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Heven's door  作者: 三月
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scene2 ゲオルグ・ヴァルターの場合―後編―

 無限砂漠の入り口に入ると、私の思惑通りサンドワームがそこにいた。残念ながらマザーワームは居ないようだが尋常ではない数のサンドワームが群れを成している。通常であれば、2~3匹ほどの群れを形成することはあるが、ここまで大量の群れを成すことはない。当たりだ。

「このままじゃ見つかるな………あそこに丁度いい岩場がある。隠れるぞ」

私はシルクハットの男に注意を促すと、奴らから隠れるために近くの岩場まで移動した。

ここから先は奴らの王国のようなものであり、そのまま突っ込んでいくのは自作行為だ。

この様子を見れば、無限砂漠へ向かって誰一人として帰って来なかったのにも頷けるというものだ。とはいえ、迂回するという案は地平の彼方までサンドワームの群れがポツポツと点在しているのが見て取れるので成功は難しいだろう。見つかったら1匹、2匹と援軍を呼ばれ、最期には袋叩きにされてしまう。

「恐らくだが、あの一番奥に行けば標的に会えるだろう―――ただし奴らを回避して奥に行ければの話だが」

私は囁いた。

「あんたならどうする?」

 シルクハットの男は考えるそぶりをした。何かの彫刻のように整った横顔が太陽に照らされている。

「彼らは、マザーワームと呼ばれる個体の守り役のようですね」

 なぜそのような抽象的な呼び方で呼ばねばならないのか、私には飲み込めなかったが、シルクハットの男は呟いた。

「群れをパニックに陥れれば彼らに隙が生まれる。そこにつけ込めばいいでしょう」

「お説のとおりだ。だがそんな真似が出来るかね?」

「出来ると思いますよ」

 シルクハットの男はかすかに微笑し、唇に指を当てた。次の瞬間、異様な鋭さをたたえた口笛ホイッスルがその唇からほとばしった。思わず私も耳を覆いたくなるほどの大気を引き裂くような甲高い音だった。

 奴らの動きが一瞬止まったように見えた。それはたちまちパニックに転じた。視界に入る全てのサンドワームが、突然、体中をサソリに刺されたかのように跳ね上がり、そのまま地中へと姿を消したのだった。そうして残されたのは私達二人だけだった。

「私は長年この職に付いていたが、奴らのあの様子は一度としてみたことがない」

「アンタは何者だね?」

「私はしがない旅行者ですよ。口笛に彼らが嫌がる音を乗せて発しただけです。それだけの事ですよ」

 飄々とした物言いで言ってのけるが普通ではない。

「さあ、目の前の道が開けました。進むとしましょうか」

 シルクハットの男は私にそういうと、そのまま奴らの王国へと入って行った。私はその一言で私自身の使命を思い出すと、彼を追い抜いて奥へと進んでいった。



どれだけ歩いたかは分からない。しかしとうとう辿り着いた。

奴は………切り立った岩場の丁度真ん中にその巨体を晒していた。周りが岩場に囲まれており、円形闘技場コロッセオのように見えなくもない立地だ。

「アンタのお陰でここまで辿り着くことが出来た。手下が居ない今ならヤツと一騎打ちをする事が出来るだろう」私はアゴをさすりながらいった。

「私はこのいくさをまだ止めるわけにはいかない。死んで逝った部下達にそう誓ったからだ」

ゆっくりとシルクハットの男に向き直った。

「私達は、ここで別れるべきじゃないのかな。私はこれからヤツとの一騎打ちに挑む。生きて戻れるとは思っていない。刺し違えて死ぬつもりでいるのだ。だが、あんたは私に付き合う義理はもう無いだろう。アンタからはたっぷりと恩を返して貰ったのだ。命まで賭ける必要はない。アンタの住んでいた世界へ戻りなさい」

「私の故郷は遠いのですよ」

ふと、シルクハットの男の目がまるで遠く移しているかのような光がよぎったのを私は見たような気がした。

「それに私自身、アナタにはまだ恩を返しきったとは思えないのです。だから私は最後までアナタに付き合いますよ」

私はわずかの間考えた。それから頭を挙げ、アゴをしゃくった。

「あんたも物好きだな。だが、泣いても笑ってもこれで最後だ。行くぞ」

私は剣を抜き放つとマザーワームに向かって突っ込んで行った。



私がマザーワームへ突っ込んでいくと、私に気づいたヤツは不気味なうなり声のような音を発して眷属達を呼び寄せた。地中から無数のサンドワームが現れる姿は生理的嫌悪を抱かせるには十分だった。

「くそっ!!やはり無謀だったか………だが私はやらねばならんのだ!!」

気合いとともに目の前に現れたサンドワームを一刀両断する。しかし、次から次へと現れるサンドワームは一向に数が減らないばかりか逆に増えてきている。

「援護します」

後方でシルクハットの男が再び口笛を鳴らす。大気を切り裂くような甲高い音は私自身も耳を塞ぎたくなるような威力を持っていた。その音を聞いた眷属達はたまらず地中に潜り、マザーワームも苦しがっているのか、動きが鈍くなった。

