(18)穏やかな日常
テーブルの上には、白いご飯と各種おかずが並べられていた。
購買で買った出来合いの物ではなく、イリスが作った手料理である。
その内容は見事に和食になっている。
以前に、ハジメの故郷の料理はどんなものか聞かれたときに、何かないかと探したところ購買に料理本があったのでそれを購入していた。
それを読んだイリスが、その日のうちに和食を並べるようになっていた。
以前にイリスが出していた料理も特に嫌いだと言うわけではないのだが、なぜかイリスは和食にこだわって出し続けている。
ちゃんとそのことも一度は言ったのだが、何かこだわりがあるのか、和食を出し続けるイリスにさらに言うつもりはなかった。
「ご馳走様。うまかった」
ハジメはしっかりと手を合わせてからそう言った。
「ありがとうございます」
イリスもそう言って穏やかに笑っている。
ちなみに、般若の表情を見せたのは、最初の時の一度きりだけだ。
穏やかな性格の者が、怒ると怖いと言う良い例なのだろう。
牛はそもそも普段はのんびりしているような感じだが、怒るととんでもないと言う話をどこかで聞い事があるのを思い出したハジメだった。
単なる聞き伝えなので、正しいかどうかは全くわからない。
しかもいくら牛獣人とはいえ、実際の牛とは何の関係もないとは思う。
流石にその辺は、間違いなく失礼に当たると思って聞けていないのだった。
「それでは片づけますね」
イリスも食べ終えたのか、そう言って食器を片づけ始めた。
そもそもイリスが来る前は食器すら買っていなかった。
購買から出来合いのものを買っていたので、特に食器が必要だと思っていなかったのもある。
ちなみに、今日の御飯のおかずに出ていた野菜類は、イリスが畑で作った野菜たちだ。
最近になって最初に蒔いた物が生ってきたようで、食卓に登場するようになっていた。
薬草騒動の時に使っていた部分に、さらに植え始めたという事なので、自分たちでは食べきれないほどの野菜が出来るのもすぐだろう。
余った野菜は、パティの所に卸すことが決まっている。
以前にイリスが作った野菜を持って行った時に、パティが絶対に持ってくるようにと絶賛していたのだ。
どちらかと言うと、店で売るためよりも自分で食べるために使うようだったが。
片づけをしているイリスの背中を見ながら、何かお礼が出来ないかなと考えるハジメだった。
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「んー。やっぱ、むっちゃ旨いなあ」
「あ、ありがとうございます」
パティの賞賛に、イリスは多少戸惑ったように返事をした。
今パティが食べているのは、イリス手製の昼食だった。
何となく今日は、いつもとは違う時間に来たのだが、昼がまだだと言うのでイリスに作らせたのだ。
ちなみに、こういう事は初めてではない。
以前にも何度かパティは、イリスが作った物を食べたことがある。
その時も同じように賞賛していた。
「うーん。素材のおかげというのもあると思うけど、やっぱりスキルのおかげかなあ?」
「どうかな? 俺は他の人のを食べたことが無いから分からんな」
自分自身で作ったことがないので、何気にこの世界に来てからハジメが口にしているのは、購買で買った出来合いの物かイリスの物という事になる。
「それは、むっちゃ贅沢やなあ」
「スキル持ちに作らせたらどうなんだ?」
「うちのサポートキャラにも<料理>持ちいるけどなあ。ここまでではないんよ。なんでやろなあ?」
何気に自分のサポートキャラの腕が落ちると言ってしまったパティだったが、言われた当人は気にしていなかった。
というか、同意するように頷いていた。
その当人も隣でイリスの食事を食べているのだ。
「そうなのか?」
「そうなんよ。やっぱり材料が違うんやろか」
ハジメとパティの視線が、イリスへと向いた。
「いえ、あの。私も分からないんですが・・・・・・同じ材料で作らせてみたらどうでしょうか?」
「以前貰った材料でやってみたけど、あかんかったのよねえ」
「それはまた不思議だな。スキルLVだってさほど差があるとは思えないが?」
何しろイリスは、サポートキャラとしては二番目のキャラなので、まだ日が浅い方だ。
そこまで差が付いているとは思えないのである。
