にゃんこクエスト
ボクのなまえは「にゃお」。
タケル君に拾われた時、一番はじめにそう鳴いたから、「にゃお」って名前になったんだ。
そしてボクが住んでいる町「猫多町」は、日本で一番ボクらにゃんこが多い町なんだ。もしかしたら、ボクらのぼうが人間よりも多いんじゃないかな?
だから町中にゃんこだらけ。
4丁目のさかな屋さんの前もにゃーにゃー、向かいのこども公園の砂場でもにゃーにゃー、2丁目の空き地は、にゃんこの学校みたいにいっぱいいる。あっちこっちで必ずボクらの声がする。いつでもどこでも、にゃーにゃーにゃーにゃー。毎日毎日にゃんこの声でいっぱい。
・・・・・・そんなボクらの住む猫多町の中で、ボクらや人間たちよりもイバっているネコがいる。
その名も「ボス」。
すっごく大きくて、性格が悪くて、人間たちよりも強いんだ。ボスは駅前の工事現場をすみかにしていて、工事をしているオジさんや、通りかかったオバさんたちをひどいめにあわせている。ボクを拾って育ててくれたタケル君のお母さんも、この前ボスにケガをさせられた。
ボクらにゃんこたちは、いつかきっとボスを倒すんだと考えてる。実際、ボスを倒すのに工事現場に向かったボクらの仲間のにゃんこは多いけれど、大ケガをして帰ってきたり、もっとひどいのは死んでしまった。だから、人間たちもボスにはなるべく近付かないようにしているんだ。
でも、ボクは違う。
絶対にボスを倒すんだ!
★ ★ ★
ある日のことだった。
タケル君の妹のさやかちゃんが、タケル君のお母さんのおつかいで買い物をしに行った帰りに、ボスにケガをさせられたんだ。ボクはそのとき、友達のカトリーヌといっしょに遊んでいたんだけれど、タバコ屋のミケが教えてくれた。
『大変だよ、にゃお。さやかちゃんがボスにケガさせられたんだ!』
『なんだって!』
『たいしたケガじゃないらしいけど、早くさやかちゃんのところへ行ってあげたほうがいいよ』
『ありがとう、ミケ』
ボクは急いで家にもどった。
さやかちゃんのゲカは、ミケが言うとおり、たいしたことはなかった。うでを少し、引っかかれただけだった。でも、ゆるせない!
さやかちゃんはまだ4才なんだ。ようちえんの中でも小さいんだ。それなのに、ボスのやつ・・・・・・。絶対にゆるさない。
ボクはこのことでますますボスをょ倒す決心をしたんだ。
それからボクはボスを倒すために仲間を集めることにしたんだ。
『ボクといっしょにボスを倒そうよ、ちび』
『そんなこと言ったって、ボスを倒すのなんてムリだよ、にゃお』
『じゃあ、クロすけは?』
『だめだめ。まだ死にたくないよ』
『・・・・・・じゃあ、ボクひとりでもボスを倒すよ。みんなの助けはいらない』
『にゃぉ。ボスを倒そうってコトじたいがムリな話なんだ。やめておいたほうがいいぜ』
『そうよ、にゃぉ』
『ロック・・・それに、モコちゃんまで・・・・・・。ロックのお母さんだって、ボスにやられて死んじゃったんじゃないか。それなのにロックは何もしないでだまっているのかい?』
『仕方ねーよ、にゃぉ。ボスは強すぎる。オレの母さんが死んだときは、そりゃあものすごく腹が立ったさ。でも、ボスには絶対かないっこないて分かってた。だから・・・・・・』
『もういいよ!・・・・・・みんなには頼らない。ボクひとりだけでなんとかしてみせる!』
ボクはそう言って空き地を飛び出した。そして、そのままボスのすみか――駅前の工事現場――へ走って行ったんだ。
『ボス!よくもさやかちゃんをいじめたなっ。ゆるさないぞっ!』
『許さなければ、どうするんだ?』
『お前を倒すっ!』
『ふふふふ・・・・・・ばかなことを。倒せるものなら、倒してみろ』
