葉に安堵と残念さの気持ちがまぜこぜになりながら、パティは誤魔化すように胸を張った。
「で、何があったんや? また新しいアイテムでも作ったんか?」
いつもの調子に戻ったパティだったが、続けて発せられたハジメの言葉に、思わず呆けてしまった。
「いや、確かに新しいアイテムは完成したんだが、店に出せるようなものじゃないな。運営イベントをクリアした」
「・・・・・・はい?」
思ってもいなかった言葉に、パティは気の抜けた返事しかできなかった。
確かにここ数カ月の間、ハジメが運営イベントをクリアするために、アイテムを作成しようとしているのは分かっていた。
だが、それでもまだまだかかると思っていたのだ。
それは、他のプレイヤーたちからの情報で、どれほど運営イベントが難しいかを聞いていたためだ。
いくらハジメでもまだまだかかるだろうと思っていたからこそ、ハジメが来る前までため息を吐きまくっていたのである。
その情報に、普段パティをからかいまくっているシエラも驚きの表情をハジメへと向けていた。
「う、運営イベントって! ク、クリアって!?」
「いや、言葉のままなんだが?」
あっさりとそう言ってきたハジメに、パティはクラリとよろめいた。
「そ、そんなことを当たり前のようにあっさりと言うなや!」
「いや、そう言われてもな」
パティの言葉に、ハジメは困ったような表情で鼻の頭を掻くような仕草を見せた。
ハジメらしいといえばハジメらしいその様子に、パティはため息混じりに言った。
「もうええわ。ちょっと待ってえな。サブマスのふたりも呼ぶから」
流石に一人で聞いていい話ではないと判断したパティは、そう言って話を進めようとするハジメを止めるのであった。
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幸いにしてサブマスのふたりは攻略に出るでもなく、休みを取っていたようで、すぐにギルド拠点へとやって来た。
呼び出しをする際に、さらっと「ハジメがクリアしたで」とだけ付け加えたのが功を奏したらしい。
パティも驚く速さでふたりとも駆けつけて来た。
「本当に、クリアしたのか!?」
「嘘じゃないわよね!?」
二人揃って詰め寄る姿に、ハジメの腰が引き気味になっている。
それにしっかり気付いたパティは、助け舟を出すことにした。
「ほらほら、ふたりとも落ち着き。そんなに詰めるよると、話すもんも話せなくなるで?」
そのパティの言葉に、イーネスとエミーリエはなんとか落ち着きを取り戻した。
ふたりがきちんと椅子に座ってから、ハジメはパティに促されてあの不思議な場所で起こったことを話し始めた。
ただし、運営に関わることは、残念ながらパティたちにはほとんど聞き取ることができなかった。
口の動きを見ている限りでは、なにか言葉を発しているのは分かるのだが、それが何を言っているのか分からなかったのである。
読唇術という妙な特技を持っているイーネスも、理解できないと言っていた。
口が動いているのが分かっても、それが何を意味するのかが分からない、まるでフィルターがかかっているようだと。
ハジメが言った「運営は神の集まりのようなもの」という言葉を信じるならば、そうしたことも可能だと納得できてしまう。
そんなことよりも、パティたちにとっては、その後に続いた第三段階やサポートキャラについての話の方が重要だった。
これ等については、恐らくなにかがあるのだろう、とは言われていたが、今まで見つけることができなかったことだ。
ハジメが聞いたのはあくまでも情報の一部だが、それでもその話を運営から聞けたというのは大きかった。
極めつけは、ハジメが最後に語った情報だ。
「最後になるが、運営イベントをクリアしたら新しい職につけた」
「ちょっ!?」
「なんだ、それ!?」
「うそっ!?」
ハジメの言葉に、三者三様に驚いていた。
三つめの職(場合によっては四つ目)に就いたあとは、それ以上の上級職はないというのが、今のところのプレイヤー間での一般常識だった。
それが、見事に覆されたことになる。
「恐らくだが、スキルに<神の加護>が増えていた。これがトリガーになるのだろうな。スキルも<神級>と付くのが覚えられるようだな」
そのハジメからの情報に、三人は揃ってため息を吐いた。
「・・・・・・なんというか、ずいぶんと荒れるやろうなあ」
そうポツリと呟いたパティの言葉に、他の三人が重々しく頷くのであった。
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結局、ハジメからの情報は、紅月華園からの続報として他のプレイヤーに周知されることとなった。
運営に関する部分は省いての情報提供だったが、それでも与えたインパクトは大きく、のんびりと運営イベントをこなしていたプレイヤーは勿論、未だ受けられていないプレイヤーも目の色を変えることとなった。
そういうパティも他人ごとではなくなり、以前からゆっくりと探していた運営イベントを本格的に探すことになった。
お陰でパティが店に顔を出せる時間が減ることとなり、折角落ち着きを取り戻したハジメと会える時間が相変わらず少ないままになってしまった。
それに気づいたパティが夜枕を涙で濡らすことになったかどうかは、他のサポートキャラたちは誰にも語らなかったのであった。
おまけ話第一弾でした。
第六章の掲示板回は、いつも通り金曜日に上げる予定です。