「やっぱりもったいないなあ。商売にせえへんの?」
「本人にやる気がないのを無理やりやらせる気はないなあ」
以前にも同じことをパティに言われていたが、イリスはそれを断っていた。
料理を元にした商売をするとなると、どうしてもそれに時間が取られることになる。
そうすると今やっている畑が全て無駄になってしまう。
それだけではなく、高品質の回復薬の提供も難しくなるだろう。
「それに、イリスがいなくなると薬草の確保が難しくなるから、今程納品が出来なくなるしな」
ハジメのその言葉に、パティが顔色を変えた。
「何やそれ?」
「あれ? 言ってなかったか? 俺が納品している回復薬の薬草は、イリスが管理している畑で作っているやつだ。
これがまた品質が高くてな。Cランクが安定して作れてるのは、間違いなくその薬草のおかげだな」
「そういう事は早く教えてえな。なら最初から料理人せえなんて言わんかったのに」
「そうなのか?」
「そらそうや。今更うちの露店で、ハジメの回復薬は外せん」
騒動が起こる前から割とそうだったのだが、今では完全にパティの露店はハジメの回復薬があるために、客が集まっていると言ってもいい程になっていた。
「いや、それは大袈裟だろ? 見た感じ良い品物揃ってるじゃないか」
「そらそうや。いくらなんでも回復薬だけではやって行かれへん。けど、客はまずはハジメの回復薬を買いに来て、あとはそれにつられて買っていくような状態やからな」
「なんだ。そういう事なら、その流れもいずれ変わるだろ? 今は騒動の件があるから来ているだけで」
「そうかなあ? そうは思わへんけど」
ハジメにしてみれば、同じランクの物が出回っているので、どれも一緒だと考えている。
だがパティに言わせれば、先日の騒動以来「ハジメ」の回復薬ということで売れて行っている感触がある。
これはパティの方が正解で、直にお客と接しているからこそ気付いているのだ。
「まあ、ええわ。それで? 今日いつもと違う時間に来たのは、何か新しいものでもあるん?」
「ああ、いや。そうじゃなくて、時間が空いたから市場の調査でもと思ってな」
いくら生産職とは言え、いつまでも同じものを作り続けるだけで安定できるとは考えていない。
さらに作成師という職から考えても調合だけで済むとも思っていないのだ。
そう言ったことを考えると、常に市場の動向はチェックしたほうがいい。
だからこそ、ある程度の期間を置いて常に露店の状況を確認しているのである。
「そうか。それじゃあ今日の納品は、また後でかな?」
「そうだな。一回りしてからまた戻ってくるよ」
「了解や」
ハジメは、パティがそう返事をすると、右手を軽く上げてからイリスを伴ってその場を離れるのであった。
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交流の街は、東西に延びている道と南北に伸びている道が二本ある。
道と言ってもアスファルトで固められているわけではなく石畳になっている。
その二本の道が交差しているところに、既存の建物が三軒ずつ計十二軒建っている。
先日会議をしたのは、その内の一軒だったのだが、今でもまだ購入した猛者は現れていない。
購入するために設定されている値段がとてつもなく高いので、購入者が現れるのは当分先になるだろう。
パティ曰く、値段に見合うだけの売り上げを上げることもまだ難しいと言っていた。
生産職や戦闘職たちのレベルが上がって行って、今よりも高額な物を扱うようになれば、また状況が変わるかも知れないという事だった。
もっとも、それは個人の場合で、ギルドなりを作ってその集団で購入するという流れもそろそろ出てきてもおかしくはない。
ただしこの世界の場合は、集団になって行動する意味があるかどうかは、まだ微妙な所だ。
薬草騒動の時のような場合は、集団であることが重要なのだが、そこまで大きな事件が毎度毎度起こるわけもないので、以前集まった者達でギルドを作る話は立ち消えてしまっていた。
今回のことに限らず、似たような話はあちこちで聞かれているらしい。
条件等が合わずに、立ち消えてしまっているというのが以前と変わらない様だった。
交流の街にある露店は、最初のころに比べてかなりの数になっていた。
