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第三十七話

涙を流して呆然とする人、何もしゃべらずにただひたすらに食べる人、どことも知れぬここではないどこかに意識を飛ばしている人、何かを言おうとして言葉をさがすもうまい表現がみつからず、次の一口を食べる人。


隣を見れば、頬をそめながらひたすら肉にかじりつくシエル。いったいどうしてこうなった。



********************



「ところで少年、我々をどうするつもりかね」


しばらくしてから岩をどけた後、若干やせ気味のおっさん、名前を聞いたら栗田さんだそうだ、がそう聞いてきた。


「どうするっていわれても、ドワーフの人たちに謝ってもらって、出した被害分は修理なりなんなりで返して、噂が無くなればいいっす」

「いや、自分たちで言うのもなんだがおそらく似たようなことをし続けるぞ? まあ街から離れていてもうるさいから危険とかの噂は消えないだろう。そのたびに我々の邪魔をするつもりかね?」

「いや、何とかする努力をしろよ」

「いやいや、馬鹿を言ってはいけない。冬の布団から出られないのしかり、ダイエット中にデザートを食べるのしかり、人は己の欲望には勝てないものだよ。それが出来るなら聖人か何かだ」

「言い訳抜きの本音は?」

「こんな面白いことをやめられるわけ無いだろう! 意地でも実験や試用を続けさせてもらいたい!」


なんかかっこいいことを言ったっぽい雰囲気になりかけたが、結局はこれだ。やりたい事をするのはいいけど、迷惑にならないようにしてもらいたい。


「音が出ないことだけ……とかも無理か。じゃあもっと人里から離れたところに行けよ。宇宙とか地中とか」

「人里を離れると魔物が強くてとてもじゃないが暮らせなかったんだよ。だが確かにそうだな、空飛ぶ城でも作ってみようか。それなら迷惑にはなりにくいだろう」

「その前にドワーフな? あと少しは反省するとか懲りるとかしろよ?」

「空を飛ばすならやはりプロペラか? ジェットも捨てがたいが……」

「動力をどうするかも問題っしょ? ガソリン無いんだぜ?」

「だからまずはファンタジー利用しつつ永久機関をだなぁ」

「机上の空論乙。それよりも蒸気機関の改良を……」


また話し合いが始まる。白熱する前に止めないとと思うと、ぐぅーと大きな音が鳴った。


「そういえば二日は何も食べていなかったな。生活魔法持ってる奴誰だっけ?」

「あーごめん、またMP使い切ってる」

「じゃあ今日も焼いただけの肉かな」

「「「はっはっは」」」


馬鹿だ。こいつら絶対馬鹿だ。飯よりも実験が好きか。


「生活魔法、昇持ってるよね? でもなんで生活魔法?」

「いや、食材のアイテムに生活魔法かけたら料理として食えるようになるだろう? 最初は適当に焼いて食べていたけど、それを発見してからはMP切れてなければそうしていたしね」


シエルの質問に栗田さんが答える。へぇ、生活魔法ってそんな便利なことも出来たのか。試しに適当なモンスターの肉を出して、ステーキをイメージしながら生活魔法をかける。


「お、本当だ。しかも結構いいにおいだな」

「少年、少しくれないかね? 焼いただけの肉はあまりおいしくなくてね」

「あいよ。どうせ街で食う予定だから全部やるよ。他の奴の分も用意したほうがいいかな?」

「食材はこっちから出そう。では早速……!!」


それから冒頭の状況になるまで、そんなに時間はかからなかった。最初栗田さんが持ってる食材を全部出せ! と叫んだときは頭がおかしくなったのかと思ったが、生活魔法のレベルのせいか魔力の数値のせいか、完成した品はただひたすらにおいしいとしか形容できない、筆舌に尽くしがたいとかそんなちゃちなもんじゃ断じてない物になったそうだ。


しかし、未だに一口も食べられていない。そんなにおいしいならと自分用に作ったものは全部シエルに持っていかれたし、追加分も持っていかれた。それに他の連中にも追加を迫られていて、自分で食べている暇が無い。


それに晩飯ももうすぐの時間になってきているのに、今食べたら他の飯が入らなくなる。いつでも食べれるわけだし、今回はやめておこう。


「ああ、死ぬのか。これから死ぬからこんなものを食べさせてもらっているんだな」

「人聞きの悪いこと言うなよ、もう作らんぞ?」

「「「いいから追加作れよ! ハリー、ハリー、ハリー!」」」


飯に対する人の執着は恐ろしいと言うが、まさかここまで豹変するとは思わなかっ……こいつら元々こんなじゃね?


「むぐむぐ……幸せだなぁ」


シエル、お前は人の飯を奪って幸せに浸るのをやめろ!


その後一口だけ食べる機会を得たが、普通に美味しいけどそれだけだった。なんでこいつらはこんなに感動してるんだろうか。

おかしい、味はただの肉、それを焼いたに過ぎないもののはずなんだ。だがこれはなんだ? 口に入れ、噛んだ時点で口いっぱいどころじゃない、体中から湧き上がるこの感覚は! とてもじゃないが表現できない! 普通のうまい肉なら肉汁がじゅわぁっとか歯ごたえや舌触り、その他色々な褒め方があるはずだ。しかしコレは違う! 体中を支配するこの感覚! ただ噛んだだけのはずなのに沸きあがるこの感動! ……なんだ、俺泣いてるのか? おかしいや、目から勝手に……とまんねぇや。もう何かを考えるのもばかばかしい。これを表現しようだなんて無理だったんだ。ただうまいとか、そんな単純にしか表現できねぇ。感謝だとか、そんなもんを通り過ぎた何かだ、今、俺が感じているものは。これは幸せなんかじゃ絶対ない。でなければ、今まで感じてきた幸せなんて物はただのごみみたいなもんになってしまう。これは呪いか? いや、そんな陳腐なものでもない。うまいだ。コレを、この感覚をいうにはうまいしかないんだ。


なんて感想を持つほどの美味しさでしょうか。これから更に昇のレベルが上がって、全力を出したら美味しいという概念を直接口に入れたとかそんなレベルになります。美味しすぎて幸せすぎて、今までのすべてを美味しいで上書きされるとかそんなナニカになりかねないです。痛みなどの負の感情はオカシイ人間なら耐えられるかもしれませんが、正の感情でオーバーフローさせられたら耐えられるんですかね?


ちなみに本人が普通に美味しい程度しか感じなかった理由は、魔力による美味しさ(いりょく)の補正が自分の魔力が高いせいで打ち消されたからです。まあスキルレベル分には美味しいと感じます。

言ってみれば、自分のチャームの魔法に自分ではかからない、みたいな感じでしょうか。若干違いますがイメージとしてはそんな感じです。

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