ボスは作りかけのビルのてっぺんからボクにそう言った。
『よぉーし。待ってろ、ボス!』
ボクはそう言って、てっこつをどんどん登って行ったんだ。
そして、てっこつを半分くらい登ったところで、ボスの仲間の三人が道をふさいでいた。
『どけよ』
『ボス様を倒したいんだったら、まずおれたちを倒すんだな』
『アタシたちも倒せないじゃ、ボス様は絶対に倒せないわよ』
『ま、今までオレたちをたおしたやつらも、ひとりもいないけどな』
みーことぶちとジャックの三人はそう言って笑った。
『どけよ、ボクはボスを倒せばいいんだ。お前たちを倒してもしようがない』
『あはははは・・・・・・ナマイキ一点じゃないわよ』
『やっちまえ!』
・・・・・・その後、どうなったかは、よく覚えていない。
気が付いたとき、ボクは傷だらけでタケル君の家の中にいたんだ。ナニがあったかは全然分からないけれど、はっきりしているのは、ボクはあの三人にやられて、だれかに助けられたってことだ。
「にゃぉ・・・・・・よかった。ボスにやられて、死んじゃったかと思ったんだからぁ・・・・・・」
そう言って、さやかちゃんはボクのために泣いてくれた。ボクはボロボロの体でさやかちゃんに抱かれたまま、さやかちゃんにあやまった。
「にゃお、大丈夫かい?」
タケル君もボクのことをものすごく心配してくれた。
『ゴメンね、タケル君、さやかちゃん。でもボク、ボスのことがゆるせなかったんだ。だって、ボスのヤツ、さやかちゃんのことケガさせたんだもん』
「ううん、わたしのことはべつにいいんだよ、にゃお。たいしたケガじゃなかったんだもん。それよりにゃおのほうがひどいケガしてるのよ」
「そうだよ、にゃお。それに今はケガを治すのが一番だよ」
『うん、わかった』
ボクはタケル君とさやかちゃんが言うとおり、まず一番にケガを治すことにした。でも、ケガが治ったらまたボスを倒しに行く。今度こそ、絶対に負けない。
ボクはもっともっと強くなって、みーこも、ぶちも、ジャックも倒して、そしてボスを絶対に倒すんだ!
ボクはもう一度、そう心にちかったんだ。
★ ★ ★
『にゃお、お前これで何度目だ? ボスに向かっていくの』
『もうやめなさいよ、にゃお。今度こそ行ったらボスに殺されちゃうわよ』
『にゃぉ、もうやめとけって。お前の気持ちはわかるけど、絶対にボスにはかないっこないさ』
カトリーヌやミケやちび。クロすけもロックもモコちゃんや、たくさんの友達もボクのことを何度も止めた。だけど、ボクはみんなのことを聞かずに何度もボスに向かって行った。そのたびにボクはみーこたちにボロボロにされ、ケガをして帰ってきた。
もちろんタケル君やさやかちゃんもボクのことをひっしになって止めてくれた。でも、ボクはどうしてもボスのことがゆるせなくて、ボクがどうなってもいいから絶対にボスを倒すんだ、って思った。
『にゃお、どうしてそんなにボスのことを倒したいんだい?』
この前、工事現場へ向かうとちゅう、ロックにそう聞かれた。
『ボクも本当はよくわからない。でも、ボスがこの町のひとたちやボクらの仲間をケガさせつづけているのがどうしてもゆるせないんだ』
ボクはそう答えた。するとロックはためいきをついて、ボクに向かって
『バカなヤツだ』
と言って、それからくるりと後を向いた。『死ぬなよ、にゃお』
『ボスを倒すまでは絶対に死なないよ!』
歩いていくロックに向かって、ボクはそう行った。
・・・・・・ボクは何度もボスに向かって行った。だけど全然勝てなかった。
最近では、みーこたちもボクの相手をしなくなった。
『もうあきらめなさいよ。どうあがいたって、アタシたちにすらかないっこないんだから』