「今です。マザーワームを討ってください」

シルクハットの男の言葉に我に返った私は、のた打ち回っているマザーワームに剣を突き立てた。すると狂ったようにのた打ち回り始め、その胴体が私にぶち当たり、なぎ払われてしまった。

「ぐおおおおおっ!!」

その巨体から繰り出される恐ろしい攻撃によって、私は相当のダメージを負ってしまった。

「ぐ………骨が何本か逝ったかもしれん」

それでも………私にはやらねばならないことがある。


「私は……」


目の前の標的に向かって走る--


「このゲオルグ・ヴァルターには……」


散っていった部下たちの無念を晴らす為に--


「成さねばならん事があるのだ!!」


目の前の標的を滅ぼす一撃を加えなければならない!


奴は未だにのた打ち回っている。その隙をついて一太刀浴びせてやるのだ。

私が走り出して数秒後、不思議な旋律が流れ始めた。まるで力が漲ってくるかのような不思議な旋律である。

私はマザーワームへ向かって跳躍すると最後の力を振り絞って剣を振り下ろした。

すると、剣は吸い込まれるかのようにマザーワームの身体を切り裂き、地面に足をつけた頃には一刀両断されたマザーワームの姿があるだけであった。

マザーワームであった肉塊が凄まじい轟音と共に崩れ落ちた。砂埃が立ちこめる中、私の意識はそこで途切れてしまった。


          

気がつくと私はベッドの上に寝かされていた。

ハッとして起き上がろうとしたが、アバラ骨がある辺りに激痛が走り、思わず呻いてしまう。

「気がついたのですね!」

声がした方を見ると、オアシス駐屯地のメンバーの一人が近づいてきた。

「ここは………私は一体どうなったのだ?」

「アナタはオアシスの近くに傷だらけで倒れていたんですよ。しかも、マザーワームの討伐部位である”マザーワームの心臓”を持ってね」

「な、何を言って………うっ」

「あぁぁ、ほら、今は傷を治すことだけ考えて下さい。アナタは今やオアシス………いえ、この国の英雄となったのですから」

男がなにやら色々と喋っていたようだが、私は傷の痛みで再び気を失ってしまった。



再度、目を開けるとそこには椅子に座り眠った妻の姿があった。

私は反射的に妻の手を握ろうとして、手を伸ばそうとしたが痛みが襲いうめき声をあげてしまった。

「………あ、アナタ………目を覚ましたのですね!私、どれだけアナタのことを心配したか」

久しぶりに聞く妻の声を聞いて、あぁ、私は生きているのだなと実感した。

「話したいことは色々あるだろうが、まずは私の質問に答えてくれ。私は………どうしてここに居るのだ?」

「アナタはオアシスの近くで倒れていたのを発見されたのよ。親切な旅の方が人が倒れていると教えてくれたから良かったものの、そのまま発見されなかったら命は無かったのよ」

「旅の人?………そ、そうだ!!私は”無限砂漠”でとある男とマザーワームを倒したのだ!だが、私はマザーワームを倒して力尽きてしまったのだ。もう一人の男は!シルクハットを被った男を見なかったか!!」

私は痛む傷に構うことなく妻の肩を掴んだ。あの男は命の恩人なのだ。礼をしなければならない。

「シルクハットを被った人………たしか、あなたを見つけたという旅行者の方が被っていたそうですが、到底マザーワームを撃退出来るような人には見えない普通の方だったそうですよ?」

訝しげな表情を浮かべる妻にイライラしながらも、私はシルクハットの男の行き先を聞く。しかし、行き先を告げずに去っていってしまったと返され結局何も分からないまま私はオアシスを救った英雄に祭り上げられていた。その後、何十年と男の姿を探したが結局、最期まで彼を見つけることは出来なかった。


         

傷が治って暫くした後に、不思議な噂を聞くことになった。魔の海域で座礁した船の乗組員全員が何故か王都に居るという噂だ。あの間の海域に入ったものは生きては帰れないと言われている。関係者の話によると、まるで”転移”したかのように海に投げ出された次の瞬間には王都に居たという。船の行き先が王都であったので、早く着いて良かったじゃないかと冗談を言う者も居たそうだが、この出来事は”西海岸の奇跡”として知られるようになる。

だがその話を聞いてふと、とある男が言った言葉を思い出した。



”乗客なら今頃、全員無事に救助されている頃じゃないでしょうかね?”



彼が一体何者であったのかは分からない。ただ一つだけ言えることは彼は私の命の恩人だという事だ。この国では”一生の恩は子や孫の代になっても返さなければならない”ということわざがある。

「なるほどな………この恩は私の子供の代になったとしても返さねばならんようだ」

妻の少し大きくなった腹を撫でながら、私はこの美しいオアシスの姿を暫くずっと眺め続けていたのであった。

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