その四
さらに一年後、今度は息子が問題行動を起こした。
学校でのいじめを理由に、不登校になってしまったのだ。
いじめの理由は、私立の有名幼稚園に通っていたことを、鼻にかけて自慢したためらしい。
哲也は仕事と家事で手一杯で、息子と十分に向き合う時間を取って来なかった。
仕事にかまけて子供を放任していたのだ。
その結果が不登校だ。
哲也は嫌でも子供と向き合うことを強いられた。
こうなると、今度は仕事の方がどうにも行かなくなった。
哲也は閑職へと異動させられた。
しかし、そこはリストラ部屋と呼ばれている部署であった。
今までがむしゃらに仕事をしてきた哲也には、この閑職は我慢できなかった。
それからすぐに、哲也は会社を依願退職した。
哲也の再就職の道のりは険しかった。
四十歳になった哲也には、受け入れてくれる就職先はそう多くなかった。
それでも、息子を育てていくためには、すぐにでも働き口を決める必要がある。
哲也は、時間の融通が利く、小さな水道修理会社の営業職に就いた。
月々の給料は、今までの半分以下になった。
この額では、今のマンションのローンを払い続けていくことは難しい。
立派な大人のシンボルでもあるこのマンションを手放したくない哲也は、貯金を切り崩しながらもローンを払い続けた。
しかし、貯金を使い切ってしまうと、しかたなくマンションを手放し、安い賃貸アパートへ引っ越した。
ここ最近の不動産価格の下落により、マンションを売却してもローンはまだ残ってしまった。
哲也は改めて今の自分を顧みていた。
バツイチの父子家庭で安いアパート暮らし。
仕事は水道修理。
借金もあり、しかも子供は不登校になっている。
哲也が、子供のころから目指してきた『立派な大人』とは、かけ離れた現状だった。
哲也は、ふと自殺しようかという思いが過った。
それは、テレビゲームで失敗した時に押す、リセットボタンと同じだった。
これまでの全てを無にして、新たに生まれなおず。禁断のボタンが、自殺という手段だった。