『いやだ。ボクは絶対ボスを倒すんだ!』
『おれたちにだって勝てないのにボス様を倒せるわけないだろう。おとなしくしていれば死ぬこともない。もうボス様にさからえのをやめたらどうだ、にゃお』
『いやだっ!』
『そうか、分かった。そこまで言うなら仕方ない。もう二度とボス様に逆らうことがないようにしてやる』
三人はそう言ってボクに向かってきた。
ボクは三人に、しっぽや耳や足を思いっきりかまれたり、体中引っかかれた。そしてボクが立てなくなるくらいキズだらけにしたとき、てっこつのてっぺんからボスが降りてきた。
『何度ヒドイ目にあわせてもこりないヤツだ。今度こそ息の根を止めてやる』
ボスはそう言って、ギラギラ光るするどいツメを出して前足をふり上げた。そして次のしゅんかん、ボクは気をうしなっていた。
・・・・・・気が付いたのは、それから一週間もたってからだった。
あとからタケル君に聞いたんだけれど、ボクが体中血だらけで工事現場の前で倒れていたのを、さかな屋さんのシロ子さんが見つけてくれて、タケル君に知らせてくれたおかげでボクは助かったんだそうだ。
「にゃおをこんなめに合わせるなんてゆるせない。ボスをやっつける!」
「おにいちゃんがそうするなら、あたしもボスをやったけるの!」
タケル君とさやかちゃんはそう言って、町中の人たちやにゃんこたちを集めたんだ。
『よし、オレたちもタケル君たちと一緒に行こう』
『にゃおのためにも絶対にボスたちをやっつけてやろう』
みんなはそう言って工事現場へ向かったんだ。
『にゃお、これからみんなでボスをたおしに行くよ。にゃおも一緒に行こう』
『タケル君もさやかちゃんも、さかな屋さんもたばこ屋さんもみんなで行くんだよ。さぁ行こう、にゃお』
『うんっ!』
ボクはクロすけとちびに言われて急いで工事現場へ走った。まだこの前ボスにやられたキズがいたいけど、でもだいじょうぶ。今度こそ、ボスを倒すんだ。
工事現場の前まで行くと、町中の人やにゃんこたちがいた。
『にゃおが来たぞ』
「にゃおが来たぞ」
「ボスをやっつけるぞ」
「もうこの町の人やネコをヒドイめに合わせない!」
そういってみんなはボスに向かって行った。みーことぶちとジャックはもうキズだらけになって倒れていた。
「ボスにこれ以上大きな顔はさせない」
『みんなのかたきをうとう!』
さかな屋さんたち人間が、ほうきを持ってボスを追いかけた。さやかちゃんはゲンコをつくってさかな屋さんたちの後を追いかけた。そのあとをカトリーヌたちが追いかける。
「待てーっ、ボス!」
ボスはかべに追いつめられて、くるりとこっちを向いた。それからすぐに、さかな屋さんに飛びかかって、さかな屋さんの顔を引っかいた。
「いてーっ」
『これ以上オレ様を怒らせるな』
「何を言う、このドラネコ。もうお前たちの好きにはさせない!」
「そうだ、そうだ!」
『そうだ、そうだ!』
「観念しろ、ボス」
さかな屋さんは、ほうきをふり上げて言った。
『待って!』
「どうした、にゃお」
『ボスに聞きたいことがあるんだ』
ボクは、さかな屋さんをさえぎってそう言うと、ボスの前まで行って聞いた。
『どうしてボスはそんなヒドいことをするんだい? もしボスがみんなをケガさせないんだったら、ボクたちだって、こんなにボスのことキライにならなかったと思うんだ』
「うーん…それは言えてるなぁ」
さかな屋さんはほうきを振り上げたままつぶやいた。
『教えてくれよ、ボス。どうしてみんなをこんなにヒドいめにあわせるんだい』
『それは……ニンゲンがひどい奴等だからさ』
ボスは、さらりとそう言った。
「一体どういうことだ!」