パティのようにプレイヤーが商人という者もいるのだが、サポートキャラに商売を任せている者も中にはいる。
そう言った者達は、流石に一日中露店を開いているわけではなく、一日数時間と言った感じにしているようだった。
ハジメにしてみれば、パティと言う卸し先があるので、今のところサポートキャラに店を任せるといったことをするつもりはない。
立ち並ぶ露店が増えているという事は、当然それを目当てにしているプレイヤーも多数訪れるようになってきている。
露店を覗きに来たプレイヤーも、それについてきているサポートキャラも多種多様な種族が見受けられるようになっていた。
流石にここまで露店の数が増えると、全ての露店をじっくり吟味するわけにもいかないので、ハジメたちは並べられている商品を横目で見ながらのんびりと歩いていた。
そんな事をしていると、ある露店の商品がハジメの眼に止まった。
いわゆるアクセサリーを扱っている露店だった。
パティの露店にもアクセサリーの類は置いているのだが、それらとはまた毛色が違った感じの商品だった。
何が違うと口では説明できないのだが、何となく気になる物が揃っていたのだ。
「これは売り物か?」
「え・・・・・・!? あ、はい。いらっしゃい」
ハジメがわざわざそう聞いたのは、他に客がいなかったのと値札もなかったからだ。
プレイヤーによっては、売るためではなく商人たちに見せるためにこうして自分が作った物を置いている者もいたりする。
商人たちの数も増えてきているので、ハジメの時のようにいちいち自ら売り込むよりも効率的だったりするのだ。
店番をしていた少年の返事から一応商品であることは確認できた。
ハジメは、見た目から少年と判断しているが、実際はホビット族のような例もあるので、まだわからないのだが。
「これらは、何かの効果とかがあるのか?」
「あ・・・・・・いいえ。特に何かの効果があるわけではありません」
少年が多少沈んだような表情になってそう答えた。
この世界の場合、アクセサリーといっても何らかしらの効果が付いている物を出すのがほとんどだ。
購入する者が、戦闘をメインにしている者達が中心なので、それも当然と言えた。
だからこそ、この露店のアクセサリーのように何も効果が付いていない物は珍しい。
逆に言えば、売れにくいという欠点もあるのだが。
少年の表情はそのためだろう。
「なるほどな。お? ・・・・・・イリス、これなんかどうだ?」
突然呼ばれたイリスが、驚いたような表情になった。
「え!? 私にですか?」
「当たり前だろう。俺にはアクセサリーを付ける趣味はない」
別に男がアクセサリーを付けるなと言うわけではなく、単純に興味がないだけだ。
「いえ、でも普段は農作業をするので、付ける機会はほとんどないと思いますが?」
内心では非常に嬉しいイリスだったが、一応そう申し出た。
実際、農作業中にアクセサリーなどを付けていると、邪魔になることが多いのだ。
「それでもいいじゃないか。こうして街に出てくることもあるんだし」
「そういう事でしたら・・・・・・ありがとうございます」
イリスは、はにかみながら礼を言ってきた。
ちなみに、拠点の収支を管理しているのはイリスだが、こうしてプレゼントを買えるくらいのGPは貰っている。
所謂お小遣い制というやつだ。
「あ、ありがとうございます!」
二人の話の流れから自分の商品を購入するのだと分かって、少年が礼を言って来た。
単純に商品を買ってくれたからの礼だけではなく、それ以外の物も含んでいると感じたハジメが、気まぐれでアドバイスをすることにした。
「何。いい物だと思ったから欲しくなっただけだ。それから、せめて商品とするのなら値札くらいは付けた方がいい」
「・・・・・・あ」
思わず、と言った感じでその一言を漏らした少年だったが、更に礼を重ねようとするときには、既にハジメはその場を去っていたのであった。
今回はステータス変化なし
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今話で第一章の本編は終わりです。
後は二話掲示板が続きます。
肝心の第二章ですが、現在難航しておりまして、投稿できるのが少し遅くなりそうです。
いつ投稿できるのかは、活動報告で報告をする予定です。