『ニンゲンはオレ様たち動物にはとてもひどい奴等さ。何の罪もない動物たちを平気で捨てたりする。最初は可愛がっていても、飽きたらすぐに面倒みなくなる。そうやって捨てられたり殺されたりするオレ様たちの仲間が後を絶たない。そんなひどいニンゲンたちと仲良くなろうってのは無理な話だ』
「それは……」
ボスの言葉に、みんなはだまりこんだ。
『たしかに……ボクも、捨てられてたんだ。ボクはタケル君とさやかちゃんに拾われたけど、もし拾われていなかったら……』
『もしかしたら、ボスと同じことをしたかもしれないな』
『オレも』
『わたしも……』
そう言った仲間たちの言葉に、ボスはふふん、と鼻でわらって言った。
『ほら見ろ。お前たちだって一歩間違えばオレ様の仲間だったんだ。オレ様はお前たちの代わりにニンゲンたちをひどいめに合わせていたんだ。わかったか』
『う……うん』
『わかればいいんだ。オレ様はお前たちと同じ生き物だからな、仲間はあまり傷つけたくないんだ。ただ許せないのは、ニンゲンたちだけだ』
ボスの言葉に、みんなはしゅんとなってしまった。でも……。
『だけど……』
ボクはボスに言う。
『いくらひどいからって、いままでみんなや仲間がニンゲンたちにひどいめに合わされてるかって、同じようにニンゲンをひどいめに合わせるのは、よくないことだと思う』
『甘いな、にゃお。ニンゲンたちには、思い知らせてやらなくちゃいけないんだ』
ボスはそう言うと、するどいツメを出して、ギラリとさかな屋さんたち…ニンゲンたちをにらみつけた。
「わ……悪かった。もう二度とそんな事しない。だから……」
『ダメだ。ニンゲンたちはすぐにウソをつく。そして言ったこともすぐ忘れる。きっとまた同じことを繰り返す。だから、今のうちに思い知らせなくちゃいけないんだ。もうこれ以上オレ様のようなネコを増やさないためにも』
ボスはギラギラとにらみつけて言う。
だれもが、なにも言えなかった。さかな屋さんは、ふりあげていたほうきを下した。
「ボス……」
そんな中、声を出したのは、さやかちゃんだった。
「おねがい、もうやめてボス。もう、ひどいことしないから。ぜったいにもうひどいことしないから……だから、みんなとなかよくして。おねがい、ボス」
さやかちゃんは泣きながらボスに言った。さやかちゃんはこの前ボスにケガをさせられている。キズはまだ治っていない。うでにはまだバンソウコウがはられているのに……。
『さやかちゃん……』
さやかちゃんは、泣きながら続けて言う。「おねがい、もうやめて」って。
『さやかちゃんがこんなに言ってるんだもん。ボス…お願いだよ、もうやめよう、こんなこと』
『おれからも』
『……ボス。わたしからも』
みんなが口々にボスにお願いをする。
するとボスは何も言わず、くるりと後ろを向いた。そしてすたすたと、てっこつに向かって行く。
『……にゃお』
ポツリと、ボスはボクの名前を呼んだ。
『お前は、いいご主人様を持ったな。……今回は、さやかに免じて許してやる』
★ ★ ★
それから……。
ボスたちは悪さをしなくなった。
ボスの言葉を聞いたさかな屋さんたちは、いろいろ話し合いをして、そしてボスはさやかちゃんが通うようちえんに住むことになった。
さやかちゃんが通うようちえんで、ボスはなんだかうれしそうだった。
ボスの仲間だった、みーことぶちとジャックは「いこいの広場」のおじいさんといっしょに住むことになった。
いままでボスたちのすみかだった駅前の工事現場には、「にゃんこの城」が建てられることになって、今まで捨てられていたボクらの仲間にゃんこたちは、みんなここに住むことになった。
そしてボクたちの住む「日本一にゃんこが多い町、猫多町」は、「日本一にゃんこたちと仲のいい町」になった。